第48話 行きたい場所
しまった。いつも言われ慣れてたから、まったく違和感がなかった。
今当たり前のように「八ツ橋くん」と呼ばれてたけど、基本私生活だけで呼ばれてるものだから、俺ら意外に聞かれたことがない。
ここからどんな関係かって聞かれたら……まずいぞ。どう言い訳したらいいんだ。
友達? ……残念ながら友達ではない。
じゃあなんだと言われたら……隣人?
馬鹿か。ド直球すぎる。
どう言い訳しようか頭をフル回転させる。
雪宮も、少し顔が強ばっていた。
「えっと……これはだな──」
「……ぃ……」
……なんて?
「い……いぃなぁ〜!」
「「……え?」」
いいな、て……え?
何言ってんだ、黒月。
黒月は目を輝かせ、ずずいっと雪宮へ迫った。
突然のことで、雪宮はたじたじになり仰け反っている。
「ウチとはもう一年いじょーの仲なのに、まーだ役職でしか呼んでくれないんだよ! それなのに、まだ会って数週間のはづきちは君付けなんて……いぃなぁ〜!」
「どーどー。落ち着け、黒月。大声出しすぎて他のお客さんに迷惑になってるから」
なんで興奮してんのかわかんないけど、とにかく落ち着いてほしい。このまま騒がれるのは本当にまずい。
さすがに黒月も理解したのか、すぐに静かになる。
でも興奮冷めやまず、鼻息はずっと荒い。
「てか、俺が雪宮から君付けされてることに疑問はないのか」
「え? 別にないよ。だって仲良くなったってことでしょ? それいじょーも以下も、きょーみないしね」
あらやだ。どサッパリしてらっしゃる。
でもその方がありがたい。俺らの関係を説明するの、本当に面倒だから。
「はぁ……雪宮、さん付けとかちゃん付けで呼んでもいいんじゃないか?」
「そ……そう、ね。だけど私としては、役職で呼んだ方がわかりやすいのだけれど」
「でもここで折れないと、また黒月がうるさいぞ」
雪宮もそれは思ったのか、引きつった顔で黒月を見る。
黒月も期待を込めた目で、雪宮を見つめていた。
「……わ、わかったわ。……黒月さん」
「!! ぬへへっ、ぬへへへへっ」
相当嬉しいらしい。頬が緩みきっている。
そんなに嬉しいもんかね……?
ニコニコ顔で見つめられて、雪宮は頬を染めて顔を逸らした。こいつもこいつで恥ずかしがってるみたいだ。
「ほれ、二人とも。仲良くなるのはいいけど、今はこっちに集中してくれないか?」
「あ、そだね。ごめんごめん」
ようやく黒月は落ち着いたみたいで、でもずっと笑顔のままこっとを向いた。
逆に雪宮は、少し疲れてる感がある。
いきなりこんなズカズカとパーソナルスペースに入り込まれて、疲れたみたいだ。
「……それでは、小町通りを中心にいくつか候補を上げましょうか」
「わかった」
「おけー!」
◆◆◆
「つ……疲れた……」
たっぷり二時間ほどあれこれ話し合い、帰ってきたのは十八時すぎ。
黒月の勢いに押された雪宮は、疲れたのか俺の部屋のソファーに寝転がっていた。
俺の視線もお構いなしって感じ。あの雪宮がこんなに疲弊するなんて……黒月、すげぇな。
「大丈夫か? 飯……はいらねーよな」
「今日はいいわ……胸もお腹もいっぱいだから」
あれだけの量のスイーツ、一人で食い切ったもんなぁ。そりゃあ夕飯は入らないか。
じゃ、俺の分だけ作っちまうか。
昨日からタレに漬け込んでおいた鶏肉を取り出し、片栗粉をまぶす。
そして、適温まで熱した油の中に投入。
ジュワッという音とともに、部屋にいい匂いが漂い始めた。
唐揚げの様子を見ながら、雪宮の方をチラ見する。
興味ありげにこっちを見ているけど、まだ動きそうにない。
「ところで校外学習のことだが、ほとんど俺と黒月の案だけだったけどいいのか?」
「ええ。私も同じ場所に行きたいと思っていたし、大丈夫よ」
「まあ、行くのは俺らじゃなくて他の生徒たちだけどな」
「午後からは自由行動でしょ? それで、ある程度回れたらいいわ」
へぇ……なんだろう。ちょっと意外だ。
雪宮のことだから、もっとわがままを言うと思ったのに。
「今、失礼なこと考えなかったかしら?」
「気のせいです」
ナチュラルに心読むのやめろ。
「それに、本当に行きたい場所はリストアップしていないわ」
「え、なんで?」
「他の生徒や先生に邪魔をされず、ゆっくり楽しみたいから」
「…………」
「……何よ、その顔は」
「……いや、なんか意外だと思って」
雪宮のド真面目っぷりだったら、教師の目が届かない場所に行くのはダメって言いそうなのに。
ちょっとだけ、融通が効くようになったってことかな。
「どこに行くんだ?」
「教えないわ。誰かにバラされたら嫌だから」
「へいへい」
誰にも言わないけど、雪宮がそう思うならそれでいいや。
それにしても、雪宮もここまではっちゃけるなんてなぁ……俺も候補に上がってない場所とか、行ってみようかな。
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