第47話 呼び方

 ある程度のスイーツを食べたところで、ようやく心が満たされたのか、雪宮は口を拭いメモ帳を開いた。



「さて、では校外学習についての話し合いを始めましょうか」

「おい雪宮。キリッとした顔をすればさっきの緩んだ口がなかったことになると思うなよ」

「あら、なんのことかしら」



 髪ふぁさ~するな。なんか腹立つ。



「あ、さっきの氷花ちゃんのほにゃ顔、写真に撮ってあるよ。ほら」

「ちょ、黒月副会長。なに隠し撮りしているのかしら。消して。消しなさい。……消してください」



 おぉ、あの雪宮が慌ててる。

 まあイメージじゃないもんな。スイーツ食ってほにゃ顔見せてる雪宮なんて。

 というかこれ以上無駄話していると、せっかく喫茶店に来た意味がなくなる。



「なあ、そろそろ進めないか?」

「わ、わかってるわよ。……黒月副会長、あとで絶対消してね。絶対よ?」

「わかった!」



 絶対わかってない。というか振りだろう、今の絶対は。雪宮は知らなそうだけどさ。



「それでは、各々行きたい場所を選出しましょうか。黒月副会長」

「あーい」



 黒月が高速でスマホをいじると、鎌倉の観光地をまとめているサイトを開いた。

 やっぱり有名どころで言うと、鶴岡八幡宮や鎌倉の大仏、銭洗弁天、由比ヶ浜海岸、材木座海岸がある。

 もちろんどこも聞いたことがある。

 この中から五つ選出するのか……かなり大変だな。



「今日のところは、ざっくりでいいわ。本決定は、現地に行って決めましょう」

「となると、スタンプ置く場所は近い方がいいかな?」

「いえ。近すぎるとスタンプラリーの意味がないから、ある程度離れていてもいいわ。例えば、鶴岡八幡宮から銭洗弁天までならいい距離でしょう。歩いても行けるし、人力車でも行けるから」

「にゃるほど」



 雪宮と黒月があれこれと話し合う。さっきまでふざけ合っていた二人とは思えん。

 でもそうか。鎌倉だと人力車もあるのか。

 確かに人力車もある意味文化に触れることになるし、いいかもしれん。てか俺も乗りたい。楽しそう。



「はづきちは、銭洗弁天に行きたいんだっけ?」

「まあな。俺以外の男子も、だいたいそんな感じだ。あらかじめ男子生徒にアンケート取ったけど、かなり多かったぞ」

「えっ。アンケートなんていつ取ったの?」

「グループチャットで、五十人くらいにな。半分以上が銭洗弁天で、次に多かったのが小町通りだったぞ」



 メッセージアプリのグループチャットに貼り付けたアンケートには、圧倒的に銭洗弁天が多かった。

 金運が上がるって聞いたら行きたくなるのが、人の性だよなぁ。

 それを二人に見せると、雪宮が感心したように口を開いた。



「すごいわね、これは」

「だろ?」

「よく八ツ橋くんみたいな人に着いてくるわね」



 そっちかよ。



「ひどくね? これでも生徒会長だ。信用とカリスマはあるんだぞ。自称だけど」

「自称、ね」

「おいコラ」

「冗談よ」



 冗談なら冗談っぽい顔をしろとあれほど……まあいいけどさ。



「そうね……小町通りはスタンプスポットと言うよりは、スポットに向かう道中に通る生徒も多いのだし、置く必要はないと思うわ」

「でもここ、買い食いのスポットだろ? お嬢様学校として、それはいいのか?」

「校外学習のメインさえ外れなければ、そこまで厳しいことは言わないわよ」



 へぇ、意外だ。雪宮ならダメって言うと思ったのに。

 少し目をぱちくりさせると、それに気付いた雪宮が口元をほころばせた。



「来年には受験で、こういった機会はゼロになるわ。高校生としての思い出も、しっかり残してほしいのよ」

「なるほどなぁ。秋頃には修学旅行、体育祭、文化祭もあるもんな」

「ええ。今のうちよ、全力で楽しめるのは。だから八ツ橋くんも、面倒がらずに私について来なさい」

「あー、はいはい」



 俺だって高校の思い出は作りたい。

 いくら面倒なことでも、みんなと楽しい思い出を作れるなら、いくらでも頑張るさ。

 コーヒーを飲んで一息つく。

 と、黒月が首を傾げて俺たちを交互に見てきた。



「黒月、どうした?」

「んー……ねえ氷花ちゃん。はづきちのこと八ツ橋くんって呼んでたけど、いつからそんなに仲良くなったの?」

「「…………」」



 ……………………あ。

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