第41話 初めてのお菓子作り

 ──ピーッ、ピーッ

 お、できたかな。

 オーブントースターを開けると、中からバターの香ばしさと甘い香りが漂ってきた。

 よしよし、上手い具合に焼けたな。

 オーブンから耐熱プレートを取り出す。

 と、その時。寝室の扉が開き、雪宮がひょこっと顔を出した。

 ……半分だけ。

 何してんだ、あいつ?

 首を傾げると、雪宮と目が合った。



「!」



 あ、隠れた。

 そしてまた、そろりそろりと顔を覗かせる。



「おはよう」

「!」



 あ、また隠れた。

 いや、ほんと何してんの?

 首を傾げてると、観念したのかゆっくりと出てきた。

 気まずそうな顔で、足先をもじもじと動かしている。



「ど、どうした……?」

「え、と……ご、ごめんなさいっ。寝ちゃってて……」

「ああ、そういうことか。俺は全然気にしてないぞ」



 嘘ですだいぶ意識してます。

 だって学校では完全無欠として知られている雪宮氷花が、男の……しかも俺のベッドで無防備で寝てたんだぞ。こんなの意識しない方がどうかしてるだろ。

 けど、ここで俺が意識しまくると、却って雪宮にストレスを掛けてしまう。

 ここは俺が大人の対応をしよう。



「だいぶ疲れてたんだな。ほれ、クッキー焼いたから、食べよう」

「クッキー……!」



 お、反応が変わった。

 口は真一文字に結んでるけど、目はキラキラさせている。テーブルの上のクッキーに釘付けだ。

 本当にお菓子が好きなんだな、雪宮って。



「初めて作ったから、味は保証しないぞ」

「ほ、本当に初めて作ったの? すっごくいい匂いよ」

「レシピ通りに作っただけだからな」

「八ツ橋くん、もしかして天才……?」



 大げさだな。

 さっきの気まずさはもうないのか、雪宮はうきうきと手を伸ばし……って!



「待った!」

「に……!?」



 まるで叱られた猫のように体をビクつかせた。

 いやいやいや、あっぶなかったぁ……!



「さっきできたばかりで、まだ熱いからな。触っちゃダメ。やけどするぞ」

「そ、そうなのね。……でもそんなに大きな声出さなくてもいいじゃない。別に驚いてないけど」

「驚いてたろ」

「驚いてないわ」

「いや驚い――」

「驚いてないわ」

「…………」

「驚いてないから」

「わかった、わかったから」



 どんだけ認めたくないんだ。

 ため息をつき、クッキーを慎重に皿に移す。

 まだ熱いけど、なんとか持てるくらいにはなったな。

 二つのマグカップに牛乳を注ぎ、テーブルに置く。

 雪宮は「待て」を言われている犬みたいに、クッキーと牛乳に釘付けだ。



「も、もういいんじゃないかしら」

「ステイステイ、まだだぞ」



 ついでに用意した、溶かしたチョコソースを添えてっと。



「ほら、完成。俺ちゃん特製クッキーだ。チョコレートソースはディップ用だから、付けても付けなくてもいいぞ」

「……お店? ここはお店なの……?」

「俺ん家だわ」



 テンション、バグってるぞ。大丈夫かこいつ。

 雪宮は目をキラキラさせ、まずは普通にクッキーを一枚ぱくり。

 小さくもきゅもきゅと咀嚼し、牛乳を一口ごくり。



「…………」

「ど、どうだ?」



 俺としては結構上手くできたと思う。

 でも雪宮ほどお菓子を食べてないし、口に合わなかったら……。

 待つこと数秒。いやなげーよ。どんだけ味わってんだ。

 ──直後。



「……〜〜〜〜ッ!」



 目を『><』こんな感じにし、口を波立たせた。

 まるで喜びを爆発させた感じ。どうやら気に入ってくれたらしい。



「美味いか?」

「おいしい!」



 全力肯定ありがとう。

 俺もクッキーをつまみ、牛乳で流し込む。

 おお、美味い。初めて作ったにしては上出来じゃないか。

 牛乳にクッキーを浸し、またぱくり。うんうん、これよこれ。



「え、何その食べ方」

「え? やらない?」

「やらないわよ。そんな食べ方、下品じゃない」

「……ハッ。甘い。甘いなぁ雪宮。この食べ方をしたこともないのに下品扱いなんて、雪宮氷花の底が知れるぞ」



 俺の言葉にムカッと来たのか、氷のような目を向けてくる。

 だが俺は退かないぞ。ここで俺が退いたら、『牛乳漬け党代表(党員俺のみ)』の名が廃る。



「まあまあ、やってみろよ。……トぶぞ?」

「……不味かったら承知しないわよ」



 雪宮は恐る恐る、クッキーを牛乳に漬ける。

 クッキーに染み込んでいく牛乳に、雪宮は不審そうに俺を見た。

 そして……ぱくり。



「!?!?!?!?!?」

「俺に何か言うことは?」

「……ごめんなさい」



 よろしい。

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