第39話 お礼
『なーなー、葉月よぉ。お前さん本当に参加できねーの?』
「藪から棒だな、淳也」
飯を食い終えると、今度は親友の水瀬淳也から電話が掛かってきた。
本当、今日は色んなやつから電話が掛かってくる日だな。
淳也が言っているのは、恐らく校外学習の件だろう。
俺たち生徒会は、それぞれスタンプラリーのチェックポイントにいる手筈になっている。
もちろんフルでいるのではなく、午前中だけ。午後は先生たちと入れ替わりで行事に参加する。
参加といってもスタンプラリーへの参加ではなく、二箇所の名所を巡り、レポートを提出するらしい。
俺としてはスタンプラリーに参加したかったんだけどな。
「こればかりはルールだ。仕方ないだろ」
『でもよぉ、せっかく黒羽では体験できないイベントなんだぜ? 親友と一緒に周りたいって思うだろ』
「俺も参加してーけど、こればかりはな」
てかこいつ、俺のこと好きすぎだろ。やめろよ、貴腐人が湧いて出るぞ。
俺が電話しているのを見て、雪宮は率先して食器を洗ってくれている。
悪いな。という気持ちを込めて片手で謝罪すると、雪宮も仕方なさそうに笑って首を横に振った。
本当……ついこの間の雪宮と同一人物か?
まさか誰かの変装じゃないだろうな。そんなことあるわけないけど。
「てかこれの心配より、校外学習の後だ。中間試験だけど、お前大丈夫か?」
『だいじょばない!』
「だろうな。知ってた」
校外学習があるのは一ヶ月後の五月中旬。その二週間後に、中間試験がある。
幸い、俺は雪宮大明神のおかげで、今のところ優秀な生徒として教師には印象づいている。
が、淳也や他の男子生徒は阿鼻叫喚って感じだ。
なんでも一年の中には、学校の空気やレベルに馴染めず、既に転校したやつもいるらしい。
それに関しては何も言わないけど、淳也は大丈夫だろうか。
『授業のレベルはたけーしさぁ……俺、赤点まみれになる自信ある』
「マイナスな自信だな」
『仕方ねーっしょ。むしろ黒羽の人間で、白峰の授業についていける葉月がすげーって』
ギクッ。まあ確かに、そうかも。
黒羽はその辺の高校よりは偏差値高かったけど、白峰と比べるとさすがにな。
むしろ雪宮に教わってるだけでついていけてるんだから、雪宮って超優秀なんだな……改めて思うわ。
『何か勉強の秘訣とかあんの? 誰かに教わってるとか』
……妙に鋭いな、こいつ。
当然だけど、雪宮のことは話さない。バレたら絶対面倒なことになるし。
「ああ、先生にな。授業後に質問とかしてみろよ。放課後のプライベートレッスンが待ってるかもよ」
『あー、英語の真庭ちゃん、めっちゃ可愛ーもんなぁ。真庭ちゃんとプライベートレッスンとか、エロ漫画の世界だろ』
「真庭先生な。まあ気持ちはわかる」
俺も男子高校生だ。その辺のものは拝見させていただいております。
……なんか雪宮から冷たい視線を感じるのは気のせいだろうか。
俺は咳払いをし、話を戻した。
「とにかく、まだ時間はあるんだからできる限り足掻いてみろよ」
『……わーったよ。どーせ試験期間中はバイトも減るし、努力はするさ』
「頑張れよ。留年したら笑ってやるから」
『ひどくね?』
なんて淳也には言ってるけど……俺も、雪宮がいなかったら今頃どうなってたか。
何か、雪宮にお礼を……あ、そうだ。
「悪い淳也。俺、これから予定あるから」
『おん? ういうい、りょーかい。また学校でな』
淳也との電話を切ると、ちょうど雪宮も洗い物を終えてリビングにやってきた。
「電話、終わったの?」
「ああ。それと悪い、ちょっと買い物行ってくるから、留守番しててくれ」
「えっ。……いいの?」
「……いいの、とは?」
どこかそわそわする雪宮。
はて、何かまずいことがあったかな。
「だって私、他人よ? 普通留守を任せないと思うけど」
「他人ってほど、他人の関係でもないしな。どうせ後で勉強会するんだから、わざわざ自分の部屋に戻る必要もないだろ。好きにくつろいでてくれ」
「す、好きにくつろぐって……」
……? 何をそんなに落ち着きがないんだ?
もしも俺が雪宮の部屋に一人で留守番するってなったら、確かにまずい。
でも雪宮が俺の部屋にいることは、特に問題ないと思うけど。
「いいか?」
「……わ、わかったわ。それじゃあ……行ってらっしゃい」
「おう、行ってきます」
雪宮に挨拶し、財布と鍵、スマホだけを持って外に出る。
行ってきますと、行ってらっしゃいか。
当たり前の会話のようで、俺の人生では当たり前じゃないやり取り。
心にじんわりとした熱を感じ、俺はスーパーへと歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます