第38話 適当な人

   ◆◆◆



「お前なぁ……」

「な、何よ。目が怖いわよ、八ツ橋くん」



 何よじゃないわ、何よじゃ。

 あと目の怖さはお前にだけは言われたくない。

 いつも通りの俺の部屋に来た雪宮だが、見に覚えがあるのか俺と目を合わせようとしない。

 確信犯かコノヤロウ。



「だ、だって……だって……」



 あ、しゅんとなった。

 是清さんの一件があってから、雪宮もだいぶ感情を表に出すようになった。

 たまにこういう表情もするし、俺としてはドキッとするからやめてほしいところ。



「だってじゃない。もう少し他のメンバーとの交流をする努力をしろよ」

「無理よ。絶対空気悪くなるし」

「空気悪くなるようなこと言わなきゃいいんじゃ?」

「言葉じゃなくて、私の空気というか、雰囲気というか……」



 あぁー……まあ確かに、取っ付きにくさはあるな。

 別に不機嫌ってわけじゃないけど、目つきもクールで全然笑わないから、なんとなく空気が悪くなる感じ。

 唯一の救いは、黒月が一緒にいることか。

 あいつなら、雪宮の懐にガンガン入り込めるだろうから。



「雪宮は家事だけじゃなくて、愛想も覚えなきゃな」

「……善処するわ」



 しない奴の言葉じゃん。

 今日の夕飯、厚揚げの野菜炒めと鶏つくね。そして雪宮の作った味噌汁と、炊きたてのご飯をリビングに持っていく。

 二人で手を合わせて、いただきま──あ?

 ピリリリリリッ──ピリリリリリッ──。

 唐突に、俺のスマホが鳴った。



「……あ、黒月からだ」



 口に人差し指を当てて雪宮を見ると、無言でこくこくと頷いた。察しがよくて助かる。



「……もしもし。どうした?」

『もっしもーし。はづきち、やっほー』



 スマホの向こうから、黒月の声が聞こえる。

 でも……なんかくぐもってるというか、反響してない? トンネルの中とかにいんのか?



「やっほーって、なんか用か? 俺これから飯なんだけど」

『用ってほどの用でもないけど、なんとなく電話してみたー。お風呂ってひまなんだよねー』

「ごふぉっ!?」

「キャッ……!」



 おおおおおおお風呂!? 今、お風呂って言わなかったかたこいつ!

 え、何。てことは黒月、全裸!? 当たり前だけどね、風呂なんだし!



『おろ? 今、女の人の声聞こえなかったかぃ?』

「き、気のせいだ。テレビの声だろ」

『そかそかー』



 っぶねぇ……雪宮と一緒にいることがバレるところだった……!

 片手をあげて雪宮に謝罪すると、ムスッとした顔で睨まれた。だからごめんて。



『それにしても、校外学習の視察メンバーが、またこの三人が一緒になるなんてねー。もしかしてうんめーってやつ?』



 この運命、だいぶ仕組まれたやつだけどな。言わないけど。



「馬鹿なこと言うな。そんな非科学的なこと」

『だよねぇー。ま、二回くらいならこーいうこともあるか』



 これ三回連続とかだったら、さすがにバレるかもな……もう一度雪宮には念押ししておこう。



『ね、はづきちはどこ行きたい?』

「銭洗弁天」

『そくとーだね』

「金運上がるらしいし」

『そーいう俗っぽい考えだと、宝くじに当たる前に罰に当たりそう』

「だいたい同じような考えで行ってる人が多いんだし、変わらんだろ」

『……それもそっか!』



 黒月は『氷花ちゃんにもじょーほきょーゆーしよー』とか言い、ポチポチとスマホをいじる音が聞こえる。

 と、雪宮のスマホも振動し、ジトッとした目をされた。

 いいじゃん、銭洗弁天。みんなお金好きでしょ。

 すると雪宮がスマホをいじり、こっちに向けて画面を見せた。



【お腹空いた(╬・_・)】



 あ、さーせん。



「悪い、飯食うからまた今度な」

『あーい。これ以上は氷花ちゃんと一緒にねー』



 はぁ……いきなり電話をかけてきたと思ったら、怒涛の勢いだったな。風呂から電話掛けてくるんじゃないよ、全く。



「八ツ橋くん」

「はいはい。いただきます」

「いただきます」



 ちょっと冷めてしまったけど、厚揚げの炒め物を頬張る。

 うん、うまいうまい。やるな、俺。



「ところで、黒月副会長からは校外学習の件で?」

「ああ。どこ行きたいって聞かれたから、銭洗弁天って言っといた。お前も聞いてたろ」

「ええ、聞いていたわ。本当にあなたって人は……もっとあるでしょう。鶴岡八幡宮とか、鎌倉大仏とか、明月院とか」

「結局、いくつか候補を出して最終的にはみんなで決めるんだろ? ならその辺も回ればいいじゃん」

「……本当、適当な人」



 悪かったな。

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