第35話 ありがとう

 こ、このまま黙ってるのは気まずすぎる。

 えっと……あ。



「それにしても、驚いたな。雪宮から話を聞いてる限り、是清さんってもっとこう……取っ付きにくいと思ってた」

「私もよ。……あんなに泣いたお父さん、初めて見た」



 人前で泣かなそうな人だもんな、是清さん。

 でも、是清さんにあんな過去があったなんてな……。

 奥さんが亡くなった現実を受け入れられずに仕事に打ち込み、その結果雪宮との関係も悪くなる。

 本末転倒かもしれない。

 だけど、是清さんの気持ちもわからなくもない。

 もし俺が同じ立場だったとき……どっちを選ぶんだろうな……。

 答えの出ない問題に悩んでいると、雪宮がそっと嘆息した。



「ね、ねえ、八ツ橋くん。……私があんなに泣いたこと、誰にも言わないでよ」

「え?」

「私が人前で泣くなんて、学校のみんなに知られたくないの。ほら、私ってその……」



 あ……そうか。雪宮って学校ではキリッとしてて、可愛いってよりはかっこいいって感じだもんな。

 そんな雪宮が人前で大泣きしたなんて知られたら、イメージダウンに繋がるか。



「別に知られてもいいと思うけどな。その方が、みんなも取っ付きやすいと思うけど。友達増えるかもよ」

「友達なんていらないわよ。信頼できる人が一人か二人いれば、それだけで」



 信頼……そういや、是清さんからも言われたな。雪宮は俺を信頼してるって。

 ……してんのかな、本当に。



「なあ、雪宮って俺のこと信用してる?」

「してないわよ。してたら、こんなこと念押しするはずないじゃない」



 是清さん、あんたの予想外れたぞ。

 えぇ、信用してないの? だって普通にどっちの家にも行き来するような仲なんだけど。

 信用してなきゃ、男女でこんな仲にならないだろ。

 まあ変に信用されても困るんだけどさ。万が一があったとき、俺責任取れないもの。

 でもちょっとくらい信用してくれてもなぁ……。

 なんて思っていると、雪宮がふふっと笑顔を見せた。



「信用はしてないわ。でも、信頼はしているわよ」

「……何が違うの?」

「どうかしらね。考えてみて」



 俺みたいな馬鹿な頭で考えられるはずないだろ。

 おい、楽しそうな顔をすんな。

 今のやりとりで気まずさが取れたのか、雪宮は俺の目を真っ直ぐと見て来た。



「それより、信頼している八ツ橋くんにお願いがあるの」

「……なんだ? この信頼している八ツ橋さんになんでも話してみろ」

「ちょっと腹立つわね」

「おい」

「冗談よ」



 だからお前の冗談は……まあいいや。



「で、どうした?」

「……もう一度、肉じゃがの作り方を教えて欲しいの」

「肉じゃが? でももうほとんど出来てただろ。あとはちゃんと味見して、味を調整すれば……」



 そう言うが、雪宮は首を振って俺を見て来た。

 ……いや、俺じゃない。俺を見ているようで、見ていない。

 俺の更に向こうというか、過去に思いを馳せているみたいな……。



「私とお母さんをつなぐ、大切な思い出だから。……ちゃんと、覚えたいの」

「……そっか。わかった。俺に出来ることなら手伝うよ。でも、お袋さんの肉じゃがの味、覚えてんのか? このままじゃ俺が教えた、俺の味の肉じゃがになるぞ」

「覚えているから、大丈夫よ。ちょっとずつ味を調整していけば、いずれ見つかるわ」

「ふーん……なら、見つかるまでちゃんと手伝ってやるよ」

「! ……ありがとう」

「――――」



 ……驚いた……なんというか、雪宮ってこんな満面の笑みで笑うのか。

 今までの微笑みとか、ちょっとした笑顔じゃない。

 見たことがないほどの笑みに俺も思わず見惚れてしまい……目を逸らして、お茶で気まずさを紛らわせるのだった。

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