第30話 雪宮家の事情

「氷花」

「…………」



 気まずそうにする雪宮と、無表情のままの雪宮のお父さん。

 これ、俺がここにいていいのだろうか。



「氷花、入れなさい」

「……いや」

「氷花」

「やだ。もう帰って」



 ああ……なるほど。このやり取りで、さっきからずっと話してたのか。

 って、こんなことしてたら他の住居者が怪しむって……!



「ま、まあまあ、落ち着いてください。もう夜も遅いですし、また日を改めて……!」



 二人の間に割って入ると、雪宮のお父さんが鋭い視線を向けてきた。

 こわ。怖すぎだろこのおっさん。



「ここまで食い下がると、他の住人が怪しみますよ。そうなると、氷花さんもあなたもあまりうまくないのでは?」

「……ふむ。私に対して脅しをすると?」

「気遣いです」

「……中々面白いな、君は」



 面白いと思うなら少しでも笑ってくれ。

 親子揃ってむすーってして……仲悪くても似すぎだろう、これは。



「明日の朝、また来る。しっかりと話し合おう」



 雪宮のお父さんは踵を返すと、こちらを振り向かずに真っ直ぐ去っていった。

 ……はあぁ〜……寝る前に気疲れした。



「おい雪宮、大丈夫か?」

「…………」



 ……大丈夫、じゃなさそうだな。

 そりゃそうか。あんなことがあったら、俺だって気が滅入る。



「親父さんと話をする前に、俺とちょっと話をするか?」

「……入って」



 なんと。俺はちゃんと入れてくれるらしい。

 一応、信頼されてるってことでいいのかね。

 チェーンを外した雪宮に促されて部屋に入ると、まだ猫グッズは袋から出していないのか、リビングの端っこに積まれていた。

 雪宮はリビングの椅子に座ると、しゅんっとした顔で俯いた。



「あー……ごめんな。変なタイミングで割って入って」

「いえ……助かったわ。ありがとう」



 ……弱ってんな。当たり前だけど。

 それにしても、まさかあのストーカーおっさんが雪宮の親父さんだとは……さすがに驚いた。

 俺も雪宮の前に座ると、とりあえず無言で向き合う。

 まあ話し合いと言っても、一体何を話せばいいのやら。

 色々なことを聞きたいけど、どう聞けばいいのかわからない。

 言葉を選んでると、雪宮がゆっくり口を開いた。



「……もうわかってると思うけど、私の父よ。実のね」

「あ、はい」



 まさかそのことに雪宮から触れてくるとは。

 家族のことには踏み込まないで欲しいって言ってたけど……それくらい、精神的に参ってるってことなのかもな。

 実の、を強調したってことは、実母はもういないということ。

 別れたか、あるいは……。

 ちょっと嫌な考えが頭をよぎるが、雪宮の言葉に思考を中断した。



「まあ見ての通り、関係は悪いというか……ちょっと苦手なのよね」

「意外だな。雪宮にも苦手なものがあるのか」

「何を考えてるかわからないの。……昔は、もっと笑ってた思い出もあるけど」



 雪宮を持ってして、何を考えてるかわからないと言うか。

 俺からしたら、雪宮が何を考えてるのかわかんないけど。似たような感覚か。



「えっと……何で雪宮の部屋に来たんだ? あれだけ邪険にされてるなら、親父さんも疎まれてるのはわかってると思うけど」

「それは……一人暮らしの条件なのよ」

「条件?」

「……ちゃんと生活ができてるか。それが最低条件」



 ……え?



「ちゃんとって、掃除できてたり料理できてたり?」

「ええ。二ヶ月に一回、父か義母が確認に来るの」

「義母……さっきの電話に怯えてたのって、そういう理由?」

「それもあるけど……あの人、私のことが嫌いみたい。家にいても、本当に辛かった。……だから、お父さんにお願いして一人暮らしさせてもらったのよ……」



 あ……そ、か。うちと同じだ。

 俺の両親は仕事ばかりで俺に無関心。

 雪宮の両親は、雪宮に対して風当たりが強い。

 多分……雪宮家の人間として生まれたさがなんだろうな……。



「私が一人暮らしを始めたのが二月。だから今日が初めての見回りだったのよ」

「そうか……いや待て。それ俺が手を貸さなかったら、あの汚部屋を見られてたってことだよな。どうしてちゃんとしなかったんだ」

「家政婦を雇って、掃除と料理をしてもらう予定だったの。料理は作り置きしてもらって、食材を冷蔵庫からすっからかんにしておけば、今から作るってこともしなくて済むし」



 クソガキムーブじゃん。悪知恵めっちゃ働くなこいつ。

 しかも金をそんなところに使うな。頭いいのかバカなのかどっちかにしろ。

 俺は雪宮の言葉に頭痛を覚え頭を抑えた。

 全く、こいつは……。



「まあ最低限、部屋は綺麗にしてるからいいとして……料理はどうする。明日、親父さん来るぞ」

「う……や、八ツ橋くん。お願いが……」

「断る」

「まだ何も言ってないのだけど」

「言わなくてもわかる。俺に料理作ってくれって言いたいんだろ。断る」



 断固として断る俺の顔を見て、雪宮は珍しくシュンとした顔で黙ってしまった。

 悪いな雪宮。こればっかりは自分の責任として、受け入れろ。



「だからって、俺も手伝わないわけではない。雪宮が望むなら、ちゃんとした料理を教えてやるよ」

「料理……ぁ……くじゃ……」



 何かを思いついたのか、雪宮はぼそぼそと何かを言っている。



「なんだ?」

「……に……にく、じゃが……」

「肉じゃがか」



 こくこくと頷く雪宮。

 確かに肉じゃがなら、それなりに手間もかかる。

 今の雪宮ではちょっと難しいかもしれないけど……やる価値はあるな。



「わかった。じゃ、今から教えてやるから、うち行くぞ」

「う、うんっ」



 やる気満々。鼻息荒くふんすふんすしている。

 そんな雪宮を連れて、今度は俺の部屋に移動した。

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