第29話 実父襲来
しばらくしてから落ち着いたのを確認して、ゆっくりアパートに向かっていく。
いつもはすぐ帰れる道を、たっぷり倍の時間をかけて帰っていった。
でも雪宮の顔色は優れない。むしろもっと悪くなっているような気もする。
「えっと……雪宮、夕飯はどうする?」
「……いらない。そんな気分じゃなくなったから……今日はもう、寝るわ」
「そ……うか」
「……今日はもう、放っておいてくれるとありがたいわ。……おやすみ」
「……おやすみ」
これ以上、俺から雪宮に言えることはない。
雪宮が部屋に戻っていったのを見送ると、俺も自分の部屋に戻った。
冷蔵庫に食材を詰め、買っていた刺身と炊いた米だけで夕飯を済ませる。
スマホをいじりながら飯を食うが……雪宮が気になって仕方がない。
というか、こうして一人で夕飯を食べるのも久々だ。
ここ数日は、毎日雪宮と一緒に飯を食ってたし。
「……味気ない、な」
刺身自体は美味い。
でも一人で食べるのと、雪宮と一緒に食卓を囲むのは、ちょっと違う。
今までは一人で食べるのが当たり前だったのに……まさか、一人で食べるのが寂しいって思うようになるとは。
適当に刺身を米で食い、胃に詰め込むだけの作業を繰り返し、ご馳走様。
俺には関係ないこと。
そう思い聞かせても、どうしても雪宮のことが頭から離れない。あんまり食欲も湧かないし。
食器を洗っても、勉強をしても、漫画やラノベを読んでも……雪宮の部屋の方が気になる。
あいつ、本当に飯は食わないつもりかな。
やっぱり何か持って行った方がいいんじゃないか?
幸い肉はあるし、あいつも肉は好きだ。肉じゃがは時間かかるけど、さっと野菜と炒めて持って行ってやった方が……。
あ、でも今日は放っておいてほしいなんて言ってたな。
「はぁ……なんで俺、雪宮のことで一喜一憂しなきゃならないんだ」
お互い助け合っているとはいえ、まだ一週間かそこらの仲だろう。
それに家族の問題なら、俺が踏み込むのはお門違いもいいところだ。
……雪宮も前、家のことには踏み込んでほしくないって言ってたし。ここで俺が無理に元気づけようとしても、それは雪宮の家の事情に踏み込むのと同じことだ。
なら俺は、雪宮がいつも通りの憎まれ口を叩ける相手になるだけ。
それが俺と雪宮の適切な距離感なんだ。
明日になったら雪宮も回復するだろうし、そうなったら肉じゃがの作り方でも教えてやるか。
……その前に、俺も自分の分の肉じゃがは作っとこう。
俺は肉じゃがを作るべく、さっき買ってきた食材を冷蔵庫から取り出した。
◆◆◆
「はぁ~……さっぱり」
肉じゃがを作ってから風呂に入った。
久々に湯舟にお湯を溜めた気がする。一人暮らしって、どうしてもシャワーだけで済ませることが多いから。
だいぶ疲れは取れた。もう二十二時だし、歯を磨いて寝る準備を……ん?
「……なんか、声が……?」
廊下の方から、か?
酔っ払いが騒いでるのかも。ちょっとうるせーな。
念のため玄関脇に、友達と遊ぶように買っていたバットを置いて扉を開ける。
と……雪宮の部屋の前に、見たことのないおっさんがいた。
スラッとした高身長に、スーツをビシッと決めていて、髪も整髪剤で整えている。
見るからにエリートサラリーマンというか、できる大人と言った感じがした。
別に酔っているようには見えない。けど、インターホン越しに雪宮と何か話している。
てか二人とも、話に熱中してエスカレートしてるし……さすがに時間を考えて欲しい。
「あの、うるさいんですが。雪宮になんの用ですか?」
「……申し訳ない。しかしこれは家族のこと。それに……君は娘のなんだね? 前にも私に話しかけてきたが」
……家族? 娘? 話しかけて?
……………………あ。もしかして、あの時雪宮を見てたストーカー!?
て、ことは……え、雪宮のお父さん!?
やっべ。知らなかったこととは言え、ストーカー扱いしてたわ。
と、とりあえず自己紹介をしなければ。
「……初めまして。八ツ橋葉月と言います。雪宮……氷花さんとは隣人で、同じ学校の生徒会長です」
「……生徒会長? だが娘の学校は以前統合して……」
「はい。統合先で生徒会長をしておりました。任期を全うするまで氷花さんとはともに生徒会長として、学校の親睦を深めるべく手を取り合っています」
ふむ。我ながらナイスな自己紹介だ。
この手のタイプ……見るからに仕事に手を抜かず、更に雪宮家の大黒柱ということは、結構肩書を重視すると見た。
案の定、俺が生徒会長だということに、雪宮のお父さんは少し警戒を解いたように見える。
「先日は急に話しかけてしまい、申し訳ありません。しかし氷花さんをつけているように見えましたので、同じ学校の仲間として見過ごせないと思い、お声をお掛けしました」
「……ふむ。確かに以前の私の挙動はおかしいところがあったな。君の判断は間違っていない。勘違いをさせてしまい、すまなかった」
「ありがとうございます」
普通に話が通じる人だ……じゃあなんで廊下でこんなに雪宮と言い争っていたんだ?
「自己紹介が遅れた。私は
と、名刺を渡してくれた。
株式会社ユキミヤ……テレビCMでもよく見る、大手のIT会社じゃないか。
お嬢様だとは思っていたけど、ガチモンの社長令嬢……マジか。
「えっと……それで、雪宮さん。今は時間が時間ですので、廊下でお話しされるとちょっと……」
「む、そうだな……しかし娘が、部屋へ入れてくれないんだ」
……まさか雪宮の奴、義理のお母さんだけじゃなくて、実のお父さんとも仲悪いの?
なんともまあ……複雑なご家庭だな。
でもこれ以上は普通に近所迷惑だしな……。
そう考えていると……唐突に、雪宮の部屋の扉が開いた。
チェーンは掛かっているけど、雪宮はおずおずと顔を覗かせた。
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