第28話 着信音

 買い物を終え、俺たちはようやくスーパーを出た。

 外はすでに薄暗く、街の明かりもついている。

 もうイルミネーションの季節ではないが、なんとなくイルミネーション感があるというか。見ていて気分が高まる。

 だけど、もう四月も随分と経ったのに、まだ薄ら寒く感じるな。



「雪宮、早く帰ろう。腹も減っただろ」

「減ってないわ。……でも肉じゃがは早く食べたいから、急いで帰りましょう」



 減ってないってやつの顔じゃねーぞ。

 やっぱり雪宮って子供っぽいところがあるよな。

 荷物を持ってスーパーを後にすると、雪宮がなんとなく手持ち無沙汰な感じで俺を見てくる。



「八ツ橋くん、一つ持つわよ。そんなに多くちゃ、大変でしょ?」

「いや、大丈夫だ。全然軽い」



 嘘です。本当はめちゃめちゃ重いです。

 でも女の子の手前、意地を張らなきゃ男が廃る。

 頑張って平然とした顔をしていると、雪宮が俺の持っている荷物を一つ奪った。



「ちょ、雪宮」

「何よ。私だって、両手でならこれくらい持てるわよ」

「……正直、助かる。……ありがとう」

「どういたしまして」



 だいぶ軽くなった荷物を持って、二人で肩を並べてアパートに向かう。

 雪宮と一緒に歩く、か……学校の奴らに知られたら、とんでもない誤解を招きそうだ。

 特に黒羽の男子ども。あいつら最近、俺のことを目の敵にしてるからな。

 だったら自分たちも女子と仲良くしろよってんだ。今までお前らが女子と絡んだの見たことないぞ。

 なんて考えていると、雪宮がそっと口を開いた。



「それにしても……ストーカー、見ないわね」

「え? ああ、そういやそうだな。俺が見かけてから、まだ一度も見てない気がする」

「さすがに諦めたのかしら?」

「どうだろうな……ストーカーの心理はわかんないけど」



 登校中も下校中も、俺が常に一定の範囲内にいるから、向こうも変な行動はしてないのかもしれないけど。

 ……なんか、本当に俺がストーカーみたいなことしてる気がする。

 い、いやいや。俺は全然そんなことないぞ。

 雪宮の身に何かあったら、目覚めが悪いだけだ。



「本当、八ツ橋くんが来てから、色んなことにお世話になりっぱなしね」

「そんなことないだろ。たまたま俺ができることと、お前ができないことが被っただけだ」

「確かにあなた、勉強できないものね」

「俺は勉強ができないんじゃない。白峰の授業スピードが異常なんだ」

「そうかしら? 私はあれしか知らないから、なんとも思わないけど」



 だろうね。人間は自分が生活してきた環境を基準に考えるから。

 でもあれは半端じゃない。さすが、県内でも有数の進学校なだけある。



「ま、この関係も雪宮が大体の家事ができるようになるまでだな」

「……そうなの?」

「そうだろ。俺が教えることがなくなれば、雪宮は一人で生活できるだけのスキルが身に着いたってことなんだから」



 あ、でもたまには家の様子を見に行かないと怖いな。

 またあの汚部屋に逆戻りしたら、たまったもんじゃない。



「そう……じゃあ、それまでよろしくと言ったところかしら」

「ああ。……まあ、それもいつになるかわかったもんじゃないけどな」

「私って物覚えはいいのよ?」

「物覚えがよくても、応用ができるようにならなきゃな」

「勉強では応用のできない八ツ橋くんに言われたくないわ」

「しまった、ブーメランだったか」



 今のは心にちくちく来たわ。ちくちく言葉って知ってる?

 雪宮はそっとため息をつき、仕方なさそうに少し口角を上げた。



「この関係、まだ大分続きそうね」

「あー……そうだな」



 一週間前には考えられなかったけど、この関係がなんとなく居心地のいいものになっている。

 雪宮も同じことを考えているのか、嫌そうな顔はしていない。

 本当……人生どう転ぶかわかったもんじゃないな。

 また雪宮との距離が少しだけ縮まった。

 そんな気がしていると――不意に、スマホの通知音が鳴った。

 この通知音は……電話かな。でも俺じゃない。周りにいるのは雪宮だけ。

 じゃあ雪宮か……って!?



「ゆゆゆゆゆゆゆ雪宮!? おま、顔面真っ青だぞ!?」

「……ぇ。ぁ、ぇぇ……」



 薄暗い中、雪宮みたいな色白でもわかるくらい、めちゃめちゃ気分が悪そうだ。

 俺は雪宮から荷物を取ると、とりあえず持っていたハンカチを渡した。



「だ、大丈夫か? ちょっと休憩するか?」

「だ、大丈夫。気にしないで」

「んなことできるかよ……!」



 くそ。なんだ、何が原因だ?

 さっきまで普通にしていたのに、いきなりこんな……ただの疲れってわけでもなさそうだし。

 となると……あ、着信……?

 俺は申し訳ないと思いつつ、雪宮のカバンを漁ってスマホを取り出すと、電話を切って機内モードにした。

 これでもう電話は掛かってこないだろう。

 でも……電話を切るときに一瞬見えた、発信者名。

 確かに、『義母』って書いてあった。

 義母……名前の通り、義理の母。

 そういうのは今どき珍しくない。でも雪宮は、お母さんとの思い出を楽しそうに話していた。

 てことは、それは実母の話だろう。

 義母とはうまくいっていない、のかな……雪宮のこの反応を見る限り、そう考えるのが普通だ。



「すまん、雪宮。勝手に電話切らせてもらった」

「い、いえ。……ありがとう」



 カバンを漁って電話を切る。本来ならありえないことに、雪宮は感謝を言葉にした。

 て、ことは……まあそういうことなんだろう。

 俺は雪宮の気持ちが落ち着くまで、こうして傍にいることしかできなかった。

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