第27話 タイムセールは大戦争

 精肉コーナーと鮮魚コーナーを一通り見て回り、白滝と玉ねぎもかごに入れる。

 すると、店の中が少し慌ただしくなった。

 そろそろ時間だな。



「雪宮、行くぞ」

「え、どこに?」

「戦争」

「また大げさに……」



 ふ……あれを見て、そんな余裕はあるかな?

 俺は雪宮と一緒に青果コーナーへ行く。

 丁度店の人がバックヤードから出てくると、ジャガイモとニンジンにタイムセールの看板を立てた。



「ただいまより、タイムセールを行います! おひとり様お一つまでとなっておりますので、ルールを守ってお取りください!」



 来た……!

 俺は戦場へと一歩踏み出す……が、一歩及ばず他の主婦たちが押し寄せて来た。

 ぐっ! さすが歴戦の強者たち、圧力が違う……!

 負けじとジャガイモとニンジンに手を伸ばす。が、前にいた主婦に押されて軍団から弾き飛ばされた。



「や、八ツ橋くん、大丈夫?」

「あ、ああ。平気だ、これくらい」



 だけど、刻一刻とジャガイモとニンジンがかごから消えていく。

 でも弾き飛ばされたら最後、俺になす術はない。

 もうあそこに入って食材を取るには、時間がなさすぎる。

 くそ、このままじゃジャガイモとニンジンの入ってない肉じゃがを作る羽目に……!

 見る見る消えていくジャガイモとニンジンの前に己の無力さを痛感していると、雪宮が軍団に一歩近づいた。



「ま、待て雪宮。何するつもりだ?」

「私が取ってくるわ。あなたと私で、二つずつ持ってくればいいのよね」

「そ、そうだけど、無理だろ。お前俺より体小さいし、力も……」

「やってみないとわからないでしょ? それに、これも社会勉強よ。じゃ、行ってくるから」



 臆することなく、主婦軍団の中に入っていく雪宮。

 と……姿を見失った。

 え。ど、どこに行ったんだ?

 別に弾き飛ばされたわけじゃない。本当に消えた。

 まさか、本当にあの中に割って入ったのか? 雪宮のフィジカルで?

 いやぁ……あの主婦たちに負けじと入っていくなんて、やるなぁ。俺じゃあ最初の隙間に入るのも一苦労だぞ。

 そのまま待つこと数十秒。

 ジャガイモとニンジンが売り切れたのか、ようやく人込みが散っていった。

 でも……あれ? 雪宮は?

 軍団の中に雪宮の姿が見えない。

 うそ、どこ行った?



「どこ見てるの?」

「うお!?」



 あ、いた。後ろに。

 いや、なんで後ろにいるんだよ。さっきまであの中にいただろうに。

 でも雪宮の恰好は、髪が乱れているわけでも服がよれているわけでもない。

 普通にいつも通りの可愛い恰好で、手には四つの袋を抱えていた。



「そ、それ……取れたのかっ? あの群れから?」

「ええ。意外と簡単だったわよ」

「か、簡単って……」

「私って背が低い方だし、ちょっとした隙間を縫うようにして進めたの。そしたらギリギリ取れたわ」

「な、なるほど……」



 女性特有の凹凸も少ないから、隙間に入り込むのも簡単なのか。なるほど、納得。



「今失礼なこと考えなかった?」

「気のせいだ。……助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして。これからタイムセールがあるときは、私が行った方がよさそうね」



 ぐうの音も出ねぇとはこのことだな。

 でもタイムセール初心者の雪宮に先を越されるとは……ちょっとショック。

 雪宮からジャガイモとニンジンを受け取ると、そのまま他の足りなくなっていた調味料をかごに入れていく。

 こういうときって、本当に一気になくなるんだよな。

 面倒な買い物を複数回しなくて済むけど、一回の買い物の量が多くて嫌になる。

 あとは、そうだな……。



「雪宮、お菓子買うか?」

「買いたいけど、後で買うからいいわよ」

「ジャガイモとニンジンのお礼だ。一つまでなら、好きなの持って来いよ」

「……それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」



 今度はお菓子コーナーに向かうと、雪宮は真剣な顔で厳選し始めた。



「ここはファミリーパックでお得に……でも勉強中の栄養にラムネを……いえ、それよりチョコレートの方がいいかしら。でも値段を考えるとチョコ菓子よりグミ……むむむ」



 めっちゃ真剣じゃん。

 雪宮の部屋を掃除してた時に思ったけど、結構お菓子とか好きみたいなんだよな、雪宮って。

 でもここまでガチで悩むとは思わなかった。

 雪宮が悩んでる間、俺は俺でビーフジャーキーをかごに入れる。

 そのまま待つこと数分。

 結局無難に、色んな種類のチョコレートが入ったファミリーパックを持ってきた。



「それでいいのか?」

「ええ。ご馳走様、ありがとう」

「どういたしまして。そんじゃ、お会計済ませて帰ろうぜ。さすがに腹減った」

「ええ。肉じゃがにお刺身だものね。……味噌汁、私が作りましょうか?」

「お、いいな。練習のつもりで作ってみてくれ」

「ええ、頑張る」



 雪宮はふんすっと気合を入れると、レジに向かって歩いて行った。

 なんか……本当に子供みたいだな、雪宮。

 子を持つ親って、こんな気分なんだろうか。

 ……俺の親はどうかは知らないけどさ。

 そっとため息をつくと、俺は雪宮を追って行くのだった。

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