第11話 初めてのコンロ

 キッチンへ入ると、雪宮はわざわざ買ってきたのかピンク色のエプロンを付けていた。

 可愛い、淡い色合いだ。桃色と言ってもいい。

 雪宮のイメージ的に水色の感じもしたけど、こういった暖色系もよく似合うな……。



「よし、と。準備できたわ」

「あ、ああ。じゃあ、今日は火の使い方を教えるから。コンロの火は着けられるか?」

「コンロ?」



 ……まあ無理ですよね。コンロ周りも使った形跡がなかったし、ペットボトルが散乱してたし。よく今まで火事にならなかったな。



「このアパートは全部規格は一緒だ。つまみを全部回すと火が着く。反対に回すと強弱がつけられる。これだけだ」

「簡単そうね。つまり全開にすれば、熱が早く通るのよね?」

「まあその通りだ。じゃ、コンロでお湯を沸かしてくれ」

「ふふん。任せなさい」



 なんでやったこともないのに得意げなんだろう、この子。

 雪宮はキッチン周りをぐるりと見渡す。

 そして、電気ケトルへと手を伸ばし………………は?



「よっ」



 バチチチチチチチッ──火ィ着けやがった!?



「ちょおおおおおおおおおお!? なななななな何してんの雪宮!?」



 慌てて火を止めて電気ケトルをシンクに入れる。

 よかった。ちょっと焦げ目が着いただけで、溶けてはいない。いや電気ケトルに焦げ目とか付いちゃいけないんだけとさ。

 いきなり俺が大声を出したことに驚いたのか、雪宮は少し怯えた顔をしていた。



「な、何よ。だってお湯を沸かせって言ったじゃない」

「やかんだよ、やかん! もしくは鍋!」

「やかん? なべ?」



 ……おい、マジか。



「部屋にないのか?」

「あると思ってるの?」



 だろうな。あんな部屋に、そんな上等なものがあるはずないか。

 てかなんで自信満々なんだ。はたくぞ。



「カップ麺のお湯は、電気ケトルで沸かしてるのか?」

「ええ。ボタン一つで沸かせるし、便利だもの」



 それはわかる。俺も面倒な時は電気ケトル使ってから鍋で再沸騰させるし。

 でも、だからって電気ケトルを直接火にかけるとは思わなかったわ。

 あぁ、序盤からどっと疲れが……。



「いいか? 今回はやかんで湯を沸かす。やかんはそれ。蓋をして沸騰すると、ピーッて甲高い音が鳴るから。そしたら火を止める」

「音が鳴るの? 何故?」

「……何でだろうな」



 そんなこと考えたことなかったけど……って、今はそんなことはどうでもいい。



「それより、やってみな」

「気になるけど……あとで調べましょう」



 勉強熱心はいいことだけど、今は家事に専念してくれ。火事になるぞ。なんちゃって、てへ。

 はい、寒いっすね。さーせん。

 雪宮はやかんに水を入れると、蓋を閉じてコンロに火をつけた。

 一度やった流れだ。全然問題はないな。……一回目は電気ケトルだったけど、まあ許す。



「火の強さはどれくらいがいいのかしら?」

「やかんの縁に、火が来るように調整してみ。これじゃあ火が強すぎるから」

「わかったわ」



 少しだけ屈み、慎重に火を調整する。

 ちょっとのことでも本気だな。偉い偉……い!?



「ん? 八ツ橋くん、どうかした?」

「ななななななんでもないっ、気にしないでくれ……!」

「そう? じゃあ話かけないで。集中するから」



 いやそんなに集中するようなことでもないんだけど!?

 雪宮はまたかがみ込むと、じーっと見ながら火加減を調節する。

 ゆ、きっ、ちょっ……!

 そ、そんな屈むと、色々と見えそうになってるんだけど!?

 しかし雪宮は手間取っているのか、自分の胸元を気にした様子はない。

 胸がない分ピンクの下着も見えてるし、なんならその先のへそまで見えて……おおおおお俺は何をそんなにガン見してるんだ!

 慌てて雪宮から視線を逸らす。

 これ以上は罪悪感が耐えきれない。

 というか男子校出身思春期の心が耐えきれない。



「できたわよ。……何でちょっと腰が引けてるの?」

「じ、持病だ。気にするな」

「そう」



 ……心配くらいはしてくれてもいいんじゃない? まあ雪宮にそこまで期待はしないけど。

 コンロの火を確認すると、ちゃんと言われた通りの火加減になっている。



「オーケー。あとは沸騰するまで待つ。……どうせ沸かすなら、コーヒーでも淹れてみるか? インスタントだけど」

「コーヒー……わかったわ。私にやらせてちょうだい」

「……できる?」

「馬鹿にしないで。いつもは缶コーヒーだけど、よく飲んでるから味は覚えてるわ」



 缶コーヒーを飲んでる雪宮……想像するだけでちょっと面白いな。



「じゃあ、頼む。俺はブラックで」

「ええ、任せて。余裕よ」



 さっきの電気ケトル着火事件のせいで、すこぶる心配なんだが。

 大丈夫か、本当に?

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