第12話 思い出に残るコーヒー(苦)

「それじゃあ、八ツ橋くんは宿題の続きをしてなさい。あの様子じゃ、まだ時間は掛かりそうでしょ」

「いいのか? 雪宮は……」

「私は一時間もあれば終わるから」



 一時間!? あの分量をか!?

 はぁ〜……さすがというか、なんというか。やっぱりお嬢様学校で生徒会長をやるだけあって、優秀なんだな。



「じゃあ、火の番は頼む。表面は熱くなってるから、絶対触らないこと。コーヒーのインスタントはそこな。量は……」

「それは大丈夫よ」

「……本当に?」

「ええ、任せて」

「……わかった。じゃ、よろしくな」



 とりあえずキッチンは雪宮に任せ、俺はリビングへと戻る。

 さて、あともう少し。頑張るか。

 プリントを広げ、ノートと教科書を元に解いていく。

 今やってる数学の他に、英語と科学まであるんだ。ゆっくりもしていられない。

 それに教科ごとの宿題も多い。これを一日で提出するって言うんだから、進学校は気が抜けないな。

 集中して宿題に取り組んでいると、雪宮はキッチンに用意した小さな椅子に座りながら、チラチラと俺の方を見てきた。



「……なんだ?」

「っ。な、何が?」

「見てたろ」

「見てないわ。自意識過剰じゃないかしら」



 こいつ……こほんっ。まあいい、今は宿題が先だ。

 互いに無言の時間が続く。

 だけどやっぱり、雪宮はこっちが気になるみたいで、ちょいちょい視線を感じていた。



「……大変そうね」

「まあな。黒羽だと、この半分の量だから」

「そう……」



 ……なんだろう。何か言いたそうだな。



「言っておくけど、煽らないでくれよ。俺だって必死なんだからさ」

「ち、違うわよ。私だって、頑張ってる人を応援するくらいの気持ちはあるわ」



 そう言いながらも、雪宮は指をもじもじさせている。

 なんか変というか……雪宮らしくないな。

 いや、そこまで雪宮を知ってるわけじゃないけど。



「どうした? 何か悩んでるなら、聞くぞ」

「な、悩んでるわけじゃないの。ただ……昨日も、今日も、私ばかりが助けられてるなと思って」



 助けられてる?

 ……あ、なるほど。部屋の掃除とか、家事を教えるとかか。

 これは俺がやりたいようにやってるだけだから、気にしなくてもいいのにな。



「だから、何か手伝うことがあればいいと思ったんだけど……」

「コーヒーを淹れてくれたらいいさ」

「でもそれ、私がいなくてもできることよね」

「まあな」



 コーヒーを淹れるくらいなら、本当は電気ケトルでやればいいし。

 だけど雪宮はその回答がお気に召していないのか、じっと俺を睨んできた。

 いや……見つめてる、か? わからん。雪宮の涼し気な目付きって、どっちにも取れるからなぁ。



「私はあなたから、私にできないことを教えて貰ってるわ。でもそれじゃあ一方通行じゃない。私からも、あなたにお返しがしたいの」

「だから、コーヒーとか……」

「そうじゃなくて、私にできることでよ」



 雪宮にできること?

 ……ダメだ、わからん。てか雪宮に何ができるかとか、そういうのは全くわからないんだけど。

 雪宮は自分から言うのがちょっと恥ずかしいのか、頬を染めて顔を逸らした。



「だから、その……私が勉強を見てあげましょうかってこと」

「……勉強?」

「これでも学年一位よ、私。これ以上ない条件だと思うけど」

「いっ……!?」



 が、学年一位……そんなに頭よかったのか、こいつ。

 噂は聞いていたけど、まさかだ。



「あ、勘違いしないでちょうだい。借りは作りたくないだけだから」

「あ、ああ」



 勘違いする要素がどこにあるのかわからんけど……でも、学年一位が勉強を教えてくれるなんて滅多にないことだ。

 なら、断る理由はないな。



「雪宮がよければ、是非教えて欲しい」

「わかったわ。なら、今日の夜からでいいかしら?」

「ああ。頼む」



 となると、結構夜遅くまで一緒にいるってことか。

 ……な、なんか少し緊張してきたな。同級生の、しかもこんな美少女と一緒にって。



「……ん? なあ雪宮。それってまさか、毎日か?」

「当たり前じゃない。私はあなたに毎日家事を教わるのだから、毎日勉強を教えるのは当然でしょ」

「……土日も?」

「ええ」



 俺のプライバシーは!?

 それはまずいというか、もう少しお互いのプライベートは大事にした方が……!



「さ、さすがに土日は休もうぜ。な?」

「……その日の私のご飯は?」

「え……まあ、作るけど」

「なら勉強教えるわ」

「なんで!?」

「あなたが私にご飯を作ってくれるのに、私ばかりが貰うわけに行かないもの」



 律儀か! そこは素直に受け取っとけよ!

 と、抗議しようとすると、急にやかんが甲高い音を発した。



「キャッ……! び、びっくりした……こんなに大きな音なのね」

「お、おい火を消せっ。もういいから!」

「あ、そうだった」



 雪宮がおっかなびっくりに火を消す。

 ようやく音が止み、静かになった。あれじゃあ近所迷惑だろ。全く……。

 雪宮は用意していたマグカップ二つにお湯を注ぐと、一つを俺に渡した。



「はい、コーヒーよ」

「……ありがとう」



 なんか、うやむやにされた気がする。ずずず……ッ!



「ぶほっ! ごほっ! げほっ!」

「ちょっ、何してるのよ。熱いから冷まして飲みなさいよ、全く……はい、ティッシュ」

「ち、違っ……! おまっ、これどんだけコーヒー入れた!?」

「え? どれだけって……一センチくらい?」

「多いわ!」



 これじゃあ苦過ぎて飲めたもんじゃない! てかさっきの任せてって言葉はなんだよ!?



「そんな、大袈裟ね。コーヒーなんてどれも変わらな……っ! げほっ、げほっ!」

「ほら見ろ」



 とりあえず二人で水を飲んで、口の中のコーヒーの苦味を消す。

 いや、まだ苦いけど。



「お、おかしいわね。入れたら入れるだけ美味しくなるんじゃないの?」

「料理に醤油を入れすぎたら、しょっぱすぎて食べられないだろ。それと同じだ」

「そうなの?」

「……すまん、今のは俺の例えが悪かった」



 料理のできない雪宮に料理の例えとか、無理があるな。反省。



「とにかく適量が大事だ。ティースプーンがあるから、それで一杯くらいが丁度いいな。濃いのが好きだったり、眠気覚ましだったりしたら、二杯入れていい」

「用途があるのね。勉強になるわ……」



 と、用意していたのかメモ帳に書いている。しかも無駄に上手いイラストつき。

 本当、律儀というかド真面目というか。

 雪宮らしいと言ったら、雪宮らしいけど。

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