第10話 私服姿

 今日の放課後は定例会議もなく、俺は学校が終わるも急いで帰りの支度をした。

 今日から、雪宮に家事全般を教えなきゃならない。

 帰って色々と準備しないといけないからな。

 そう考えていると、先に準備が終わった淳也がこっちへ寄ってきた。



「おーい葉月。帰り遊んでいかね? せっかくちょっと離れた場所まで来たんだ。散策がてら、ラーメンでも食おう」

「あー……悪い。しばらく放課後は遊べそうにないわ」

「生徒会の方か?」

「当たらずとも遠からず、かな」

「はー。やっぱ由緒正しき白峰にもなると、生徒会の仕事も忙しいんだな。ういうい、りょーかい」



 淳也はまたなーと手を振り、鼻歌交じりに別の友達と教室を出ていった。

 俺だって、できることなら遊びたい。

 でも約束しちゃったことを蔑ろにはできないからな。

 それに、外で飯を食うとどうしても食費が嵩む。

 一応学校にも食堂も付いてるが、それでもワンコイン以上は掛かってしまう。値段を見た時ビビった。流石お嬢様学校の食堂って感じ。

 因みに、雪宮は毎日食堂で友達と食べているらしい。

 そういう金には困ってないあたり、あいつもお嬢様なんだな。

 俺は生活費は親頼みだから、できるだけ節約しないと。

 一人暮らしさせてもらってるんだから、成績を落としたら何言われるかわかんないし。

 俺は気を引き締め、雪宮を待つべく帰路に着いた。



   ◆◆◆



 アパートに帰ると、とりあえず汚れてもいい服に着替えた。

 今日の予定をまとめたメモを片手に、必要なものを準備する。

 つっても、今日やることは基礎の基礎。いや、基礎と言っていいのかもわからないが、とにかく超簡単なことだ。

 あとは雪宮を待つだけだが、まだかな……って、なんで俺は待ちわびてんだ。

 とりあえず、リビングで学校から出た宿題をやって待つことに。

 名門だけあり、白峰の授業スピードは半端ではない。難易度もこれまでの比じゃないくらいだ。

 これでも一応黒羽ではいい成績だったけど、食らいつくのがやっとって感じ。

 それにこの宿題の量。

 こんな量を一日でやるとか、正気じゃない。



「はぁ……がんばろ」



 無心でプリントやノートをカリカリしていると──不意に、チャイムが鳴った。

 時刻はもう十七時半。なんだかんだ、一時間くらい経っていた。

 荷物を注文した覚えない。ということは、雪宮だろう。

 インターホンの画面を見ると、やっぱり雪宮がいた。

 ちょっと緊張してるらしく、前髪をちょちよっと直している。



「はいよ。お待た、せ……」



 お……おぉ……?

 扉を開けた先にいたのは、間違いなく雪宮だった。

 が、格好が制服ではない。

 動きやすいように白のティーシャツと、ショートパンツ。だが脚は見せないようにか、春の涼しさたいさくからか、黒のタイツを履いている。

 髪はポニーテールにまとめられていて、いつと雰囲気ががらりと変わっていた。



「こんばんは、八ツ橋くん」

「あ、お、うん。こんばんは」



 思いがけない私服姿に、ついどもってしまう。

 だって、こんな……ねぇ?



「……何よ。私の格好、どこか変? 動きやすい服を着てきたつもりなんだけど」

「……いや、全然変じゃない。上がってくれ」

「お邪魔するわ」



 雪宮は気にしていないのか、ツンとした顔で俺の部屋に入ってきた。

 そういえば聞いたことがある。

 女子校は女子だけの閉鎖的な空間。だから男から見られているという感覚が薄くなるとか。

 だからこんなうっすい格好を……いやはや、眼福です。

 ……じゃなくて!

 ふぅ、落ち着け……俺も、何を気にする必要がある。

 雪宮は家事を学びに来た。俺は教えるだけ。それだけだ。

 気にしない、気にしない。

 あ、いい匂い。

 どうやらシャワーを浴びてきたのか、石鹸の香りとほんの少しのラベンダーの香りがする。

 ……って、気にしないっての!

 頭を振って部屋へ戻ると、雪宮はキョロキョロとリビングを見渡していた。



「本当に綺麗にしているのね。驚いたわ」

「だろ? 自慢の城だ」

「こうして見ると、私も自分の部屋を整えたくなるわね……ん?」



 と、雪宮は俺が出しっぱなしにしていた宿題に目をやった。

 あんまり見られると恥ずかしいんだけど。



「ここ、答え間違えてるわよ」

「え、嘘」

「これはこっちの公式。あと、ここの答えが間違えてるってことは、次の答えも……ほら、間違えてる」



 雪宮は色々と説明しながら、俺のノートに式を書き込んでいく。



「なるほど、そうやって解くのか」

「八ツ橋くん、頭悪い?」

「ド直球なディスやめろ」

「冗談よ。ちゃんと基礎はできてるから、気を付けるところを押さえれば問題ないわ」



 お、おぉぅ……なんか色々と教えてもらっちゃったな。俺が家事を教える立場なのに。



「あ、ごめんなさい。つい目が行ってしまって……早速、家事の方を教えてもらおうかしら」

「いや。俺こそ教えてもらって、ありがとう」



 とりあえず宿題を片付け、俺たちはまずキッチンへと向かった。

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