第9話 氷のような

 黒月はぬへへと笑みを見せるが、直ぐにジト目になってしまった。



「てか気付くの遅すぎるし。ウチは昨日すぐ気付いたのにさ。それに、話しかけよーとしてもコソコソ帰っちゃうし」

「す、すまん」



 遅すぎると言われても、名前だけ言われてもマジでわからなかっただろう。

 黒月陽子の昔のイメージと今のイメージが、全然違うからだ。



「昔は、もっと大人しくてお淑やかで静かで暗くてイジイジしててすぐ泣いて男が苦手なのに俺の後ろを付いてくる、絵に描いたような根暗ド陰キャだったじゃん」

「悪口言うなし! ウチ泣くよ!?」



 別に悪口じゃなくて、純然たる事実なんだが。

 ちょ、痛い痛いっ。つま先で蹴ってくんな。



「にしても、本当に変わったよな。そんなギャルになるなんて」

「まあ、うじうじしてても何も変わらないっても思ってね。高校デビュー的な?」

「お嬢様学校で?」

「親が勝手に入れただけだから。中学からメイクとか勉強して、筋トレとかで体作って、どこから見られてもいいようにしたの。どーよ、エロかわわじゃん?」



 黒月は色々と強調するようなポーズを取る。

 確かに、様になってる気がする。

 だけど普通に目のやり場に困るからやめほしい。切に。

 目のやり場に困ってると、近くを通った女子生徒がこっちを見てヒソヒソと何かを話していた。



「見てください。また黒月さん、下品な格好をして……」

「しかも殿方の前でもあの格好って……」

「完全に男に媚びてますわよね。淑女の風上にも置けません」



 ……なんだと?

 思わずそっちの方を睨み付けると、女子生徒は気まずそうに小走りで去っていった。

 そうやって決めつけて……舐めてんのか。俺もワイシャツのボタン全部外してやろうか? あ? 公然わいせつで捕まるぞコラ。由緒正しき白峰の汚点になろうか? お?



「ちょ、やめてはづきち。ウチは大丈夫だから……!」

「いいや。あーやって見た目で判断するような輩は、ろくな奴じゃない。なんならガツンと……」

「いいの!」



 黒月は俺の服の裾を摘み、本当に気にしてなさそうな笑顔を見せてくれた。

 それこそ、陽子の名前通り、太陽のような。



「ウチはウチを気に入ってる。誰に何を言われようと、なんとも思わないから」

「……黒月がいいなら、俺はいいけどさ」

「うんうん、いいの。……って、黒月ってなに? 昔みたいによっちゃんって呼べばいーじゃん」



 俺の黒月呼びが気に入らないみたいで、今までで一番のムス顔になった。

 そんなこと言われてもな……。



「もう幼稚園の頃とは違うし、陽子って呼び捨てにする訳にもいかないだろ。間をとって、黒月で」

「ウチは別によっちゃんでいいのに……」

「そういう訳にもいかんだろ。男子校出身の思春期舐めんな」

「え、自慢? ダサ」

「テメェ……」

「ぬへへ。うそうそ、はづきちらしいよ!」



 うっ。背中叩くな、痛てぇ。

 くそ、黒月の屈託のない笑顔を見せられると、なんか毒気が抜けるんだよな。

 あと気軽に男子の背中叩くな。うっかり好きになっちゃうだろ。

 むず痒いものを感じて黒月から目を逸らすと、黒月が俺の後ろを見て「あ!」と声を発した。誰か知り合いが来たみたいだ。

 黒月が嬉しそうな顔をするなんて、相当仲のいい女の子なんだろう。

 そう思い振り向くと──雪宮氷花だった。

 思わず顔が引き攣る。

 だが黒月は、元気よく手を上げて挨拶した。



「氷花ちゃん、おっはー!」

「黒月副会長、おはようございます。ちゃんと挨拶しましょうね」

「うい! おはよーございます!」

「よろしい。……八ツ橋生徒会長も」

「……おはよ」



 ……なんだろう。黒月相手と俺相手じゃ、態度が違う気がする。

 まあ、男の俺と元からの学友相手じゃ、対応の仕方が違うってことか。



「って、黒月って副会長だったんだな」

「すごいっしょ。どや」

「人は見かけによらないな」

「にゃにおう! はづきちだって、生徒会長とか似合わないし!」

「俺だって人望あるから生徒会長やってんだけど」



 嘘です。俺以外に立候補者がいなかったから、自動的に生徒会長になっただけです。

 見栄くらい張らせてくれ。男の子なんだもん。

 と、雪宮が不思議そうに首を傾げた。



「随分と仲がいいのね。はづきち、って?」

「ウチら、同じ幼稚園だったんだー。小学校も途中まで一緒で、幼なじみってやつ。だからはづきち。あっ! なんなら氷花ちゃんも一緒に呼ぶ? 呼び方が変われば、仲良くなれるかもよ!」

「結構よ」



 ばっさり。袈裟に斬られた気分。

 昨日の夜は夢幻だったんじゃないかと思うくらい、クールというか冷たいというか。

 雪宮は俺を横目で見ると、そっとため息をついて行ってしまった。



「あー、ダメだったね。昨日の会議のこともあったし、二人にはもっと仲良くして欲しいんだけど」

「俺はこのままでもいいけど」

「ダメダメ! せっかく共学で生活するんだし、ちゃんと仲良くならなきゃ!」



 仲良く……か。家でのことは仕方ないにしても、学校でまで仲良くする義理はあるのかね。

 あんな美少女と仲良くなったら、これからの学校生活は薔薇色になるんだろうけど、ぶっちゃけ厳しそうだ。

 と、その時。ホームルームを知らせる予鈴が鳴り響いた。



「あ! おしっこ行きたいんだった! じゃね、はづきち! また今度ゆっくり話そ!」

「お、おう。また」



 黒月は短いスカートでジャンプするように階段を降りていった。

 そんな短いスカートでジャンプするなとか、女の子がおしっことか言うなとか、色々と言いたいことはあるが。

 とりあえず俺も、遅刻しないように急いで自分の教室へ向かった。

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