第3話 お隣さんのお部屋事情

 改めて雪宮の方を見る。

 と……ん? 何か家の中を通ったか?



「雪宮、ペット飼ってるのか?」

「いいえ、飼ってないわよ。このアパート、ペット禁止じゃない」

「でも今、部屋の中で……あ」

「え?」



 ゴミの間から出てきた三つの影。

 それが廊下の真ん中で止まって姿を認識させ……俺らは硬直した。

 カサコソと音を立てて動く黒いそれは、俺らに生理的嫌悪感を与えてくる。

 黒い光沢も、フォルムも、音も、動きも。全てが全て嫌になってくる。

 近付くことすら嫌になるそいつが、音を立ててゴミの中に戻っていった。


 そう――GOKIBURIである。



「……~~~~!?!?!?」

「ちょっ、雪宮押すんじゃねぇ……!」



 部屋の主である雪宮が、声にならない悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。

 余程嫌いなんだろう。涙目でがたがたと震えていて、俺を前へ前へと押し出す。

 って、むりむりむりむりむりむりむりむりッ。

 俺も得意じゃないというか、虫系の中ではむしろ苦手な部類なんだけど!



「おい雪宮、お前が家主だろ! お前がなんとかしろよ!」

「ムリデス。ナントカシテクダサイ」

「急なカタコト!?」



 気持ちはわかるけど俺に押し付けようとすんな!?

 生唾を飲み込み、逃げようと足を引いて……気付いた。

 待てよ? この汚部屋の隣は、俺の部屋だ。

 このままこの部屋を放置したら、なんかの拍子にあの悪魔たちが俺の部屋にやってくるんじゃ……?

 というかもう来てる?

 俺は割と綺麗好きだし、部屋の家具の配置も結構考えに考え抜いたものだ。

 もしそんなことがあったら……。

 ゾッ──。



「さ、流石に掃除したらどうだ。これじゃあ生活するのに困るだろ」

「そ、そうだけど、掃除の仕方とかわからないの。あと、ゴミもいつ捨てていいかわかんないのよ」



 マジかっ、よくそんなんで一人暮らしやって来れたな!?

 ぐっ、くっ……うぅ……!

 っ、はぁ……仕方ない、俺も覚悟を決めるか。



「雪宮、掃除用具は?」

「い、一応あるけど、どこにあるかわからないわ」

「知ってた」



 こんな汚部屋なんだし、どこに何があるかわかったもんじゃない。

 俺は急いで部屋に戻ると、ゴミ袋や洗剤などのもろもろの掃除用具を持って、雪宮の部屋に戻った。

 エプロン、ゴム手袋、三角巾、マスク、ゴーグル。

 どんな菌や害虫がいてもいいように、フル装備だ。



「悪いな雪宮。俺の平和な生活のため、無理やりにでも掃除させてもらう」

「ま、待って。八ツ橋生徒会長、私の部屋に入るつもり?」

「あいつが俺の部屋に勢力を広める前に、元凶を叩く。俺の部屋で奴を見たくない。もう遅いかもしれないが」

「そ、それはそうだけど……」

「俺が部屋に入るのは嫌だと思うが、そこは我慢してくれ」



 整理整頓された女子のお部屋なら俺も抵抗があるし、緊張する。

 だがここは、お部屋はお部屋でも汚部屋だ。抵抗もクソもない。

 それに部屋が綺麗になれば、こいつも少しは俺に感謝するだろう。多分。

 あと今は冬から春だからまだいいが、これが夏になったら臭いで大惨事になる。

 それはマジで避けたい。臭いが酷いだけで気分が落ち込むからな。



「雪宮は外で待つか、俺の部屋で良ければカレー食って待っててくれ。綺麗にしてるから、好きにくつろいでくれてていい」

「それは部屋が汚い私に対する当てつけ?」

「ちゃうわい」

「冗談よ」



 だからお前の冗談はわかりづらいんだよ。

 って、いつまでも廊下で話しているわけにもいかないか。

 早く終わらせないと、いつまでも雪宮を待たせてしまう。

 靴を脱いでいざ部屋に乗り込もうとすると……ぐいっ。服を後ろから引っ張られた。

 誰でもない、雪宮に。



「雪宮、入られるのは嫌だと思うけど……」

「ち、違うわ。……私もやる」

「……え?」



 思わず振り返ると、雪宮は恥ずかしそうに顔を逸らした。



「わ、私が汚した部屋だし、あなたばかりに任せるわけにはいかないわ。あと……ふ、服とか、あるし……」

「あ……そ、そうだな。そうしてくれると助かる」



 よく考えると、脱いだ服があるってことは当然脱いだ下着もあるわけで……この様子だと、洗っていたとしても畳んではなさそうだし。

 それを男の俺の触られるのは嫌だろう。俺が逆の立場でも嫌だ。



「それじゃあ俺はゴミを集めるから、雪宮は見られたくないものを頼む」

「ええ」



 俺が渡したマスクを付け、雪宮は部屋のあちこちに散らばっている服を集めている。

 俺は大きな袋に、手あたり次第にゴミを詰めていった。

 どんだけ捨ててなかったんだろう。袋が一つ、また一つと満杯になっていく。

 いや多すぎな? おいこら、こりゃゴキブリも湧くわ。

 だけど私物は少ないのか、ほとんど弁当やカップ麺のゴミばかり。何かが入ってた箱や段ボールは、思いの外少ない。

 確か明日がプラスチックゴミの回収日だ。これなら、直ぐに綺麗になるな。

 必要最低限の分別をし、廊下のゴミは粗方撤去。

 そのままリビングに入ると、中もまあまあ酷い状態だった。

 部屋の隅では、洗濯した服をちまちま畳んでいる雪宮がいる。

 狭くて動きづらそうだ。自業自得だけど。



「お前、よくこんな部屋に住んでいられるな」



 俺だったら三日で発狂しそうだ。



「勉強机の周りとベッドだけあれば、生活に困らないわ。必要な栄養。必要な勉強。必要な睡眠。それだけでいいの」

「その結果がゴキブリだけどな」

「…………」



 無視すんなコラ。

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