第1話 お隣さんは──?

 十字路でみんなと別れ、俺は一人寂しく買い出しへ。

 諸々の食材を買ってから、歩くこと二十分。

 閑静な住宅街に、新築と言っていいくらい真新しいアパートが建っている。

 ここの二○二号室が、俺が春からお世話になっている部屋だ。

 学校が統合することになり、どうしても俺の実家から今の学校までは登校するのに時間が掛かりすぎる。

 だからこうして、高校二年生にして初めての一人暮らしをすることになったのだ。

 ま、実家にいても両親はほとんど家にいなかったから、元から一人暮らしをしてたようなもんだけど。

 ただ金を出してくれるよう頼んだ時、忙しそうにして全くこっちに関心がなかったのは、ちょっと寂しかった。

 ……って、何考えてんだ、俺。

 寂しがるような歳でもないだろ。ったく……。



「たでーま」



 誰もいないとわかっていても、挨拶は欠かさない。これはただの癖だ。

 荷解きも家具の配置も、この春休み中に終わらせている。

 部屋の中は俺好みのシックな色合いの家具で統一されていて、どこにいても居心地がいい。

 この辺も、両親が金を出してくれた。

 金払いはいいというかなんというか。

 とりあえず制服から私服に着替える。と、腹の虫が鳴った。さっさと飯を食わせろと、うるさいうるさい。



「疲れても寂しくても、腹が減るのが人間か」



 さて、本日のメニューはこちら。

 一人暮らしの味方。いくら作り置きしても問題ない最強の料理。カレーである。

 具材は玉ねぎ、ジャガイモ、人参、鶏肉だけの簡単なものだが、このシンプルさがいい。むしろいいまである。

 因みに俺は具材たっぷりの田舎カレー派。シティーカレーは性に合わんのよ。

 ご飯を炊きつつカレーを作っていると、部屋にいい香りが漂い始めた。

 ん~っ、これよこれ。

 後はしばらく煮込んで完成だな。

 肩の力を抜いて、スマホでSNSを確認していると。



「──ん?」



 あれ? 隣の部屋から音が聞こえる。こうやって聞こえてくるのは初めてだ。

 そういや春休みの最中、お隣さんって留守だったっけ。

 挨拶してなかったし、これを機に挨拶でもしてくるか。

 えっと、菓子折りは……って、しまった。腹減って食っちまって、手土産残ってない。

 うーん……仕方ない。カレーを手土産にするか。口に合うかわかんないけど、ないよりはましだろう。

 ウスターソースやケチャップなどで味を調え、煮込むこと二十分。

 カレーが完成した。

 本当はスパイスから自作したいところだが、まだこっちに来て間もない。準備も出来てないし、今日は市販のカレールーで我慢だ。

 相手が家族なのか一人暮らしなのかわからないからな。少し多めにタッパーに入れて、と。

 どんな人だろうか。ちょっと緊張するな。

 ……怖い人だったらどうしよう。

 でも挨拶してないことで、今後ご近所トラブルに巻き込まれたら、それはそれで面倒だし。ここは腹を括って。

 ちょっとだけ身なりを整えてから廊下に出ると、お隣の扉の前で立ち止まる。

 二○一号室の角部屋。名前は書いていない。

 深呼吸をすること一回、二回……いざ。

 ピンポーン――。

 チャイムを鳴らすと、軽快な音が廊下に響いた。

 扉の奥から慌ただしい音が聞こえてくる。

 しまった、今は丁度夕飯時。突然の来客にバタバタさせてしまったみたいだ。



「は、はーい」



 ……女の人、か? しかもかなり若い。余計緊張してきた。

 待つこと数秒。鍵が開き、ゆっくりと扉が開いた。

 先手必勝。俺から挨拶するぜ。



「は、はじめまして。少し前に隣に越してきた者です。ご挨拶が遅れてしまい申し訳……あり、ま……?」

「ああ、これはご丁寧にありが……と、う……?」



 出てきた人の顔を見て、思わず思考が硬直する。

 相手の人も、俺を見て硬直した。

 黒く、美しいロングヘアー。

 クールで冷たい印象の切れ長の目。

 神が造形したかのように美しい容姿と、体のラインがわかる薄着。

 これが初対面なら、間違いなく一目惚れしていたであろう女性は……残念ながら初対面ではなかった。

 しかも俺の記憶が正しければ、互いに最悪に近い印象を抱いている相手。

 ついさっきまで一緒に生徒会室で会議をしていた、絶世の美少女。




 ――雪宮氷花が、そこにいた。

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