【書籍化決定】ツンな女神様と、誰にも言えない秘密の関係。

赤金武蔵

プロローグ 氷の女神様

「おい聞いたかよ葉月! 今度うちが統合する先! 女子校の生徒会長の噂!」

「そんな噂、とっくに知ってるっての」



 俺の通っている私立黒羽高校は男子校である。

 が、地方都市にあるため年々生徒数は減少。

 その結果、来年度から一番近隣である私立白峰女子高校と統合することとなった。

 女子校との統合ということで、黒羽の生徒は今から浮足立っている。

 当然、俺もその内の一人だ。

 だって女子だぜ? 女子校だぜ? ひゃっほう。

 表には出していないが内心テンションの高い俺。

 そんな俺にテンション高く白峰の生徒会長の噂を話すのは、水瀬淳也みなせじゅんや。俺の親友である。

 淳也は染めた茶髪を振り、身振り手振りで噂の内容を口にする。



「女神のように美しく、清純でクールで知的。運動真剣も抜群で生徒や教師からの人望も厚い。名前は確か、雪宮氷花ゆきみやひょうか。通称、氷の女神様……こんな完璧美少女と同じ学校だなんて、最高だぜ!」

「同意はするが、ちょっとキモいぞ、淳也」

「うっせ。むしろお前の方がテンション上がれよ」



 淳也はむすっとした顔を見せ、俺と肩を組んできた。



「そんな美少女と一緒に仕事できんだろ? なあ、八ツ橋葉月生徒会長様?」

「お前も生徒会入ればよかったろ」

「は? やだよ、だりーし」



 こいつ絞めたろか?

 そう。淳也の言う通り、俺は黒羽高校の現生徒会長である。

 本来なら統合後に、黒羽の生徒会は解体するはずだ。

 しかし統合後は、男女の違いで何かと苦労するだろうというのが、両校の校長のありがたいお言葉である。

 と、言うことで、統合後は任期の終える十月までの間、黒羽高校生徒会と白峰女子高校生徒会の二つの組織が存在することになった。

 正直、面倒なことが起きなければいいんだけど……心配だ。果てしなく。



   ◆◆◆



「それではこれより、白峰女子生徒会と黒羽高校生徒会、第一回定例会議を行います」



 凛とした声、凛とした佇まい、凛とした表情。

 まるで物語に出てくるお姫様のように美しく、女神のように神々しい。

 異物を寄せ付けないといった雰囲気の女子生徒。

 噂に聞く白峰女子生徒会会長、雪宮氷花の第一印象は、そんな冷たいものだった。

 腰まで長く、黒曜石のように美しい髪が、西日を反射して煌びやかに輝く。

 胸は控えめというか乏しいというか。しかしそこも、どこか奥ゆかしいと思える。

 本当に噂通りの女神様。美しいとも言えるし、可愛いとも言える。

 事実こっちの生徒会メンバーは、女子と対面で座ることも慣れていない。

 更に極上の美女がいるってだけで、緊張しっぱなしだ。

 俺? 緊張なんてすすすすすするはずなななななな。

 ……はい、緊張しています。

 俺は雪宮の前口上を聞きながら、気持ちを落ち着かせるためにあらかじめ配られたパンフレットへ目を落とした。

 白峰女子はこの辺でも有名なお嬢様学校だ。

 そんな『お嬢様』って言葉が似合うほど、雪宮は全てにおいて隙がない。

 言葉の端々に上品さが見え、所作も洗練されている。気がする。洗練された所作とか見たことないからわからんけど。

 雪宮は事前に用意していたのか、資料を手につらつらとことの経緯を説明していた。



「黒羽高校の生徒数減少に伴い、白峰女子と統合。生徒会が二つ存在するという事態になっています。ですが今期の黒羽高校の生徒会は続投していただき、両校の親睦を深めるべくまずは生徒会同士で会議を――」



 堅い堅い堅い。なんかすごく堅い。

 見ろ、こっちの生徒会メンバーを。めっちゃぽかんとしてるじゃん。

 うちの会議とかあれだぞ。『これで行くべ!』→『うぇーい!』って感じだぞ。こんながちがちの会議とか慣れてないんだけど。

 雪宮の口上はなおも続く。ちゃんとしてくれているのはわかるが、こんなことしていても会議は微塵も進まない。

 とにかく、黒羽高校生徒会会長として、俺が場の空気をどうにかせねば。

 俺が手を上げると、雪宮の氷のような視線が突き刺さった。ひぇ、こわ。



「……八ツ橋生徒会長、どうぞ」

「話の腰を折ってすまん、雪宮。前口上もいいけど、そろそろ定例会議を進めないか? まあ会議ってより、のんびり話し合うって感じなんだけど」



 俺の言葉に、こっち側の生徒会メンバーはうんうんと頷く。

 雪宮の通り氷のように冷たい視線は、俺たち黒羽高校の生徒会を見ているようで見ていない。

 どこか高飛車というか、なんとなく下に見られてるような気がする。

 いや、多分気のせいだろう。

 俺らの劣等感が、そう思わせてるんだ。多分、恐らく、メイビー。



「……それもそうね。それでは会議を始めます。会議の主題は、【親睦】。両校の親睦を深めるべく、軽くイベントをしたいと思います。これから生徒会メンバー全員で、まずは校内を散策。私が本校の歴史を説明していきますので、聞いたらスタンプを押していくスタンプラリー形式を行いたいと思います」



 …………はい?

 え、今なんて言った? 親睦? 歴史? スタンプラリー? ……え?



「雪宮? 親睦って意味理解してる?」

「ええ、勿論。互いに親しみあい、仲良くすること。友好、親交ともいいますね」



 そんな国語辞典に載っていそうな回答を求めたわけじゃないんだけど。

 まあいい。



「えっと……スタンプラリーで本当に親睦が深まるとでも?」



 俺の疑問に、この場にいる全員の視線が雪宮へ突き刺さる。

 いやいや、まさか本当にそんなこと考えてるわけないよな。

 あ、もしかしたら雪宮なりの冗談か? 緊張してる場を和らげようとして――。



「思っているけど、何か?」

「マジか」



 えー……あー……え、本当に?

 他の白峰女子生徒会メンバーを見るも、ほとんどが真面目な顔をしている。

 苦笑いをしているのは、一人や二人くらいだ。

 どうやら雪宮氷花は、かなり真面目な子らしい。

 頭を抱える俺にかちんと来たのか、雪宮は俺に鋭い視線を向けた。



「なら八ツ橋生徒会長。あなたならいい意見を出せるの?」

「少なくとも、高校生のイベントでスタンプラリーは需要がなさすぎる。伝統と歴史は大事だと思うが、今知ることではないだろ。俺なんて黒高の歴史とか、微塵も知らないぞ。知らなくても卒業できるし」



 俺の言葉に、こっちの生徒会メンバーは深々と頷いた。

 白峰女子生徒会からも、納得したくはないが理解はできる、と言った感じの空気を感じる。



「ならどのように親睦を深められるか、何か意見をどうぞ」

「そんなの、生徒会室でみんなでお菓子を持ち寄るとか」

「生徒会室で嗜好品はNGよ」

「なら弁当持ってきて食事会はどうだ? 親睦会なんてそんなんでいいんだよ。ちゃんとしたイベントなんて考えないで、肩ひじ張らずにもっと気楽に行こうぜ」



 うんうん、親睦会なんてそれくらいが丁度いい。

 それにこれから一緒の学校で授業とかするんだから、急がず親睦を深めればいいさ。

 最悪、俺らの代で親睦を深める必要はない。俺らの後輩が親睦を深めてくれたら、それでいい。

 なんて思っていると……雪宮が感情のない目で俺を見つめてきた。

 ええ……ちょ、本当に怖い。人間に向けていい目じゃないでしょ、あれ。

 ちょっと気まずくなり目を逸らすと、白峰女子側の生徒会メンバーの一人が、雪宮をたしなめるように声をかけた。



「ですが、雪宮会長。八ツ橋会長の言うことももっともではないかと。最初からイベントではなく、少しずつ歩み寄るのもよいかと思います」



 その言葉に、雪宮は口に手を当てて黙考する。



「――――」



 ……綺麗だ……。

 ただ、考えている。

 それだけで、まるでこの世の中心が雪宮氷花であるかのような錯覚に陥った。

 西日が照らし、まるで後光のように雪宮を包み込む。

 思わず目を見張って雪宮を見つめていると、目が僅かに動いて俺を射抜いた。



「わかりました。では親睦会は、まずは昼食会としてお弁当の持ち寄りをしましょう。開催日は今週の金曜日。場所は生徒会室にしましょう」



 雪宮の言葉を、書記が黒板に書いていく。今週の金曜日か……メニュー考えて、弁当作ってこなきゃな。どうせならみすぼらしいものじゃなくて、ちょっと豪華に行こう。



「他に何かありませんか? ……ないようですね。それでは本日の生徒会は終了します。お疲れさまでした」



 雪宮が解散を宣言すると、生徒会室の空気は弛緩した。

 それに乗じて、俺たち生徒会メンバーはそそくさと生徒会室を後にする。

 はぁ……なんか妙に疲れた。緊張というよりは、雪宮の視線と言葉で色んなものがゴリゴリに削られた感じがする。

 それは生徒会メンバーも思っていたのか、雪宮に対する愚痴をこぼしていた。



「おいおい、噂と全然違うじゃん」

「誰だよ、清純って噂流したの」

「間違ってはないけど、あの性格はないわ……」



 言いたいことはわかる。だけど本人がいないところで陰口はいただけない。



「雪宮は雪宮なりに、親睦を深めようと考えてくれてんだよ。あんま悪く言ってやるな」

「だけどよ会長」

「だけどもねーよ。それにお前ら、女子の悪口を言ってたって噂されてみろ。……彼女、できなくなるぞ」

「「「雪宮生徒会長ばんざーい!」」」



 はっはっは。愛すべきクズどもめ。

 校門を出ると、白峰女子高校……いや、今年度から名前が変わった、白峰高校の校舎を見上げる。

 と、丁度校舎のベランダに佇む雪宮と目が合った。

 春風が吹き、雪宮の髪をいたずらに撫でる。

 深窓の令嬢という言葉が似合うほど、今の雪宮はどこか神格じみていた。

 なんとなく互いに視線を逸らさない。逸らしたら負けだと思っている。

 すると雪宮が生徒会室にいる誰かに呼ばれたのか、部屋の中に引っ込んでいった。

 ふ、勝った。……何してんだ、俺は。馬鹿馬鹿しい。



「会長、どしたー?」

「いや、なんでもねーよ」



 雪宮に構っている時間はない。俺は鞄を背負いなおし、足早に家へと帰っていった。

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