『私だけの天敵(ヒーロー)』KAC2022#11

 世界は自動的に、バランスが取られるようにできている。

 一方が有利になる、という展開にはならない……、

 少なくとも、怪人とヒーローの関係性においては。


 怪人・フラグアントは、二メートルを越える身長を持った、人間そっくりな見た目をしている。顔はありに近い……が、嫌悪感を軽減させるために輪郭を削り、触覚を抜いて、丸みを帯びた頭部は、あえて凹凸を作った。

 頭だけ大きかった不格好な姿から、だいぶマシな姿になっている。

 頭と体、バランスが取れた姿だ。削って整えた頭部は、まるで風の抵抗を軽減させるために溝を掘ったヘルメットのようでもある……。


 理由を持って生まれた怪人。彼の目的は人々を襲うことではない。そもそもの話、現時点で世界に人間はいない。人間がいなければ生物もおらず、世界の文明、人々の生活、生命体の繁殖は一度、全て無になったのだ。

 現在、地球にいるのはヒーロー(だったもの)と、怪人(だったもの)だ。力を得て生まれたヒーローもしくは怪人の一方が、世界の支配者にならないために、世界は自動的に『天敵』を作り出したのだ……、ヒーローに対抗する怪人、怪人に対抗するヒーローのように。

 ……始まりがどっちからだった、なんて、既に分からなくなっている。怪人が生まれたからヒーローが生まれたのか、ヒーローが生まれたから怪人が生まれたのか……、どっちにしろ世界が終わるまで、この尻拭いは続くのだろう。


 人間も生物もおらず、だけど世界にはヒーローと怪人がいる。

 彼、彼女たちは(性別があるのかも怪しいが)、自分を殺してくれる天敵を毎日毎日、ひたすら探しているのだ。



「見つけたぞ、天敵ヒーロー


 怪人・フラグアントは自身を殺してくれるヒーローを見つけることができた。薄暗い森の中、大木の後ろに隠れているのは、見た目、中学生くらいの女の子だ。

 彼女はヒーロー・ダインダイバー……、

 だが、彼女はヒーローとしては及第点にすら届いていない。


「なにをしている、さっさと出てきて、私を殺せ」


「……知らない、知らないよっ、急に引っ張り出してきてわたしに戦えって言うの!? できるわけない……、ヒーローのみんながみんな、力を持っていると思わないでッ!」


「お前だって力を持っているはずだ……私の天敵なのだからな……。数百年も探してやっと見つけたんだ……、嫌ならさっさと自殺でもしてくれ。

 お前が生き続ける限り、私の天敵は新しく生まれてきてはくれないんだからな――……早く私を殺せ、生きるのも、もう飽きた」


「あなたが自殺をすればいい……死にたければそこで勝手に死ねばいい!!」


「できないから頼んでいる……、お前以外に殺されない……自殺することもできない。私が殺せるヒーローも限られている……。こんな生き方に価値があるのか? この世界に長居をする理由があるのか? 怪人とは、元々、人々に恐怖を与える象徴だったと言われたが、その人々が既に絶滅しているんだ……、目的を失った私に生きる理由などないさ」


 だから早く殺してくれ、と怪人は願う。

 だが、ヒーローはそれを受け入れられなかった。


「あなたの天敵がわたしであるように、わたしの天敵もこの世界にいるの……っ。この薄暗いわたしの世界から一歩でも外に出れば、わたしの天敵が牙を剥く……ッ。あなたと違ってつまらない世界でも、わたしはただ生きていたい……! 楽しみもなく前進も後退もしない世界だけど、それでも苦しんでッ、恐怖を知ってッ! 死んでいくよりはマシでしょッ!!」


 影の世界に潜むヒーロー……、

 彼女の天敵はつまり、日の光を浴びる、もしくは発生させる怪人ということか。


「なら、私が隣までいこう。

 そうすれば、お前は影から出ることなく、私を殺すことができるはずだ」


「嫌よ、こないで」


「お前の天敵と組んでいたりしない。同じ怪人だが、仲が良いやつなんて限られている。知り合って仲良くなっても、気づけば死んでいる……そんな世界だ」


「……そういうことじゃないわ」


 怪人を信用できないのは、ヒーローとしての性だろうが……、

 しかし彼女は違うと言った。殺すことを躊躇う理由は、他にある……?


「嫌なことはしたくない。殺すことだって、一緒よ」

「私は怪人だぞ?」


「怪人だから? 天敵だから? それが殺すことにどうして繋がるわけ?」


 バランス、だ。

 片方が世界を支配しないよう、必ず強者には、弱点が付与される。誰もが刺激を与えることができるパターンと、たった一人だけがその強者に優位に立てるというパターン。

 現時点では後者が主流になっているというだけだ。


「あなたを殺すのがわたしの役目だと言うけど……、わたしはあなたを殺すことを、必ずしなくちゃいけないわけじゃない。

 生きるためじゃないし、守りたい誰かがいるわけじゃない。ただの目的であって、積まれたタスクでしかない……。

 強制力がない以上、行動を起こさないことに文句を言われる筋合いはないわ」


「…………」


 生まれた瞬間から、自分の目的はこれであると決められていたから、それに向かって全力疾走していたが……しかし顔も知らない、声も知らない、世界なのか神なのか……。本当にいるかも分からないそいつのために、どうしてこっちが悩まないといけないのだ?


 確かに、生きるために殺す、というわけじゃない。殺さないと大切な『なにか』を奪われるわけじゃない。なにもないのだ。得るものも失うものもなく、進んでも引いても、待っているのは退屈な世界だ。

 殺しても殺しても、生まれてくるターゲット……、逃げても逃げてもしつこく追いかけてくる天敵――、生きることが苦痛、だから死にたいと思っていたが――、

 だけど彼女は退屈でもいいから、せめて心は平和でいたいと願ったのだ。


 殺すことも殺されることも苦しい。


 逃げ続けることも隠れ続けることも……同じく苦しい……。

 でも、比べるなら後者の方がまだ、堪えられる。


 二人なら。


「この森のどこかにいるのか、天敵」


「……早く出ていってよ。あなたに見つからない場所にいる……探しても無駄だから。天敵であるわたしはあなたに殺されない……一生、逃げ続けてやるわ」


「それもいいかもな」

「え?」


「お前が天敵でい続ける限り、私は誰にも殺されないわけだ。一生、ここでのんびりと過ごすってのも悪くはない、か……」


「…………一生、居座るつもり? 邪魔なんだけど……」


「悪態でもいい、愚痴でいい、陰口なら歓迎だ。……弱音を吐くなら聞いてやる、いつまでも。退屈な世界だが、一人だったらの話だ。たとえ天敵でも、お前とぐだぐだ喋っているだけで暇を潰せるなら、そういう人生も楽しそうだと思ってな」


「……寝ている最中にわたしに殺されるかもしれないのに?」


「だったら、願ったり叶ったりだろ? 私は殺されたいからここにいる……気が変わったらいつでも殺せよ、私は逃げも隠れもしないからな――」



 それから五百年。

 喋ったり、喋らなかったり、隠れている天敵の姿を探してみたり……、森の外に出て世界を見て回ってみたり――、報告する相手がいると、行動することにも前向きになってくる。

 森の外へ出たがらない彼女のために、色々な話を持ち帰ってきた。


 天敵は喜んでくれたが、森の外に出ようとはしなかった。


 そして……、世界は久しぶりに、小さな生命を生み出した。


 いずれ、地球は二周目の歴史を辿り、再び人間が誕生するのだろう。


 その時に。


 あらためて、怪人とヒーロー……、

 両者が本来の役目を思い出し、向かい合うのだろう。



「その時に初めて、顔を合わせることになるわけだな」

「かもね。まあ、まだ遠い未来の話だと思うけど……」


「その時こそ私を殺せよ、ヒーロー」

「あ、負ける気満々なんだ?」


「そうだろう? 怪人は、負けるためにいる……、私はお前にしか殺されないのだからな――お前に殺されることが、最初から変わらない、私の目的だ」


「バカじゃん……。これだけ一緒にいて、お喋りをして、情が移っていないと思ってるわけ?」

「それでも――殺せ。お前が私に与えることができる、幸せだ」


 殺すことが痛みであると勘違いしている相棒へ、怪人は言ってやる。



「お前に殺されることが、私の幸せなんだ」



 だから殺されるまでは独占してやろう。


 だって彼女こそ、私だけの天敵ヒーローなのだから。

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