『ラストバトル』KAC2022#5

 暗闇だ。視界が潰されている。


 だが、周囲を知る術はまだ残っている!


 握る剣、足音、匂い……、玉座でふんぞり返っていた魔王の存在は、まだ目の前にいる。


 暗幕のような黒いオーラによって塞がれたその先にいる強大な存在……、その威圧感こそが、自身がそこにいることを示してしまっている。

 強過ぎる力を持てば誇示していなくとも周囲には伝わってしまう……、強力な力は、自身を隠すことができないのだ。


『なぜ私を倒そうとする、勇者よ……』


 女性の声だった……、しかし、声だって自由自在に変えられる魔王のことだ、おれを油断させるために身近な女性の声を真似ているだけだ……気は抜かない。


「……自分が、この長い歴史の中でなにをしてきたのか、理解していないのか!?」


『町を滅ぼしたことか? 人間を殺したことか? ……そんなこと、お前たち人間だってしているじゃないか。生きているだけで互いに迷惑をかけてしまうからと、世界を二つに分け、わざわざ境界線まで分かりやすく作ったのだ、そこを堂々と乗り越え、我々の敷地を荒し、各地の管理者である魔族を倒してこの城まで突き進んできたのはお前たちだ……、今更、共に戦った仲間の怪我の一つや二つで怒ることか?』


「魔族が、魔王がいるからッ、人々は安心して生活ができないんだ! 環境は汚染され、地形も大きく変わっている! 災害が人間の世界を崩しているんだ! 

 野に放たれた魔族は人間を襲う、繁殖し、人間を支配しようと各地で暴れている……ッ! 送り込んだくせに我々は知らないで通ると思っているのかッッ!?」


『知らんよ。お前がそうであるように、魔族側の誰かが人間を殺すために動くことだってあるだろう――お前のように。

 人間の世界で徒党を作り、拠点を決め、町を破壊し人間を殺す……、我々の世界でこれまでお前たちがやってきたことと、なにが違う?』


「それ、は……」


『魔王と名乗ってはいるが、別に人間を支配したいわけじゃない。きっちりと区切られているのだから干渉する気はないし……、こっちは襲われたから正当防衛で戦っているだけだ。

 勇者よ、お前が引けば我々も引く。だが、中には、魔王である私の命令に背き、復讐のためにお前たちの故郷を襲う者がいるかもしれない……、

 お前たちに襲われた子供がすることだが、それについては、どう対応するつもりだ?』


 殺すのか? 小さな子供でも? という問いに、おれは答えられなかった。


 視界が潰されているからこそ、暗闇だからこそ、思い出す……、姿形は人間とは思えない、鱗に覆われた二足歩行の化物だったけど……、敵の背には、子供がいた。

 妻と、赤ん坊と……家族がいたのだ。

 おれたちは、その子の父親を、この剣で……。


『一番、気持ちが分かるはずだ。お前だって、復讐をするためにやってきたのだろう?』


「……違う、おれは、……託された、だけだ――」

『誰に』


「先代の、勇者、に……、眠りから、醒めて、おれは……」


『眠りから醒めて? 記憶がない中、書物か、なんだ、昔話でも聞かされて、「自分には魔王を倒す使命がある」とでも言い聞かせられたか? 

 選ばれし者にしか扱えない剣、盾、アイテムの数々……、各地で味方になってくれた妖精の存在……、たくさんの人間の助力を受けて、ここまできているお前自身は、内側から溢れ出る魔王への感情は、なにもないのか?』


 言われてみれば、「魔王はこうである」と聞かされただけで、魔王と会うのはこれが初めてだ……、厳密には暗幕で隔てられているので、会ってさえいないのだが……、

 確かにおれは、魔王の部下である魔族に、知り合いや師匠、仲間を殺されたことはあるけど、魔王に向けて復讐心があるかと言えば、そうではない……。


『言っておくが、命令なんてしていない。そもそも争いを望まず、ここで友人とお茶とケーキでも嗜んで、ゆったりと暮らしていたい気分なのだからな……、じゃあ止めるべきだ、と思うか? だが復讐に走る相手に「やめろ」とは言えん。

 言ったところで聞くか? お前にだってそういう経験くらい、あるだろう?』


 復讐に駆られた子供を見てきた。

 魔族に飛び込んでいく自殺めいた行動を咎めたこともあった。

 ……言って止まらないのが、復讐者だ。


 結局、殴り合って、力づくで止めることしかできなかった――、

 魔王はそれが、分かっている。


『止められない暴走した魔族が、そっちの世界へ流れているだけだ。犯罪者、と言うべきか。殺人者の親類縁者の全員が悪人かと言えば、そうではない。

 こっちからすればお前一人を悪とした場合、復讐対象が人類全体になるわけだが、復讐されることを理解してその剣を持ち、私の前に立っているのか?』


「…………」


『魔族は根絶やしに? 小さな子供までか? 赤ん坊も? 生まれる前のお腹の中にいる生命も? お前はその剣で殺せるのか、勇者よ』


 言われて、おれはなにも言い返せなかった。

 魔族がしたことは間違っている、だけどそれは単独の魔族に向ける感情、復讐心であって、魔王に向けるものではない。

 しかも、魔族全体を差して、全てを根絶するとまでいくのは、やり過ぎだ……、たとえ先代、さらに先々代から語り継がれてきた勇者としての役目だとしても……。

 伝統を重んじるとしても、人道からはずれることは間違っている……。


 色々な人の想いを受け取り、この剣を握り締め、魔王の前にいる……でも。


 それが、平和に暮らしたい魔王を殺す理由になるか……?



『責任、取るのか……?』

「責任……」


『大義があるとは言え、殺人を犯したお前は、どう罪を償うつもりだ?』


「……一生、かかっても……なにをされても構わない……おれは、取れるものなら、どんな責任だって取るつもりだ!!」


『ふっ、覚えておけ、その言葉――』


 そして、視界だけじゃない、耳の感覚も遮断された。

 嗅覚、触覚……たぶんだが、味覚もないだろう。五感が封じられた……だが、おれにはまだ第六感がある。魔王の威圧感が分かれば――、いや、


 魔王の居場所も、自分がどこにいてどこが上で下なのかも、地面の上に立っているのかも分からない――、水中で、まるまって浮かんでいるように……、無の世界だった。


 一瞬、死んだのかと思った。

 魔王の「それっぽい」言い分で心が惑わされ、そのまま串刺しにでもされて死んだのでは……? そんなことを想像してしまう。

 痛覚だってもちろんないから、今の状態で串刺しにされたら、当然、死ぬ……死んでいるはず。仲間は魔王の城の外、おれを守ってくれるはずの危機回避の術も、一回きりだ。

 発動していたとしても、二度目はない。


 生きているのか、死んでいるのかも分からない……、いま、何分が経った? いや何時間? 何年……? くそ、もういっそのこと殺してくれッ! 早く、殺せッ、おれを!!


 地獄でも来世でもいい! 

 どんな目に遭ってもいい……、おれの罪はおれが償う……ッ!!


 だから――、



 そこで、ぱっと光を取り戻した。


 匂い、立っている感覚、音……、全てを失う前と変化がない状況……否。


 姿



「え、誰……?」


『じ、自覚ないのか……? 

 勇者よ、お前が私の衣服を剥いて、めちゃくちゃにしたんじゃないかっっ!』


「ま、おう……?」


『そうだが。まったく、少し脅すつもりで五感を奪い取ったら、第六感なのかなんなのか、近づいた私の体に抱き着き、あんなところやこんなところを触って楽しんでいたようで……、本当に五感がないのか疑ったものだぞ。……全部、取り戻していたわけじゃない……だろう?』


 おれは首を縦に振る……なにも見えていなかった、音も匂いも感触も!! 当然、味覚だって分からなかった! そんな中でおれは、この魔王……、見た目は年上の、グラマラスな美女に抱き着いて衣服を剥いて……、どんなことを?


『赤ん坊ができたら、責任を取ってもらうからな、勇者よ』


 た、確かになんでもするとは言ったけど、こんな罪の償い方って……っっ!!



「――得してるじゃねえかッ、こんなの人間に恨まれるっての!!」



 ―― ――


 暗幕の後ろで魔王さまが言いました。


『やば、勇者の顔、超タイプなんですけど……』


「はあ。でも相手は魔王さまを殺す気でかかってきますよ。相当な嫌悪で向かってくる相手に、真逆の好意を持たせることは難しいのでは?」


『分かってるわよ。こういう時にアドバイスをくれるのがあなた、「悪魔」の役目でしょ。側近として傍に置いているんだからベストな案をちょうだい』


「お茶とケーキのためなら私の発想を分けてあげましょう」


 というわけで、考えてみました。さらさら、と台本を書き、そのまま読んでいただきましょう。その間に私は勇者から五感と、第六感も奪っておく術を準備しておいて……、


『勇者は、本当に見えていないのよね……?』


「はい。暗闇の中でなにもなく、なにも見えず、なにも感じられず、思考だけが回っているはずです。今の内に、さあ、魔王さまの衣服を剥かせてください」


『いい、自分ででき――』


「リアリティを出すためには私の手で剥いた方がいいのです、ほらっ!」

『あ、ちょっ!!』


 半裸になった魔王さまを地面に転がし、「あとは台本通りにお願いしますよ」と伝えて、勇者にかけていた五感、第六感を奪う術を解除します。


 すると、全ての感覚を取り戻した勇者は、目を開けて驚くわけです……どんな状況? と。



「勇者よ、お前が私の衣服を剥いてめちゃくちゃにしたんじゃないか、とでも言えば、責任感が強い勇者は勝手に想像して責任を取ろうとするでしょうね」


 人間は一夫多妻制ではないようですから、魔王さまに赤ん坊ができるかもと伝えれば、無下にはできないはずです。

 こうして外堀から埋めていけば、いずれ勇者も、魔王さまに好意を向けるのではないでしょうか? と、思っていたのですけど……、



「――得してるじゃねえかッ、こんなの人間に恨まれるっての!!」


『か、可愛いって、思ってくれた、のかな……?』


 叫ぶ勇者と、こそっと私に耳打ちしてくる魔王さま……、


 ――私の介入は、これで最後になりそうですね。

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