『ロジウラ・カラフルスターズ!』KAC2022#9

 並ぶ屋台の中を歩く十三歳の少年がいた。彼は魔法学園へ進学した三つ上の姉を探している。待ち合わせ場所に広場の噴水を指定されたが、しばらく待っても姉は姿を見せなかった。姉のことだからどうせまだ夢の中なのだろう……と呆れる弟だ。


 本当に寝坊していなければいいけど……、目覚まし時計も通用せず、拷問に使う頭痛の魔法でしか起きないあの寝坊常習犯が、こんなに朝早くから待ち合わせ場所にこれるとは、少年も思ってはいなかった。……姉が家から出ていってから三か月……、あの悪癖が寮生活になったところで、そう簡単に直るとは思えない。


「お姉ちゃんのせっかくの晴れ舞台だから、楽しみにしていたのに……」


 時刻は十時……十五分、そろそろ会場に向かわなければ第一試合に間に合わない。というかその試合こそが姉の出る試合なのだが……、もしかしたら弟との待ち合わせをすっぽかさないと試合に間に合わない瀬戸際なのかもしれない。


 一言、がんばってと応援したかったが、時間がないなら仕方ない。

 姉との待ち合わせを諦め、会場へ向かおうとしたら、後ろの噴水で水飛沫が上がり――、


「良かったっ、間に合ったよね!?」

「ね、姉ちゃん!?」


 びしょ濡れの制服のまま噴水から出てきた姉が、弟にたくさんの荷物を手渡す。


「ちょっ、なにこれこんなに持てないんだけど!?」


 抱えてしまえば前が見えないくらいの大荷物だった……、なんだこれ、もしかして屋台で売っている食べ物か?


「お昼ご飯、これで足りるよね!? あんたが一人で学園にくるって言うからとりあえずこれだけかき集めてみたけど――成長期の男の子なら空腹をがまんしちゃダメだからね!?」


「大丈夫だよっ、というか多過ぎっ、こんなに食べられないから!」


「残したらお姉ちゃんも食べるから――ってやば、もうこんな時間っ! じゃあね、私いくからっ、優勝してみせるからねっ!」


 魔法で制服を一瞬で乾かし、マントを翼に変化させて飛び立つ姉の足首を、弟が咄嗟に掴んで……、


「きゃっ、ちょっ――っ!

 その位置は絶対にパンツっ、見えてるでしょ! あと食べ物を落とすな!」


「姉ちゃんっ、がんばれっ!」


 そっと離された手。

 姉と弟の距離が離れていく……姉が、ふふ、とにやけながら返す。


「うんっ、がんばる!」



 食べ物を抱えて会場に入る。屋根がないドーム状の会場には多くの人々が席に座っていた。満員、である。指定席のチケットだった少年は立ち止まることなく進むことができた。もしもチケットがなければ、一番後ろで立って観戦することになっていただろう。


 それでも大画面が周囲にあるので、姉の活躍が見られないわけじゃない。


 指定の席に座ると、隣に大人なお姉さんがいた。姉と同じ制服……、だけど、デザインが奇抜だ。姉は青だったけど、彼女は赤、青、黄色、緑、紫……様々な色が混じった制服を身に纏っている。髪の色はピンクで、毛先が緑色――目がチカチカする女性だ。


 大きな帽子を胸に抱く彼女がちらりと横を見て、


「あら、美味しそう」

「良ければ食べますか? 僕も食べ切れないので」


「そういう意味ではなかったのだけど……ありがとう、せっかくだから貰うわね、可愛い可愛い少年くん」


 首を傾げた少年から、屋台の食べ物を取っていく女性……、

 一つ、手を伸ばしたけど避けたものがあった。気になったが、苦手だったのかもしれない。



 発祥は路地裏でおこなわれていた魔法使いたちの遊びだった、らしい。それが巷で流行し始めると、ギャラリーが敷地を埋める問題が発生した。

 民家や施設にも影響が出るし――注意をするよりも管理した方が手っ取り早いということで、学園がその権利を買い取り、その遊びをスポーツへ変えたのだ。


 路地裏で、魔法使いが持つ属性色を奪い合い、積み上げた力で敵を討つスポーツ。


 名はそのまま、『ロジウラ・カラフルスターズ』と呼ばれることとなった。



「少年、誰を応援しているの?」


 ホットドッグを頬張りながら、女性が聞いてきた。


「お姉……姉が出場しているんです。青色の選手、なんですけど……」


「ユイカちゃんか……初出場だと厳しいかもね。他の三人は上級生だし、もしかしたら一回も攻撃を撃てないってこともあるかも……」


「はあ……難しいんですか? 見ていると簡単そうに思えますけど……」


「それは全部のスポーツに言えることね。外から見るとああすればいい、こうすればいいとアドバイスできるけど、いざ自分でやってみると思っているように動けないものなの。敵の邪魔が入ると尚のこと、難しいしね……」


「……ようするに、しりとりなんですよね?」


「まあそうね。ステージ上に散らばる物体が持つ色を筆ペンに吸収させる。物体の最後の文字を繋げることで、色を上書きして積み重ねていく……、重ねていけばいくほど、自身の筆ペンに乗る数値ワードが溜まっていくの。

 自身の属性である色と筆ペンに重なっている最上段の色が一致した時、近距離にいる敵へ攻撃を当てることができるってわけね。公式大会となって、路地裏の時とルールは少し変わっているけど、誰かが攻撃を受けた場合、全員の筆ペンがリセットされてしまうの――、そして最初から積み重ね直し。互いに攻撃を積み重ねて、いかに早く、相手へヒットさせるかの競争よね。

 もちろん、積み重ねた色が多ければ多いほど、ポイントは高くなる……そして、ポイントの奪い合いを繰り返し……、制限時間、五十分を経て、さて誰が一番、ポイントを稼いでいるのかの勝負が、このスポーツなの」


「……お姉ちゃ……姉は、やっぱり、勝てない、ですか……?」

「さあ? それはお姉ちゃん次第じゃない?」


 少年が言い直した『お姉ちゃん』をすかさず拾ってくるところを見ると、この人はいじわるだ、と少年は少しだけむすっとする。


「ごめんね、いじりやすいものだから」

「さっき手を伸ばしてやめたこれ、食べてくださいね」


「縁起が悪いから食べなかっただけなのに……まあいいわ、好きだし」


 少年が差し出した食べ物を受け取り、蓋を開けて女性が噛みついた。


「あなたのお姉さんがこうならないことを祈るわ」

「?」


 そして、試合が始まった。



 魔法によって作られた異空間にある再現エリアは、学園。

 魔法使いたちが毎日通う学園をそのまま再現したエリアである。


 有利……、とも言えないか。参加選手は誰もが学生の魔法使いであるのだから。

 こうなってくると中でも下級生である彼女は、どちらかと言えば不利だ。


 少年の姉であるユイカは、青属性の魔法使いだ。学園内にある青色には最初から目星をつけておき、ある程度までは別の色を『しりとり』で積み重ねていく必要がある。

 木材もくざい石壁いしかべ→ベニヤいた→タイツ→ツバメ→メス→スイミング――物体によっては名が複数あることもあり、その場合の別の呼び名も吸収範囲として認められている。

 ユイカは水を狙って言葉を繋げていた。プールでも水泳でも対象になる。となるとスイミングも大丈夫か……? と不安だったが、筆ペンは繋がりを認めてくれたらしい。


(良かった、これだけ重ねれば誰かにヒットさせても勝て――)


 しかし、ユイカが気を抜いたその瞬間、

 右方向から衝撃が届き――、ユイカの体を撃ち抜いた。


「か、は……ッッ!?」


「惜しかったね新人ちゃん、こっちはあっという間に二十のワードを重ねて黄色で攻撃させてもらったわ。全身を抜ける雷の衝撃は幻だから気を失ったりしないでね!」


 目元にピースを重ねる先輩の魔法使いが、倒れるユイカを見下ろしている。


「早、い……っ!」

「予選を通過したからどんなもんだと思って期待してみれば、なんだこんなものか」


 筆ペンを握る『黄』の属性、その魔法使いが色を吸収した。


「ひとまず先取点、奪っておいたから。持ち点がマイナスにならないように気を付けてねー。良かったね、0点で脱落するルールじゃなくて。

 開始早々、十分にも届かずに退場って、醜態を晒すだけだもんねー」


 にひひ、いっひひひっ――と上空で笑う先輩の背後から、赤い色が衝突する。


 それは岩を含んだ火の玉だった。


「……ッ、いってぇな――」


「最短で積み重ねて、二発目のヒット、ね。ポイントは少ないけど、それ以上にあなたの出鼻を挫けるのであれば、やる意味はあったわね」


「赤の、魔法使い……ッッ」


「流れには乗せないわ。それに、早い展開で回していかないと、エリアにある色も変動しないしね。記憶されて最短でルートを組まれたらポイントを荒稼ぎされる……、それは避けたいところね――ん、賢明じゃない、あの子」


 赤の魔法使いがふと下を見れば、青の魔法使いは姿を消していた。


 校内へ入ったのかもしれない。



 先輩二人から距離を取ったユイカは、色を持つ物体の位置の変動を思い出す。場所の移動だけじゃない、それは、本来の物体が持つ色も変動するということ。

 つまり水は青ではなく、炎は赤ではなく、土は茶色ではないということだ。


 色と言葉、瞬時に見極め積み重ねていく……、予選とは違う緊張感だ。

 これ、一度でも色を相手にヒットさせることができるのだろうか……?



 結局、姉は一度も攻撃をヒットさせることはなく、最下位となり脱落した。


 一度も色を放つことができない……、俗に言う『上がれない』状態だ。

 珍しいことでもないのだが、会場内では、姉を揶揄する声が多かった。


「縁起が悪いから食べなかったの……だってなんだか、そうなりそうな気もしたから」


 食べ終えた串が見える……、

 姉はつまり、その状態なのだ。


「焼き鳥。

 この負けで落ち込んだりしないといいけどね」

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