『トレンドは二刀流!』KAC2022#1
「――頼むっ、俺にももう一振り、剣を作ってくれ!!」
とまあ、あたしのところに駆け込んでくる剣士は枚挙にいとまがない。おかげで店が繁盛しているが、今度はこっちの休む暇がねえよ。こっちは剣を一振り作成するのに時間と労力を多大に使っているわけだが? ちょいと金に色を付けてくれねえとな。
男が手早く頷いた、まいどありー。
「で、もう一振りってことは、いま腰に下げてるそれは回収しなくていいんだな?」
「ああ……、今年の流行りは『二刀流』らしいんだ」
流されやすい男だ、とは思わない。流行ったということはそれに明確な『強さ』があるということだ。対策をするよりもその流れに乗ってしまった方が実力は拮抗できたりする……、まあ勝負がつかないことも多いが、それでも敗北するよりはマシだろう……。
武闘大会が盛んなこの国で、近年は『剣』が流行っていた。だから必然的に剣士が増えるわけだ……、もちろん拳やら銃やら、流行りでなくとも一定数の使用者はいるわけだが。
やはり流行っている剣には敵わない。
利用する者が多いということは、それだけ剣を扱う戦法を考える頭が多いということ。一度でも大会で見せてしまえば、真似をする奴が増えてくる……、そして真似した上でアレンジを加え、我流に変えていく。高い勝率を持つ戦法がどんどんと枝分かれしていくのだ。こうなってくるとなかなか剣は廃らない。新しい流行りが生まれなければ――難しい。
「似たような剣でいいのか? 作り始めたら変更はできないぞ」
「同じのでいいよ。両手で重さが違うと動きにくいしな」
似せる努力はするが、違和感がないほど同じ重さにはできないぞ?
熱した鉄をトンカチで打っていると、後ろから覗き込む男……まだいたのか。言っておくが、今日中にできるわけじゃないからな。
「作ってる様子に興味があっただけだよ。……なああんた、女性で鍛冶屋をしているってことは、なにか事情でもあるのか?」
「似合わねえって?」
「いや……、女だから、で決めつけるわけじゃないんだが……ほら、女性の武闘大会への興味って、薄いじゃないか。どちらかと言えば武闘じゃなく、舞踏大会にいくだろう?」
まあ、世間の女はそうだろうな。高価なドレスで着飾り、化粧で自身の顔を誤魔化して、隣に立たせた男の『格』でマウントを取り合う、いわゆる社交パーティだ。
舞踏『大会』と言っているが、メインは女性同士での、大会脇での会話だ。大会での順位なんてあってないようなものだし……。そこでは筋肉質の男よりも、すらっとした、線が細く美形な男が重宝される……、目の前の暑苦しい男とは大違いだな。
「……睨んできて、なんだよ」
「睨んでない。鍛えてるよな、って思って――」
本物の剣だ、ちょっとした事故で充分に死ぬ可能性がある以上、筋肉はつけておくべきだ。目の前の男も、巨漢とは言えないが、その両腕で抱きしめられたら、あたしも含め、女なんか完全にこいつの体に埋まっちまうよな。
「自然と、な。意識して鍛えたわけじゃないんだ……、武闘大会のために剣の練習をしていたら、気付いたら筋肉がついていて……」
「あっそ。……意識して鍛えておいた方がいいぞ。
バランスが悪い。腕だけ太いとみっともない」
うえ!? と声を上げた男から視線をはずし、あたしはトンカチで熱い鉄を打つ……、
剣。流行る前は、あたしくらいしか使っていなかったのに……。
いつからか注目され始め、強さが証明されると後を追うようにどいつもこいつも真似をし始めた。数少ない女性の内の一人として武闘大会に出ていたあたしじゃあ、やっぱり限界があったのだ……、勝つための剣だったのに……、周りが使い出したら、あたしはもっと、勝ち目がなくなる――、結局、剣の流行りは廃れることなく、あたしを引退まで追い込んだ。
そのまま親父の跡を継いで、この鍛冶屋の店主になったわけだが……――、
やっぱり、大会に出なくとも、剣には関わっていたかったのだ。
いや、親の影響で剣に関わっていたから、あたしは無意識に、剣を使おうと思ったのかも……ともかく。
二刀流、か。
あたしも、考えたことは、あった。
一振りで勝てないからもう一振りを追加して……なんて安易な考えではなかったけど、仕込みとしてはありかもしれないと思ったのだ。隠れた二振り目で相手の隙を突く……卑怯だが、しかし反則ではない。戦法としてもありだろう。
中には手裏剣を使っている参加者もいるのだ、あんなの隠し放題じゃないか。文句を言い出したら体が小さく、力がない参加者は負けるしかなくなる。そんな現状を打破するためには、実際にしないとしても、やはり『仕込みがある』と相手に思わせることが重要だ。ハッタリが機能すれば駆け引きが生まれる。力と力の勝負に終始しないので、観客も楽しめるエンタメだ――。
ここはエンタメの国。
あたしの戦法にダメと言う運営はいないだろう。
「なあ、次の大会の、参加締め切りは、いつだ?」
「ん? 今日までだけど……え、もしかしてあんたも出るつもりか!?」
やめておいた方が……、と言いたそうな口の形だった。
「少し興味が出た。……再燃かもな。おいこれ、テキトーに鉄を打っておいてくれ。単純作業だ、失敗することはねえから任せたぞ」
「あ、おい! これが俺の剣になるんだよな!?
変な叩き方をしたら本番で折れたりしないよな!?」
数日後、あたしは武闘大会の会場に足を運んでいた。どうせ鍛冶屋には誰もこないだろうし、今日は臨時休業である。
……懐かしい雰囲気と空気に浸っていると、周囲から暑苦しい男たちが絡んでくる。
「鍛冶屋の姉ちゃんじゃねえか。自慢の剣でおれらを倒しにきたのか?」
あたしよりも背が高く、横に大きな男……、
筋肉もそうだが、黒い衣服でも羽織っているみたいに濃い体毛が気になるな……。
「記念参加するにしても危ないからやめておきな。本選は一対一だが、予選は参加者全員が舞台に上がるサバイバルだ。姉ちゃんじゃあ、突き飛ばされて終わりだぜ」
「剣で斬られるよりはマシに感じるけど?」
「男の中に混ざって、もみくちゃにされて――おめえは全身の骨がバキバキに折れてもまだマシだって言えるか?」
腕を切断できる剣のことも考えると……まあ、どっこいどっこいか。どちらにせよ死は覚悟しておいた方がいい……元より、無傷で帰れるとは思っていないのだから。
「……あんたらが親父のお得意さんで良かったよ」
「ん?」
「なんでもねえ。心配してくれてありがとう。でも、今回は勝つつもりだから」
流行りが二刀流なら、戦略も読みやすい。
そして相手からすれば、あたしの存在は未知の領域だろう。
そして予選が開始した。
正直なところ、血気盛んな男たちは手近な相手を叩きやすい。自分の力に自信があるのだろう、それが悪いとは言わないけど、自信は慢心にも繋がりやすい。
大振りをしたところで「えい」と足を引っ掛ければ、簡単に転ばせることができる。で、舞台上で転んだ敵にとどめを刺さない男はいない。
漁夫の利を嫌うとしても、そんなの少数だ。剣を持っていて、振り下ろせば勝てる相手が目の前に転がってくれば、自然と剣を振ってしまうものだろう……、あたしは罠を疑うけどな。
「……残っちまった」
と言ったのは、最近よく顔を合わす男だった。同年代くらいだから記憶に残っているのかも。結局、あたしが打つべき鉄は、こいつが打っていたわけで……その剣を大切にしてくれているのは多少の愛着が湧いたからか……、不慣れな二刀流が見ててよく分かる。
「おめでとさん」
「あ、鍛冶屋の――あんたも残ったのか」
「身を屈めて舞台上を走り回っていたらいつの間にかな」
正確には、周囲の戦いにちょっかいを出し続けていたってだけだが。
「……次は、あんたとサシ、らしいな」
「ふうん、サシで勝負か」
少しやりにくい、と言いたげな男だが、
しかし生憎だが、そんな気持ちはすぐにでも吹き飛ばしてやるよ。
あたしをなめていたら、怪我するぞ?
男との一対一。
相手は二刀流……あたしは、一振りの剣だ。
「……流行りに乗らずに一振りで勝負って……バカにしてるのか、あんた」
「流行ったスタイルが強いことは認めるが、
だからって他のスタイルが弱いってわけじゃないだろ?」
あたしにとってはこっちの方が慣れているんだ……、それに、二刀流のメリット、デメリット、本当に理解しているか?
「男と女だから分かりにくいかもしれないけどさ、二刀流は片手で一振りの剣を扱う。単純に片手一本で一振りの剣を操作しないといけない。あたしは両手で一振りだ。全力でフルスイングすれば、あんたの剣を飛ばすこともできるぞ?」
相手が大男だった場合は通用しない可能性もあるが、しかしあたしよりも少し大きいくらいの差しかなければ、簡単に剣を飛ばすことができる……、
男が手離した剣が、からん、と舞台上を滑っていった。
「あ!」
「じゃあ一振り同士の戦いなら? ――流行りに乗って剣を始めたんだろ、あんた。そんなミーハーに、幼い頃から剣術を習ってきたあたしに勝てると思うのか!?」
力強く踏み込む。
だんっ、と前へ――、両手で握り締めた剣を、彼にめがけ、
「へ?」
からん、という音が遅れて聞こえた。
男が剣を、手離したのだ……そして。
両手を広げてあたしを抱きしめる……え、え、ちょっ、なにしてんの!?
「やっぱりあなたは女の子だ」
「そ、そんなの当たりま――」
めきめき、という音が、背中から……っっ。
これは――、骨が、折られ……、
「抱きしめられて油断する戦士はいない――だからあなたはやっぱり、向いてない」
「あた、しは……」
落ちかけた意識の中で、あたしはなんとか、声を絞り出す。
「戦、士に、なりたか――」
「させるものか。戦って死ぬのは、男の役目なんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます