『へやの隅っ子・メシアちゃんのありがたメイワク』KAC2022#7

 双子の妹・東雲しののめ真心まごころの二週間の失踪……、それに気づいたのは、妹が帰ってくる二日前だった。


 なので俺たち家族が確かに妹がいなかったと確信できるのは、二日だけだった。二日であれば、友達の家に泊まった、ネットカフェに泊まった、と判断できる。引きこもっているくせにアグレッシブに動くからなあ……あいつ。


 ちなみに、俺と顔は似ていない。肩で揃えた黒髪、暖かいとは言えまだ早いだろうノースリーブの薄着、短パン……、引き締まったスタイルと言うよりは痩身と言える細い体は、単純に食事を満足に摂っていないからか。


 部屋の前に置いておいた食事にも手をつけない日もあるし……、ぐーたら生活を繰り返しているくせに、怠惰な体にはなってないんだよなあ……。


 そんな妹を二週間ぶりに見た俺は、ひとまずは無断外泊を兄として叱ることにした。



 そろー、と部屋の窓から顔を覗かせたあいつは、やっぱり悪いことをした意識はあったのか……だからそうやって恐る恐る入ってきたのだろう。


「どこいってた」

「うっ、トンマ……」


 咄嗟に逃げようとしたみたいだが、ここは二階、いくらアグレッシブとは言え運動神経が良いわけではない妹が、不安定な足場を引き返すことができるわけもなく、足場を確認している間に俺は妹の腕を掴んでやる。


「落ちたらどうすんだ、早く入ってこいって」

「でも……二週間もいなかったから……怒るでしょ」


「は? 二日じゃないの? 二週間も外出してたのかよ……」


 扉の前の食事に手がついていないから、もっと早く気づくべきだったけど、俺たちも中にいるものだと勝手に思い込んでしまっていたから……それも問題か……。

 生存確認は毎日するべきだった。半年以上も引きこもり生活を続けていると、部屋にいるのが当然になってしまうからな……。


「ほら、入れ」


 ぐっと引くと、抵抗をやめた妹が部屋に入ってくる。裸足だった……、まあ部屋を出たならそりゃそうか。外で靴くらい買えばいいのに……。イラスト、漫画など、投げ銭で小遣いを稼いでいるお前に買えない値段のものじゃないだろ。


「座って待ってろ、いまタオルを持ってくるから――」

「ううん、いらない。汚れてないから」

「そんなわけないだろ、裸足で外を出歩いていたんだか」


 しかし、妹の足は汚れていない……裸足だったのに。

 だって、屋根の上に乗ってたよな……?


「お母さんにはまだ言わないで」

「……報告はするからな。いまは出かけてるから、帰ってきてからだけど」


 それまでは黙っておく。

 母さんも父さんも、こいつの不在に焦った様子もなく、その内、ひょっこりと帰ってくるでしょと言っていたが……、気楽過ぎるだろ。娘のことを信頼し過ぎだ、と思っていたらすぐに帰ってきたのだから、やっぱり両親の読みは当たっていたわけだ。


 椅子に座る妹。俺も……と思ったが椅子がないので、壁に寄りかかる。


「いいよ、ベッドに座ったって。ここだってトンマの家なんだし」

「なあ、なんでそのあだ名なんだよ。普通に名前でいいだろ」

「だって、マコトとマココじゃ分からなくなるじゃん」


 だからって、トンマって……、どうせ東雲真を崩してトンマ、なんだろうけどさ……、後輩がぼそっと間違えた呼び方を拝借して作られたあだ名だった。

 後輩が学校で使うせいで、瞬く間に広まったんだが、あいつの影響力は高過ぎる……。


「モナンは元気?」


「お前と電話ができなくて寂しいとか言ってたな……、そう言えば四日前くらいから音信不通で配信もしなくなったって言ってたし……、その時に確認しておけばよかったか」


「なんだかわたしに興味がないことが浮彫になっただけの気が……」


 そんなことないって。というか引きこもって干渉を嫌がるくせに、ほったらかしにされると文句を言うのか……わがままなやつだ。


「で、二週間もどこで寝泊まりしてた? どこの男の家でもいいが――お前が処女を喪失しようがどうだっていいが、相手にちゃんと泊めてくれたことのお礼は言ったよな?」


「男の部屋なんか入るわけないじゃん。あとまだ処女だからね」


 そんなのどっちでもいいから。

 ……じゃあどこで寝泊まりしてたんだ? やっぱりネットカフェとか、友達の家か? 後輩の家じゃないことは確実だ……、あいつからしつこく電話がきて、俺は妹の部屋を力づくで開けたのだから。


「実はね、異世界を救ってたの!」


「はいはい、漫画の話か? ハマってるゲームの話? そういうのは後にしてくれ」

「嘘じゃないのにッ!」


「じゃあ証拠を見せろ。二週間の外出を責めたりしないから、誤魔化さずに言えって」

「証拠、あるよ」


「すぐにばれる嘘をつくなよ。お前なら理論詰めで俺を納得させるくらいのことは考え付くはずだし、しようと思えば生徒会当選も簡単にできるお前の話術で俺に納得させることも――は? 証拠がある?」


「遅っ。まあ鈍感ななんちゃってお兄ちゃんならこれくらいの時間差があるか」

「誰がなんちゃってお兄ちゃんだ。……確かにお前よりはバカだけど!」


 学力も運動神経も! ……創作活動のために引きこもっていなければ、学校のヒーローは間違いなくコイツだったのにッ!! 気づけばこいつの双子だからって理由で生徒会に捻じ込まれている俺の気持ちも考えろ……。

 ついでにモナンを巻き込めたのが幸いだったけどさ……後輩がいなくちゃ俺は間違いなく浮きまくっていたはずだ。


 ……無能は隠せないし。


「で、証拠ってなんだよ」


「わたし、異世界にいってたからさ……魔力が体の中に溜まってるはずなんだよね。たぶん、わたしがこっちの世界に戻ってきたことで、魔力がこっちの世界に浸透するはずだから……たぶん明日か明後日くらいに影響が出るのかなー……と思って」


「今すぐに出せる証拠じゃないのかよ」

「裸足でも足が汚れていないのがそうとも言えるね。ほら見て、ちょっと浮いてるでしょ」


 椅子から下りて立つ妹が、ほらほら、と足下を指で示す……屈んで見てみろって? 

 まあいい、畳に頬を擦りつけるようにして足元を見ると……うぐっ!?


「あ、ごめん、ついつい踏んじゃった」

「…………」


「ねえ、なんか言ってよ。もしかしてトンマは踏まれて喜ぶ人な」


「俺を踏んでるなら片足立ちだよな……? じゃあ、地面に接地してるはずで……でも今のお前は、地面に触れてなくて…………浮いてる?」


「だから言ったじゃん。おかげで裸足で外出しても汚れてないの。魔力のおかげでね」

「え、異世界……は? 魔力……魔法!? お前マジで二週間どこでなにしてた!?」


「だーかーらー! 異世界で世界を救ってましたっ、いわゆる勇者の凱旋がいせん、東雲真心とはわたしのことなんだからっ!」



 翌日のことだった。

 朝、目を覚ました俺は隣にあるスマホを持って、パスコードを入力しようとしたところで、しかし何度やってもロックが解除されない……、意識がはっきりとしてからよく見てみると……、スマホの壁紙が違う。

 しかもスマホケースが黄色で、こんなに明るい色を選ぶ俺じゃない。妹のイタズラか?

 それから尿意を感じて立ち上がり――見えた部屋に「え」と声を漏らす……、


「どこだ、ここ……」


 見慣れない部屋だ。

 大きなぬいぐるみから小さなぬいぐるみまで置かれており……これこそ大半が想像する女の子の部屋、と言った内装……、あ、このぬいぐるみ、見たことがある。

 やっぱり人気なんだな……と思えば、見たことがあるレベルではなく、買ったことがありプレゼントしたことがある、という記憶がぐっと引っ張り出されたほどの既視感があった。

 ……もしかして、


 部屋にあった姿見で自分を見ると、やっぱり……後輩・モナンの姿になっていた。


 なった、のではなく、恐らくは俺とモナンの魂が、入れ替わっている……と判断するべきか? 

 俺がモナンの体に変身しているなら、部屋まで変化しているのはおかしいし、この体に俺とモナンの魂が同居しているわけでもない、のであれば……、

 やっぱり魂が入れ替わっていると見るべきだ。

 なんでこんなことに……まだ夢の中、じゃねえよな!? 


 とにかく落ち着いて……と、俺がすぐに落ち着けたのは、昨日の妹のセリフのおかげだった。異世界で世界を救ってきたあいつは、魔力……つまり魔法を、こっちの世界に垂れ流しにしている状態であり、どこでどんな異変が起きてもおかしくはない、と言っている。

 つまりこの入れ替わりも、その魔法のせいと言える……。


 だがそれを知らない本物モナンは戸惑うだろう、今の内に連絡をして説明をしないと……あ、でも、スマホのパスコード……、くそっ、とにかく何通りか試してみてから――、


「……解除された……」


 俺の誕生日なんだけど!?

 なんであいつ、このパスワードなんだよ!?


 そんなことよりも、今はこの入れ替わり問題に着手するべきだ。モナンのスマホを操作し、俺の番号を探す……、登録名が『真』と呼び捨てなところはスルーしよう。

 お前が意図して入力したんだよな!?


 俺の番号にかけると、着信が続き、がちゃり、と応答する――、



「モナンっ!? 俺だ、トンマだ――」


 



 ……は? 確かに、俺は俺へ電話をした……魂だけの入れ替わりだ、声はもちろん、俺のはずだが……だけど、あれ? 電話の先は、魂から全てが、俺っぽいけど……。


「俺も……トンマだ」

『俺だってトンマだけど……』


 トンマが、二人……?

 へ? これ、どういうことだ……?


『あ、モナン、これ影響を強く受けちゃってるね』


 と声が聞こえてくる……、隣にいるのはマココ、か?


『魔力のせいで、『頭の中に強く思い浮かべた人物になりきってしまう』って魔法にかかってるみたい……、大丈夫、電話の先の子はモナンだから。トンマの真似をしてるだけだよ』


「あ、そうなのか……心の中で、強く思い浮かべて――」


 すぐに電話を切り、スマホをベッドに叩きつける……。


 マココせんぱいに言われて自覚すると、意識がはっきりとしてきました……、あたし、せんぱいになりきってしまっていたようです……、それってつまり、頭の中で強く想っていた人物が、トンマせんぱいだったってわけで……、


「っっ!?」


 しかも、それがせんぱいに伝わってしまっています……、うう、こればれているのでは!?


「が、学校でどう顔を合わせればいいんですかあっっ!?」

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