『いもうとのイチ推し』KAC2022#4

 テレビ画面の向こう側で、きらきらと光っている人たちがいました。

 彼女たちは『アイドル』というらしいのです。きらきらと輝いているのはもちろん照明であったり、足下から噴き出した炎だったり、ステージ上の演出によるものではなく――、彼女たちは活き活きとして、ステージ上で歌って、踊っていたのです。


 違和感のない、細かいアイコンタクト、仲間のミスをカバーする連携プレイ……、実は不仲だった、なんて噂もありますが、年齢差もありますし、まったくないわけではないでしょう……。

 それでも舞台の上で、わたしたちを興奮冷めやらぬ世界へ連れていってくれる彼女たちのことは、尊敬しており、憧れでもあるのです……。


「――アイドルになりたいです!」

「ダメだ」


 お父様は許してくれませんでした。お兄様は『みどりが出る舞台はどこだろうと駆け付けて見てやる……ただなあ、他のやつらには見せたくないな……』と言っていたので、賛成という皮を被った反対でしょう。

 お母様はお父様の意見に賛成していますし……我が家にはわたしを擁護してくれる人がいませんでした。


 頼みの綱はお兄様だったのに……、いえ、アイドルっぽいことならさせてくれるでしょう。お金をふんだんに使い、舞台を貸し切りにして、わたしに歌って踊らせてくれる……、

 でもそれのどこがアイドルなのでしょう。

 少なくともわたしが憧れた、輝くアイドルではありません。一万人の前で、全員を盛り上げるあのパフォーマンスがしたいのです……!



 突然ですが、わたしには特殊な能力があります。


『自分の魂を他人の体へ入れる』ことができるのです。

 どんな仕組みかは知りませんけど……、曲がり角で同級生の女の子と頭をごちんと衝突してから、そんなことができるようになりました。

 最初こそ強い衝撃を受けた同士でしか効果はありませんでしたが、繰り返していく内に、わたしの意思で狙った人の中へ入ることができるようになりました。


 魂を受け止め、器となってくれたその人の記憶や知識を利用でき、わたしが器に入っていた間の記憶は、その器自身が体験した記憶として定着するようです。

 わたしが入っていた、という事実は相手には認識されないわけです……、都合が良いですが、まあ、それに越したことはないでしょう。

 わたしがいた記憶が相手に残っていても困りますからね。


 わたしは数人のアイドルに魂を飛ばしました……(ちなみにその間のわたしの体は勝手に動いているようです。わたしがするであろう行動、返答に沿って、活動してくれているようで……生活に違和感はないようです。……お兄様は不審な目でいましたが……)。

 

 器になってくれたアイドルたちは、それはそれは必死な努力を重ねていたようで、だからこそ大勢を魅了させるパフォーマンスができるのでしょう。

 中途半端な気持ちでアイドルになりたいと言ったわたしのことを、わたし自身、強く引っ叩いてやりたい気分でした。

 そんな甘さを見抜いてこその、『ダメだ』とお父様は言ったのでしょう……。


 わたしには無理です、できません……、ですが、借りものの知識と動き、器であれば、アイドルを疑似体験することはできます。

 だからわたしは、短い間でしたが、アイドルとして活動しました。


丑土岐うしどきみかん』ちゃん、『安彦あびこわかな』ちゃん、『みさきそら』ちゃん、『北川きたがわねおん』ちゃん――、


 今も売れっ子の、そうそうたるメンバーとして、アイドルとして、舞台に立ちました……。


 彼女たちが見ていた景色は、楽しくて、綺麗で、でも…………、苦しい世界でした。


 痛くて、怖くて……、上を、上を目指さなければ、いつだって足場はすぐにでも崩れてしまいます。その不安と戦いながら、自身を鼓舞し、学生の楽しみも捨てて、ファンの方に夢を与え続ける……、わたしには続けられません。

 ここは、好きと憧れでやっていける世界ではないのです。


 弱肉強食の世界。


 相手を蹴落としてでも上へいく、そういう気持ちが、必要なのですから。


 ―― ――


「――おい、みかど、珍しいよな、お前がアイドルにはまるなんてさ」


 と、部屋の中から聞こえてくる声に、わたしは思わず立ち止まってしまいます。お兄様の部屋の前、ちょうど通りがかっただけです……、お兄様のお友達が遊びにきていただなんて、知りませんでした……。

 

 昨夜は『飛垣ひがきあい』ちゃんの体に入って、ライブに出ていましたから……、実質、意識は寝ていないようなものです……ふわあ。

 もちろん体は寝ているのですけど、やはり精神の疲れは取れませんか……。


 それにしても、お兄様がアイドル、ですか……、お友達の言う通り、珍しいです。剣術や柔術、勝ち負けこそこだわりませんが、体を動かすことが好きなお兄様がアイドルにはまる、なんて……、テレビも見ませんのに。

 いえ、今はネットの動画が主流ですから、わたしが知らないところで見ていてもおかしくはありませんよね……、わたしよりも三つも年上なのですから。


 そろそろ大学生、ですか……。

 結局、同じ高校へは通えないんですよね……。


「はまることもあるだろう、お前やクラスメイトが話していれば嫌でも耳に入る」


「いや、数年前から話は入っていただろ、その上でお前ははまらなかったのに……なんで今になって、って話だ。だからこっちも驚いてんだよ。

 ストライクゾーンの女の子がいたのかと思えば……違うみたいだし。お前、推しの子に金と時間を使うくせに、推し変するのが早いよな……。見た目も内面も違うし、お前の好みが一切、分かんねえ……。今って、『飛垣あい』にはまってるんだっけ?」


「ああ。けど昨日で最後だな」


「マジで分かんねえって……、その後の生配信でも投げ銭してただろ……結構、金を落としたくせに、どうしてすぐに推し変するんだよ……」


「お世話になりましたって意味も込めてな」


 ……え、昨日の生配信、しつこいくらいに投げ銭してくれていたのって、お兄様だったの……? いや、飛垣あいちゃんに、であって、わたしじゃないと思うけど……。


「お前、これまではまったアイドルを言ってみろ、共通点を探してやる」


「勝手にしろ……、えっとまずは……――、

『丑土岐みかん』、『安彦わかな』、『岬空』、『北川ねおん』――だったかな」


 ……え?


「あ、分かった、全員、年下だからか」


「それもあるが……まあ、妹みたいなもの、だからかな――」

「お前、シスコンだもんな」

「そうやって枠にはめるな。妹への接し方は普通だろ」


 ……え、え……?


 お兄様、もしかして――。



 その子たちの中身が、わたしだって、気づいて…………、


「だからな、見てるところがお前らとは違うんだ。

 アイドルの見た目じゃない、俺はずっと、いもうとを見てんだよ」

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