第4話 こだわり抜かれたメニュー

 私が店員さんに案内されてテーブル席に着くと、オーダーを取られることもなく、担当店員さんが勝手に料理を運んできてくれました。


「こちら、当店唯一のメニューの『パスタ』でございます。どうぞ、お召し上がりください」


 パスタ専門店とは聞いていましたが、まさかメニューが一種類しかないとは思いもしませんでした。

 きっと、客に対しては注文の手間を取らせることもはばかられるという考え方なのでしょう。


 そして、その唯一のメニューに絶対の自信があるのでしょう。


 店員さんが、テーブルに置いた皿からクローシュを取り除いてくれました。

 湯気とともにパスタの香りと色彩が私の五感に襲いかかります。


 これはナポリタンでしょうか。

 赤色系統のパスタですが、私の見覚えのあるナポリタンとは少々異なります。

 だいだい色に染まった麺には、赤味の強い斑点がまだらに見て取れます。

 これは唐辛子でも練り込んでいるのでしょうか。


 私は隣で待機してくれている店員さんに質問しようと、そちらを見上げます。

 すると、店員さんは入店時と同様に深々と頭を下げてくれました。


 私は店員さんが頭を上げるのを待ちましたが、店員さんはなかなか頭を上げません。


 仕方なく視線をパスタに戻すと、店員さんが頭を上げました。

 ようやくかと思い、再び店員さんを見上げます。

 すると、店員さんは再び深々と頭を下げました。


 これではらちが明かないですし、店員さんにも手間を取らせてしまうので、質問はあきらめることにしました。


「ノドゴシ! 素晴らしいノドゴシ!」


 ふと感嘆の声が耳に入りました。

 聞こえたのは、右斜め前方のテーブルからでした。

 その席のお客さんは、大量のパスタを一気にすすって天井を仰ぎ、恍惚こうこつとした表情を浮かべています。


「まさか、噛まずに飲んでいるのですか……?」


「さようでございます。噛んでもよいのですが、噛まずに飲めば、当店のウリであるノドゴシを最大限に堪能たんのうしていただけるかと存じます」


 隣に立つ店員さんが教えてくれたので、そちらを向くとやはり店員さんは頭を深々と下げるのでした。


「ノドゴシ最高! このノドゴシが最高! 最高のノドゴシ!」


「ノドゴシ! ノドゴシ!」


「ノドゴシィイイイイッ!」


 左斜め前方のテーブルからも、向かい側のテーブルからも、後方のテーブルからも、一様にノドゴシを堪能し、愉悦ゆえつし、感嘆する声が聞こえてきます。


 ならば、私もそのノドゴシとやらを体験しなければ、大きな機会損失というものです。

 多少の恐れはありますが、人並みの勇気を惜しんではいけませんね。

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