第3話 風変わりすぎるコンセプト

 目的のお店は駅裏の細い路地を抜けた先にナリを潜めていました。

 知る人ぞ知る隠れ家のような安心感があり、その小洒落こじゃれたたずまいにはカップルに人気が出そうなきらめきをも感じます。


 ――チリンチリン。

 ――カランカラン。


 扉を開けると、涼しげな鈴のに遅れて、内面をぜつに叩かれる鐘のがしました。


 少し変わった入店音です。

 扉に付いているベルは一つしか見当たらないので、どのようなカラクリでその音色を実現したのか見当もつきません。

 入店一つ取っても、かなりのこだわりを感じます。

 自然と期待に胸がふくらみます。


「ようこそ、いらっしゃいませ」


 入口では店員さんが待ち構えていて、私を見つけると深々とお辞儀をしてくれました。

 背筋をピンと伸ばしたまま、腰の高さまで頭を下げてくれます。


 店員さんは純白のワンピースを着ていて、ウェーブのかかった長い黒髪の美しい女性です。

 髪は腰に届くほどの長髪です。


 不思議です。このお店には制服がないのでしょうか?


 それにウェーブした髪が腰の辺りまであるというのは、よほどの年数をかけて伸ばしたものとお見受けしますが、飲食店ではくくったりしないものなのでしょうか。


 そういう疑念をいだいた私でしたが、店員さんに案内されて店内を見た私は、自分をはずかしく思いました。


 なんと、その店員さんの格好は制服だったのです。


 しかも、各テーブル席に一人ずつの店員さんが付いていて、お客さんの隣に立ち、ずっと待機しているのです。

 いずれの店員さんも純白のワンピースを着ていて、全員が腰まであるウェーブの黒髪をそなえていました。


「店員さん。不躾ぶしつけな質問で恐縮なのですが、その髪はウィッグなどの着脱式の衣装ですか?」


地毛じげでございます。当店の店員は全員が地毛でございます」


 なるほど。

 これほどこだわり抜いたお店を見たのは初めてです。


 お店がこだわっているコンセプトは、もちろん店員さんだけではありません。


 店内は薄暗いのですが、等間隔に設置されたガス灯が暖色空間をいろどっています。

 冬ならば窓の外に雪が見られそうな風情ふぜいです。


 いやはや、私は感激してしまいました。


 ここまで徹底した雰囲気作り、他店が真似したくても簡単にできるものではないでしょう。


 今日、私はこのお店に来て良かったと、心の底から思います。

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