第2話 誠実なドタキャン

 鏡を覗き込んだ翌日のこと。


 今日は土曜日で休日です。


 私は二人の友人と三人で、一緒に昼食を食べに行く約束をしていました。


 友人といっても、二人とも会社の同僚です。

 三人は互いに他部署の人間で、最近になって息投合したばかりなので、お互いにまだ敬語で会話する程度の間柄です。


「すみません、お待たせしました」


 二人の友人は、待ち合わせ場所の駅前にひと足先に着いていました。

 約束の時間まではまだ五分ほどありますが、私が最後だったようです。


「いえいえ、とんでもない」


「我々もついさっき着いたばかりです」


「そうですか。それは良かったです」


 さわやかな二つの笑顔がこころよく私を迎え入れてくれました。

 べつに示し合わせたわけではないのですが、三人ともスーツ姿でした。


 黒髪に黒いスーツの三人組。

 これでは友人との食事会というより、会社の懇親会こんしんかいではないですか。


「ふふっ」


 私が思わず笑ったタイミングで、七三分けの友人とポニーテールの友人も同時に吹き出しました。


「我々は似た者同士ですね」


 私はどちらにというわけでもなく、そのように言葉を投げかけました。

 当然ながら「そうですね」という同意が返ってくると思っていました。


 しかし――。


「えっと……」


 二人の友人が同時に言葉を詰まらせ、互いに顔を見合わせ、それから私の顔をまじまじと見つめます。


「どうか、されました?」


 二人の友人が目をパチパチとしばたたかせ、再度、私の顔をじっと見つめます。

 どうしたことかと様子をうかがっていると、七三分けの友人がおもむろに右手を額に添えてうつむきました。


「あの……申し訳ありません。今日はちょっと気分が優れないようです。疲れているのかもしれません。なんだか目がかすむというか、なんというか。すみません、うまく説明できなくて」


「いえいえ、ご無理はなさらずに」


「失礼させていただきます」


 七三分けの友人は我々二人に丁寧にお辞儀をすると、足早に駅の中へと姿を消してしまいました。


 彼は大丈夫でしょうか。少し心配です。


「あの、すみません。私も調子が悪いようでして」


 ポニーテールの友人も額に右手を添えてうつむいています。

 そっと彼女の様子をうかがうと、彼女は右手の下で顔をしかめていました。

 その険しい表情はただ事ではない様子です。


「あ、いえ、とんでもないです。大丈夫ですか? だいぶ気分が優れないようですが」


「ええ、大丈夫だと、思います……おそらく」


 彼女はうつむいたまま、スーッと息をすって、フゥーと吐き出すことを二回ほど繰り返しました。


「今日は解散するとして、家までお送りしましょうか? かなり体調が悪そうですし」


「いえ! 大丈夫です。タクシーを捕まえますので」


 ポニーテールの友人は顔を上げると、無理やり作り出した笑顔で私にお辞儀をして、足早に駅沿いの道を去っていきました。


 彼女は大丈夫でしょうか? 何事もなければ良いのですが。


「…………」


 一人になってしまいました。


 仕方ありません。予約していたわけではありませんが、予定していたお店には一人で行くことにしましょう。

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