16. 高騰する落書き

 それから数か月、芽依は協力者と罠の準備、和真たちはレヴィアのところで研修に精を出し、ついに出撃の日を迎えた。

 本当はもう少し準備を詰めたかったが、ここのところテロリストたちによるハッキングが激しくなり、近々また大きな攻撃が予想されている。一刻も早いテロリストの発見のため、見切り発車的に出撃となったのだ。


「はーい! 行くわよ!」

 芽依の掛け声で一行はメタバースへとダイブしていく。

 見えてきたのは一面火の世界だった。

「うわぁ! 何これ?」

 驚く和真に芽依は嬉しそうに説明する。

「ここはメタバース最大のワールド、『フレイム』よ。今一番勢いがあるんだから」

 目の前に立ち上っているのは真紅に光り輝く巨大なキノコ雲。熱気で揺らぐ陽炎かげろうの向こうに揺らめくモコモコとした灼熱の造形に、和真は先日の核攻撃を思い出し、思わずブルっと体が震えた。


「はい! ボーっとしてないで行くわよ」

 芽依はそう言うとミィを抱きかかえ、ツーっとキノコ雲へと飛んでいった。

「あぁ、待ってよぉ!」


      ◇


 キノコ雲に触ると入口が開き、通路を行くと中は超巨大スタジアムのようになっていた。


「うわぁ、広いなぁ……」

 フロアにはフリーマーケットのように多くの人が多彩なデジタルアイテムを出品し、大勢の人でごった返していた。奥のステージではライブが行われており、派手なパフォーマンスが披露され、それを何万人もの人が一緒に踊りながら楽しんでいる。

 また、ショッピングモールの吹き抜けのように、周囲にはショップが所狭しと並んだフロアが囲んでおり、ずっと上の方まで連なっていた。

 よく見ると、中央に出ている企業ブースみたいなところに巨大な芽依の犬の絵が回っている。

「え? あれ、芽依の落書きだ!」

「落書きじゃないって言ってるでしょ!」

 芽依は頬を膨らませて和真をにらむ。

「ご、ごめん、あそこ借りたの?」

「そうよ? 三千万円もしたんだから」

 そう言いながら芽依はツーっとブースへ向かって飛んでいく。

「さ、三千万円……」

 和真はミィを見つめる。

「大丈夫、元は取れるにゃ」

 ミィも気軽にそう言うと芽依を追いかけた。

「いやぁ……、何なんだこの世界は!?」

 和真は髪をくしゃくしゃっと搔きむしると、二人の後を追った。


       ◇


 ブースには犬の絵が陳列され、色とりどりの格好をしたアバターたちが所狭しと絵を眺め、好き勝手に値踏みをしていた。

 また、売上が上がるたびに花火がポンポンと上がり、歓声が続く。まさに熱狂のるつぼだった。

 芽依がやってくると、見つけたファンがどっと芽依を取り囲む。

「僕、三枚も買っちゃいましたよ!」「私なんて五枚だわ!」

「新作はいつになりますか?」

 芽依はもみくちゃにされながら、

「これからステージで発表するから待っててね」

 そう言って、何とか逃げ出してくる。

 

「あれは……仲間のサクラ?」

 怪訝そうな顔で和真が聞くと、

「ただのファンよ。大人気なの分かる?」

 と、芽依はドヤ顔で答えた。

「ふはぁ、おみそれしました」

「じゃ、ステージ行ってくるから」

 芽依はそう言い残してステージの裏手へと飛んでいった。


       ◇


「レディース! エンド、ジェントルメン! これより新製品発表会を行います。トップバッターはピクセルアートの新星『May』!」

 司会者に案内されて芽依がステージに現れる。

「はーい! 皆さん! うちの可愛い犬ちゃん、楽しんでくれてるかな?」

 と、会場に向かって手を振ると、うぉぉぉぉ! と、地響きのような歓声が巻き起こった。

「え? これ、どういうこと?」

 和真はミィに聞く。

「一枚四万円で一万枚を売りに出して、すでに完売してるにゃ」

「は!? なんで?」

「仲間たちが八千枚買ったんだけど、二千枚は一般人にゃ」

「……。それ、マズくないの?」

「どこもやってることにゃ」

 ミィは肩をすくめる。

「じゃ、盛り上がってる人たちはその一般人ってこと?」

「そうにゃ。絵はすでに二十万円でやり取りされているので、買った人はすでに大儲けにゃ」

「え……」

 和真は耳を疑った。犬の落書きが四万円で売られているというのもクレイジーだと思っていたのに、そんなのを二千人も買って、なおかつ高騰してるという。

「これがNFTの世界にゃ」

 ミィはあきれたように首を振った。

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