15. 5ミリオンダラー

 翌日の夕方、勉強机で和真とミィが情報理論の教科書相手に格闘していると、バーン! とドアが開いた。


「なになに? 呼んだ?」

 上機嫌に叫ぶ芽依。


「あ、いらっしゃ……」

「キャ――――! ネコ! ネコじゃないのよぉ!」

 芽依はダッシュしてミィを抱き上げ、

「あれ……、ぬいぐるみ……なの?」

 と首をかしげた。

「今はぬいぐるみにゃ」

 ミィはそう言うとピョンと飛び跳ねて逃げた。

「ど、どういう……ことなの?」

 唖然とする芽依に和真は言った。

「ミィはね、ぬいぐるみだけど、俺の先生なんだ」

「はぁ?」

 怪訝そうな顔をする芽依。

「でね、頼みたいことがあるんだ。お金ならいくらでも払うから協力してくれない?」

 そう言って和真は、昨日の出来事を丁寧に説明した。


 芽依は信じられないという表情ではあったが、目の前でぬいぐるみが生き生きと動いている以上、納得せざるを得なかった。

「で、何? マネーロンダリングを持ち掛けてくるハッカーをあぶり出せってこと?」

「そ、そうなんだよ。頼むよ。パパの仇、取らないと俺は次に進めない……」

 和真は深々と頭を下げ、返事を待った。

 芽依はいぶかしげにミィを見つめる。

「僕からも頼むにゃ」

 ミィは小首をかしげ、おねだりする。

 芽依はミィを抱きかかえると、

「もぅ、しょうがないわねぇ……。可愛いは正義だわ」

 と頬ずりをした。


       ◇


「要は派手に隙のある盛り上がりを見せればいいのよね?」

「よくわからないけど、ハッカーたちに注目されないと意味がないからね」

「軍資金としてまずは……、一億円ね」

 そう言って芽依は手を差し出した。

「い、一億!?」

「何言ってんの! 地球を守るんでしょ? 一億でガタガタ言わないの!」

「ま、まぁそうだけど……。何に使うの?」

 おずおずとチタンカードを差し出す和真。

「仮想通貨買って、協力者たちにバラまくのよ」

 芽依はカードをひったくると、ベッドに飛び乗り、スマホでカードを撮影して購入ボタンをタップした。

「あれ……? 5ミリオンダラーだって……、いくら?」

 和真の方を振り向く芽依。

「六億円……」

 和真は額に手を当てて思わず宙を仰ぐ。

「ま、まぁ、地球を救うんだから安いもんよ、はははは……」

 和真は芽依からカードをひったくると、

「これから決済は僕がやる! いいね?」

 と、芽依をにらんだ。

「わ、分かったわよ……」

 芽依は口をとがらせる。

 そして、電子財布ウォレットの残高を表示させ、

「うひゃぁ、こんな桁数見たことない!」

 と、うっとりとその高額な表示に見入った。

「頼むからちゃんとやってよ」

 渋い顔で芽依を見る和真。

 すると、ミィがピョンとベッドに飛び乗り、クリっとした目で聞く。

「で、どういう作戦かにゃ?」

 芽依はミィを抱きかかえると、

「私のコレクションを大々的に宣伝してみんなに爆買いしてもらうのよ」

「え? あの落書きを?」

「落書きとは失礼ね! 和ちゃんにはアートというものが分からないのね」

 するとミィは和真を見て説明する。

「買う人は絵がいいから買ってるわけじゃないにゃ。将来値上がりしそうなら先を争って買うんだにゃ。絵はおさつの模様みたいなものにゃ」

「うーん、みんなに爆買いさせると他の人もつられて買っちゃうって言うこと?」

「にゃんこ先生、さすがだわ! でも、私の絵はいい物よ?」

 芽依はジト目でミィを見て、ギュッと抱きかかえると、思い切りぶんぶんと頬ずりしてモフモフを満喫する。

「うひゃ! くすぐったいにゃ! きゃはぁ!」

 ミィの笑い声が響いた。


        ◇


 それから一か月、和真とミィは三田のオフィスに毎日通って勉強を続けていた。

 簡単なコードを書いては実験をし、ペットボトルの水を純金にすることくらいまではできるようになっていた。

「ミィ、だいぶ上達したと思わない?」

 和真は重くなった純金のペットボトルを手に取って、悦に入る。

「単にAPI叩いただけで上達とは言わないにゃ。ふぁ~ぁ」

 ミィは伸びをしながらあくびをする。

「なんだよ~、ほめて伸ばしてよ」

 和真は口をとがらせた。

 その時だった、東京タワーの方で何かがはじけ、激しい閃光がオフィスを覆い、何も見えなくなった。

「うわぁぁぁ!」

 和真は思わず床に倒れ込んだ。

 街路樹は一瞬にして燃え上がり、道を歩く人は血液が沸騰して次々と爆発していく。

 直後、激しい衝撃がマンションを襲う。見ると周りのビルは粉々に砕け、激しい衝撃波に吹き飛んでいく。

 もう駄目だと和真が覚悟を決めた時、激しく揺れ動いていたマンションがピタッと止まり、轟音が鳴りやみ、静寂がオフィスを包んだ。

「え……?」

 タンタンタンと階段を下りてくる足音の方を恐る恐る見上げると、レヴィアが渋い顔をしながらやってくる。

「レヴィア様……。こ、これは?」

「テロリストの核攻撃じゃ。奴らはこうやって示威行為をやってくるんじゃ」

「も、元に戻せるんですよね?」

 和真は真っ青になって聞く。数百万人規模で死者が出ているはずである。戻せなかったら大変なことだ。

「たいていは直せるが……、奴らもバカじゃない。アカシックレコードの破壊までやられていたら完全には難しいんじゃ」

 そう言いながらレヴィアはテーブルに座って画面を開き、被害状況を確認していった。

「なんで奴らはこんなことを?」

「ワシらの管理が気に食わんのじゃ。自分たちの世界を持ちたいってことじゃな。そんなの認めたら大変なことになる」

 レヴィアは肩をすくめた。

 和真は改めて今の地球が危機的状況にあることを思い知らされ、心臓がキュッとなった。

 幸い東京は無事復元されたが、いつまでも復元できる保証などない。テロリストの捕縛はまさに急務だった。

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