17. 十桁の残高

 ステージが終わり、控室に集合した一行。

「なんだかうまくいってるみたいじゃない?」

 場違いな雰囲気にキョロキョロしながら和真は芽依に言った。

「5ミリオンダラーぶっこんだからね」

 芽依はチューっとストローでジュースを飲みつつ、流れてくるメッセージを斜め読みしながら答える。

「ハッカー、来るかなぁ?」

「さてね? 魚釣りみたいなもんでしょ? 気長に待ち……」

 と、その時、芽依の眉がぴくっと動いた。

「どした?」

「ミィ、ちょっとこれ調べて」

 芽依はメッセージの一つをミィへと転送した。

「どれどれにゃ」

 ミィは目をつぶり、ターミナルを脳裏に開くとメッセージの出所をハックしていく。

「うちのプロジェクトを十億円で買いたいって」

 芽依はニヤッとしながら和真に近づくと、耳元でささやいた。

「え? それって……」

「超怪しいでしょ?」

 芽依は嬉しそうに笑った。


     ◇


 一行がメッセージに指定されたところで待っていると、ひょっとこのお面をかぶった長身の男が現れ、

「初めまして、『May』様」

 と、うやうやしく胸に手を当てて頭を下げた。

「初めまして。で、うちを買いたいって言うのはあなた?」

 芽依はにこやかに返す。

 すると男は口に人差し指を立て、

「そのお話はこちらで……」

 そう言いながら近くの壁の中にすっと入っていった。

「えっ!? 壁が……」

 和真は驚いたが、芽依とミィは静かに男の後を追って壁の中へと消えていった。

「もぅ、なんなんだよ……」

 和真は眉をひそめながら二人を追った。


     ◇


 中は豪奢なインテリアの応接室になっており、一行はテーブルの席に着いた。

 男はニヤッと笑うと言った。

「壁に耳あり、障子に目あり……、大切な話はこちらでやりましょう」

「十億って本当ですか?」

 芽依は単刀直入に切り出す。

「そう、我々は手ごろなプロジェクトを探しているんです。いかがですか?」

「うちは1万枚を完売したんですよ? 十億は安くないですか?」

 芽依はドヤ顔で吹っ掛ける。

「ふふふ、大半はお仲間が買ってますよね? そのくらいはリサーチ済みです」

 男は嬉しそうに言う。

 和真とミィをチラッと見た芽依は、ふぅっと大きく息をつき、

「いいでしょう。プロジェクトの電子財布ウォレットはこちら。十億を転送してくれたらすぐに渡しますよ」

 と、空中に財布のイメージをクルクルと回した。

Doneダン!」

 男はそう言うと右手を差し出し、芽依は握手をした。


     ◇


 和真の部屋に戻ってきた一行。

 和真は恐る恐る芽依に聞いた。

「犬の絵のプロジェクト……、そんなにあっさり売っちゃってよかったの?」

「あぁ、あんな落書きどうでもいいのよ」

 芽依はそう言って電子財布ウォレットに残高を表示させる。

「ら、落書きって……」

 和真は渋い顔をする。

「うっひょー、十桁! 和ちゃん十桁の残高なんて見たことある!?」

「あっ! それ、全部芽依のじゃないからな!」

 和真はくぎを刺す。

「分かってるって。でも、差額の四億はもらってもいいでしょ?」

 ウッキウキの芽依は瞳をキラキラと輝かせる。

「えっ!? そ、それは……」

 思わずミィを見る和真。

「テロリスト退治が全部終わったらいいんじゃないかにゃ」

 ミィは淡々と芽依に言う。

「は――――い……。早く片付けてね!」

 芽依は渋い顔をした。


     ◇


 和真とミィは黒い画面をパコパコと空中に開き、さっそくひょっとこ男の追跡に入る。

 テロリストたちがこのプロジェクトを使ってマネーロンダリングをするなら、不審な金の出入りがあるはずで、その行く先をたどっていけばどこかで現金に換金される。その瞬間を狙えばテロリストを捕まえられるのだ。


 二人は淡々とツールを動かして仮想通貨の流れを追い続ける。仮想通貨はやり取りが全てブロックチェーン上に公開されている。つまり、どの財布からどの財布にいくら仮想通貨が渡ったかが全て丸見えなのだ。しかし、だからこそマネーロンダリングは巧妙化している。

 和真は資金が仮想通貨取引所に入り、かなり激しくトレードされているのを見つけた。

「ねぇ、ミィ。これ、怪しくない?」

「どれ、見せるにゃ」

 ミィはその取引が行われた前後の取引内容を全部ダウンロードして相関を取ってみる。すると、怪しいアカウントが浮かび上がってくる。テロリストが買う直前に必ず買い、売る前に必ず売るアカウントがあったのだ。

 つまり、間接的に利益を供与している、まさにロンダリングだった。

「ヨシッ! いけるぞ!」

「見つけたにゃ!」

 和真はミィとハイタッチをして盛り上がる。

 このアカウントを追えばボスにたどり着けるかもしれない。和真はパパの仇に一歩近づいた興奮で全身の毛穴がブワッと広がるのを感じていた。

 芽依はベッドの上でポテチをかじりながら、そんな二人をジト目でながめ、

「四億円まだぁ?」

 と、つまらなそうに声を上げた。


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