香子は生徒会長

山本正純

香子は生徒会長

 どうしたらいいのだろうかと、少年は教室の自分の席に座り、ため息を吐き出した。

 周囲を見渡すと、自分と同じ真新しいブレザー姿の同級生たちの声が聞こえてくる。

「部活、何やるか決まったか? 俺はやっぱり、サッカー部だな!」

「そうなんだ。私は写真部にするつもり。だって、さっきの部活動説明会で話を聞いたら、面白そうだって思ったからねぇ」

 そんなクラスメイトたちの会話を聞いていた少年、油井勝久は彼らの顔をジッと見てから、目を伏せた。

 もう放課後というのにクラスメイトたちは、教室の中で楽しそうに部活動のことを話している。

 

 高校入学から二日が経過したにも関わらず、自分には目標がない。


 入りたい部活も分からず、周囲から聞こえてくる明るい同級生たちの会話は、彼を苦しめていく。

 表情は次第に暗くなっていき、油井はため息を吐きながら、学習カバンを手にして、教室を飛び出した。


「このままだと、ダメだってことは分かってるんだけど……」

 ボソっと呟き、数人の生徒たちが昇降口へ向かっている校舎の廊下を歩く。すると、そんな少年を後ろから少女が追い越した。

 不意に見えたその横顔は、少年の頬を赤く染めていく。

 腰よりもやや上にまで伸ばされた後ろ髪は、紺色のヘアゴムで一つに結ばれていて、学校指定のブレザーの上から、紫色の布のような何かがかけられている。

 こんなかわいらしい生徒が、この高校にいたのかと、油井は息を飲み込んだ。


 その直後、少女が油井と顔を合わせるように体を向け、優しく語りかける。

「何か困ってるみたいだね。油井勝久くん」

「えっ?」と少年は目を見開いた。そんな少年の前で、少女は首を捻る。

「あれ? もしかして、読み方間違えちゃったのかな? アブライカツヒサくんだよね?」

「はい。そうだ……」と頷きながら返そうとした油井の目に、少女のネクタイが飛び込んできた。

 油井勝久が締めている赤色のモノではなく、少女のモノは緑色。

 まさかと思い、油井勝久は頭を掻いた。

「失礼。読み方は間違ってないですよ。ただ、知らない先輩がいきなりフルネームで呼んだから驚いただけです」

「確かにビックリするよね。何か悩み事がありそうだったから、声をかけてみました。生徒会長の式部香子です!」


「生徒会長?」と呟く油井が「あっ」と声を漏らす。

「思い出しました。確か、入学式で生徒代表挨拶をした人ですね!」

「そうそう」と香子が笑顔で頷く。だが、油井は腑に落ちないような表情を見せた。

「でも、分かりません。どうして、式部先輩が私のことをフルネームで呼んだのでしょう

か?」

 そんな後輩の疑問を耳にした香子が胸を張る。

「突然ですが、生徒会長になったら言ってみたいことランキング、第一位の発表です! 生徒会長たるもの、全生徒の顔と名前を一致させなければなりませんわ!」

「えっと、そのセリフ、何かのアニメで聞いたような……」と呟く少年の口から、笑い声が漏れた。同時に、暗かった顔が次第に明るくなってくる。

 そんな後輩の顔を見て、香子はホッとした。


「よかった。笑顔になって。さて、ホントのことを話さないとね。油井くん……いや、正確に言うと、今年の新入生の顔を十分以内で全員覚えました!」

「ぜっ、全員ですか?」と驚く後輩と顔を合わせた香子が頬を緩める。

「ふふふ。私は完全記憶能力者なのですよ。一度見たことはなんでも覚えちゃう。だから、新入生に向けた挨拶の練習時間中に、先生に新入生の顔写真付きの名簿を見せてもらって、新入生全員の顔と名前を一致させました!」

「ホッ、本当ですか!」

 目を見開く後輩に対して、香子は微笑みながら尋ねた。


「では、話を戻そう。油井くん。何か困ってるのなら、生徒会長として相談に乗ってあげようではないか!」

「はい。実は、何の部活動に入ればいいのか分からないんです」

 自然と胸に抱えていた悩みを漏らした後輩と顔を合わせた香子が頷く。

「なるほど。じゃあ、好きなことや得意なことは?」

「いや、ないですね。勉強や運動も普通にできて、特に好きなことも……」

「そういえば、さっき、何かのアニメで聞いたような……って言ってなかったっけ? もしかして、アニメとか好きだったりして!」

 下唇に右手の人差し指を当てながら、首を傾げる生徒会長を見て、油井は首を横に振った。

「そんなに好きってわけではありません」

「だったら、学園アニメ同好会を紹介したんだけどね」


「学園アニメ同好会?」

「毎週金曜に視聴覚室で学園アニメを見て、あれこれ感想を言い合うの。同好会は部活動紹介の尺が短いから、聞き逃したのかもね」

 一瞬、面白そうと思った油井は、ハッとした。同時にイヤな予感が頭に浮かび、少年は目を点にする。

「でも、その同好会って……」

「そうだね。オタクの巣窟だね。一見すると楽そうだけど、あの同好会は人を選びそう」

「だったら、紹介しないでくださいよ!」


「……じゃあ、いっそのこと、生徒会に入ってみたら?」

 唐突に先輩の口から飛び出した一言に、油井は目を丸くする。

「生徒会?」

「そう、生徒会。生徒会に入れば、内申点もいっぱい貰えて、就職進学が有利になるし、青春も謳歌できる! 帰宅部として放課後を自宅でダラダラ過ごすくらいなら、生徒会に入って、全校生徒のために頑張る毎日の方が楽しいはずです!」


「生徒会……」

 ボソっと呟いた油井は目の前にいる生徒会長の顔を見た。

 生徒会に入れば、放課後、式部香子と一緒にいられる。

 胸がドキドキとしてきた油井は、頬を赤くして、決意を固めた。

「分かりました。生徒会に入ります!」


 その一言を待っていたかのように、式部香子は頬を緩めた。

「これで、一年生の新メンバー確保です!」

「えっと、先輩。もしかして、生徒会のメンバーを増やすために誘導しました?」

 目を点にする後輩と顔を合わせた香子がクスっと笑う。


「突然ですが、生徒会長になったら言ってみたいことランキング、第十位の発表です! 何か悩んでいる生徒を見かけたら、一緒に悩めばいいじゃない。生徒会長だもの」


「どこかの詩人みたいなこと言って、ごまかさないでください!」


「あっ、明日だけど、一年生の教室を回って、生徒会の勧誘するから、サポートよろしくね。一年一組の油井勝久くん♪」


「はい」と短く答えた油井はため息を吐き出した。


 この瞬間、完全記憶能力を持つ生徒会長に振り回される、油井勝久、高校一年生の日常が始まった。

 

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香子は生徒会長 山本正純 @nazuna39

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