第70話 依頼

 ヘラルドン国王の私室で、カラカス宰相と二人杯を交わす。

 壁際に控える護衛達は丸腰だ、武器の類いや鎧を脱がせている。

 護衛達は不審気だが、何か異変が起きても声を掛けるまでは動くなと厳重に命じられている。


 「来ますかね」


 「来ると思うな、身分証を取り返せば当分の間犯行を隠せる。それすらせずに、自分の犯行だと堂々と告げている。逃げる気が無いならやって来るさ」


 グラスに手を伸ばした時、テーブルの上に金色の毛並みをもつ猫が表れた。

 壁際に控える護衛達がざわめくが、動くなとの命令に従い猫を凝視しているだけだった。

 以前見た時より少し大きい感じがしたが、比較するものがないので良く判らない。


 然し金色に輝き刺す様な瞳のゴールデンキャット、猫の目ではない意志を持つ者の目だ。

 じっと国王を睨みカラカス宰相に目を移す、壁際に控える護衛達を見て鼻で笑った様だった。

 椅子の背に跳び乗り、国王を見てゆっくりと尻尾を振る猫の背後にエディの姿が現れた。


 「来てくれたか。今回の不手際を謝罪する」


 そう言ってヘラルドン国王が頭を下げ、カラカス宰相も其れにならう。


 「理由が判っているのか」


 「アイリに対する求婚の件で、父親のヘイラム・ホルド伯爵に、息子をアイリに近づけるなと命じていた」


 「王都に住まう貴族達は、王家の命など大して気にしていない様だが」


 「其れについては面目ない。明日王都に滞在する全ての貴族に、登城する様に命じている。その場で王家の命に背いたホルド伯爵を爵位剥奪、領地と財産の全てを没収した事を告知すると共に、以後王家の命を軽んじる者には厳罰をもって報いると通達する」


 「王家の威光って鼻で笑われる程度ですよ。カラカス宰相に貰った身分証は、貴族の護衛に鼻で笑われて抜き打たれましたし。貴族本人は手に取りじっくり確認してから、俺への攻撃を命じましたからね。今日来たのはアイリの契約が切れたら、続行するも打ち切るのもアイリに任せますが、王国も貴族連中も一切口を挟むなと忠告に来たのだ。もう一つアイリの家に何度も押し掛けてきているのに、メイドや護衛達は何をしていた」


 「それに付いては調査中だが、安全対策を見直す様に指示している」


 「良いだろう。次はないぞ」


 その一言を残してエディとクロウの姿が消えた。


 「ふぅ、何とも凄い迫力だ」


 「猫も人も此れ程恐い相手だとはな、あの猫の瞳を見た時に意志を持つ者の目だと思ったよ」


 「はい、猫が現れてからエディが現れる迄の間、無言の圧力を感じていました。それとは別にエディの言葉を覚えてますか『王家の威光って鼻で笑われる程度』だと」


 「判っている。ホルド伯爵の護衛達で身分証を見て斬りかかった者達と伯爵に命じられてエディを襲った者達を厳罰に処せ」


 * * * * * * *


 王城に集められた貴族達は、ヘイラム・ホルド伯爵の処分を聞かされざわついた。

 カラカス宰相の指示に従わなかっただけで、爵位剥奪に領地と財産の没収だ。

 皆処分が重すぎると感じていた。

 其れに続いて王家の紋章入り身分証を見せられて、持ち主に斬りかかった者達や、主が其れを確認して殺せと命じられて従った、騎士達の処刑も告げられ王家の怒りを悟り静かになった。


 それだけを告げられて解散となったが、皆雑談すらせずに硬い表情のまま大広間から退出していった。

 カラカス宰相の指示に従わなかったヘイラム・ホルド伯爵が、二重に王家を蔑ろにしたことで、二度と王家を侮る者を許す気が無い事を実感していた。


 * * * * * * *


 アイリの胸に飛び込み、ゴロゴロご満悦のクロウを見ながら溜め息しか出ない。

 アイリには二度とヨルム・ホルドが求婚に来る事が無い様に、カラカス宰相から厳重な処分が下された事。

 又他の貴族達から迷惑を受けたら、宰相に相談すれば迅速に対応してもらえる様に話がついたとだけ伝えた。


 * * * * * * *


 「二人が王家から、監視の為に差し向けられているのは知っている。監視対象の安全は、無視しても許されるのか」


 「私達では貴族に対応出来ません。ですので護衛の詰め所に連絡しようとしましたが、毎回伯爵様の護衛騎士達に阻まれます。後ほど報告はしていますが・・・」


 《それ以上責めるな、彼女達では対処は無理だろう》


 《良く聞こえるな》


 《静かな家だ、居間と食堂程度なら楽勝で聞こえるぞ》


 《流石にゃんこです事》


 《まっ、王家も少しは考えを改めるだろう》


 * * * * * * *


 翌日、アイリはカラカス宰相に呼び出されて、帰ってくると黙って身分証を差し出した。


 「これね、大して役に立たないから要らないんだけど」


 「ヨルム様の事で対処が遅れた事の謝罪を受けたわ。それと貴族相手でも対処出来る護衛を配置するって。その身分証も今後無視される事はないだろうが、万が一通用しない様なら教えて欲しいそうよ。あんた何やったの?」


 「宰相閣下と直談判。アイリの安全が保証されないのなら契約の更新はない、一年後の契約更新もアイリの気持ち次第だと伝えた。アイリの能力を手放すのは王家に取って大損失だから、慌てただろうな」


 「あんたねぇ」


 「気づいてないだろう。アイリが契約を打ち切れば、貴族や豪商達が挙って召し抱えようと動き出す。それは他国も同じだ、地位も名誉も思いのままだ」


 「んー・・・それはいいかな。変なところに仕えれば今の自由は無いし、自分が孤児院育ちで馬鹿にされている事も知ってるから。エルドバー子爵様やヨルム様の様な相手だと其れこそ」


 そう言ってアイリは肩を竦めた。


 * * * * * * *


 アイリの住まう街の護衛や警備隊責任者が、カラカス宰相に呼び出されハイド伯爵やヨルム・ハイドの対応を聞かれた。

 貴族相手に揉めると、自身の身の安全や出世に響くので報告を怠った事を認めて解任された。

 新たに任命された街の警備責任者や護衛達には、貴族に対する取り締まりの権限を強化した。

 王家の権威を笠に着ての横暴は困るが、定めを蔑ろにされ今回の様な事が再び起きては堪らない。

 アイリの住まう街の警備強化と共に、最低限起きた事の報告だけは迅速に上層部に上がるように改革した。


 * * * * * * *


 今年のアポフの収穫もあるのでフルンに帰る事にしたが、アイリから待ったが掛かった。

 私も一度帰りたい、余り良い思い出の無い場所だけど、生まれ育った場所だからと。

 仕事はどうするのか聞いたら、暇だし1~2ヶ月位だから宰相様にお願いしてみる。

 だから2~3日待てと煩い。


 翌日アイリは宰相閣下に面会を求めて、エディがフルンに帰るのだが自分も帰りたい。

 1~2ヶ月だけで良いのでお許し下さいと頭を下げた。

 暫し考えた宰相がアイリを待たせて部屋を出て行き、帰って来た時陛下のお許しが出たことを告げた。

 期間は二ヶ月護衛を6名を付けるがメイドは家の二人を連れて行くようにと指示された。

 それに馬車は王家の物を貸すので其れを使用するようにとの事で、アイリは大喜びで礼をいい飛んで帰ってエディに其れを伝えた。


 出発は3日後と聞き一瞬考える。


 《どうよ》


 《俺達だけなら護衛は要らないが、道中野獣相手にアイリの護衛6人と女三人だ。冒険者を雇った方が良いな》


 《だな、女三人だけでも俺一人で守るのは無理だ》


 《アイリの護衛は任せておけ、常に胸に抱かれて守ってみせる》


 《はいはい。冒険者ギルドに行くぞ》


 久々の王都冒険者ギルドだが、受付に行きフルンまでの護衛を頼みたいと告げる。不思議な顔をされたので、王家治癒魔法師がフルンまで行く馬車の護衛だ、シルバーランク以上を10名頼むと言うと驚いている。


 「あのー、王家治癒魔法師様の護衛ですか」


 「違う、馬車の護衛だ。治癒魔法師の護衛は別に6人居るので必要無い。馬に乗れる者が10名だ」


 「あのー其れだと冒険者の賃金と馬の借り賃に宿代含めて、最低一人一日銀貨7枚は必要になりますが」


 「良いだろう、三日後に出発だが希望者と明日面談したい、素性の良い奴を集めておいてくれ」


 「王都とフルンの間ですと乗合馬車で約18日、余裕をみて20日の計算です。シルバーランク以上の指名ですと、一人銀貨3枚×20日で金貨6枚の10人分金貨60枚になります。其れに馬の賃料が1頭1日銀貨3枚に馬を預けてのホテル代込みで銀貨4枚ですので、10人×20日分金貨80枚、合計金貨140枚を保証金としてお預け下さい」


 カウンターに革袋二つと冒険者カードを渡して、残りを其れにいれておいてくれと告げる。

 俺の顔は知っているのだが、高々ブロンズの冒険者だ。

 冷やかしでは無いだろうが、話が大きいので半信半疑で説明していたが、いきなり革袋をドンと置かれて仰天しいてる。


 「確認してくれ」


 言われて我に返り、急いで革袋から金貨を取り出し数え始める。

 俺の顔を知っている者も多い、久し振りに顔を出したら依頼を始めたのだから注目の的だ。

 彼方此方から声が聞こえてきたが、好奇心の塊だ。


 〈帰ってたんだ〉

 〈あれだろ、薬草集めしかしないって奴〉

 〈あーお前は初めて見るのか、絡むなよ〉

 〈久し振りに顔を見たけど、依頼カウンターで何を依頼してるんだ〉

 〈オイオイ凄え話をしているぞ〉

 〈冒険者が、あんな美味しい話を持ってくるか〉

 〈ばーか冗談に決まってるだろ〉

 〈お前は冗談で依頼カウンターの前に立てるのかよ〉


 俺が金貨の袋を出すと、興味混じりに話していた奴らが静かになった。

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