第69話 役立たず
執事にホルド伯爵の元に案内しろと命令すると、躊躇っているのでボンボンのロープを少し締めてみる。
慌てて伯爵様に連絡しますので、暫くお待ち下さいと懇願されたので待つ事にする。
執事は脱兎の如くって言葉の見本の様に走り去った。
俺の肩の上でクロウが《俺より早いんじゃね》などと呟いている。
いやいや、お前が化け猫モードになれば負けないぞ、などとは口には出さない。
クロウの尻尾が俺の後頭部を叩く、やっぱり俺の考えを読んでいるのかな。
《良からぬ事を考えているだろう》
其れって野生の勘? 其れとも猫の勘かな。
《其れより油断するなよ》
《ああ、極めて濃厚な殺気って感じだな》
戻って来た執事に案内されて、護衛が壁際にずらりと並ぶ部屋でホルド伯爵とご対面。
《今年は護衛の大豊作かな》
「お前か、息子に無礼を働き、儂に面会を強要した奴は」
「はい、そうですよ。治癒魔法師のアイリさんに結婚を強要する、貴族の屑息子を窘めて欲しくて参上しました」
「話は聞こう。だがその前に息子を離してもらえるかな」
「判りました。しかしその前に此れを見て下さい」
伯爵に、王家の紋章入り身分証を見せる。
「そっ・・・それは、本物なのかね」
「王都の貴族の館で、偽物を出す程間抜けに見えますか」
「済まないが確認したい」
黙って身分証を渡すと、じっくりと表裏を確認しニンマリ笑う。
「お前がエディか、中々の使い手の様だな。此処は貴族の屋敷内だぞ、日々訓練をし、鍛えた騎士達を相手に勝てるのかな。碌に訓練も受けていない、冒険者等とは腕が違うんだ。息子を離して、跪いて謝罪しろ!」
《馬鹿確定、一度屋根の上に行こうぜ》
《了解》
馬鹿息子共々屋根の上にジャンプする。
《ん、そんなゴミは要らないぞ》
さっきまで室内にいたはずなのに、屋根の上に居ることに戸惑うボンボンを蹴り飛ばす。
〈ギャァーァァ・・・〉屋根を転がりそのままフェードアウトして静かになる。
《どうする、毒草で燻り出すか》
《いや、あの親爺だけ連れ出そう。身分証を渡したままなんだ。一応預かり物だから紛失すると不味いよな》
《そんな物はどうでも良い。アイリの言葉を聞いただろう。王家はアイリを守る気が無い。それに貴族の護衛も貴族自身も、身分証を見ても気にしていないだろう。王都の貴族相手に役に立たない物なら、放置しても良かろう。アイリや俺達に手を出したら、どうなるか思い出させてやる》
毒草の在庫が無いので、ありったけの薬草に火を付けて元の部屋に転移魔法を使って放り込む。
* * * * * * *
〈消えた・・・〉
〈ヨルム様も消えました〉
〈探せ! ヨルムを助けろ!〉
〈しっ、しかし何処に行ったのか〉
室内で騒いでいるときに、窓の外を〈ギャァーァァ・・・〉悲鳴と共に何かが落ちていった。
窓際に居た騎士が、窓を開け下をみる。
「伯爵様・・・ヨルム・・・様です」
その声に一斉に窓に殺到する騎士達、それを掻き分け下を見た伯爵の顔がどす黒く変色する。
「探せ! 探し出して連れて来い! 儂の息子に手を出した事を後悔させてやる」
伯爵の声を聞いて一瞬静まりかえり、怒り狂った伯爵を見て皆が頷く。
俺達が必ず後悔させてやると決意している時に、天井付近から煙と共に薬草の束が落ちてきた。
次々と煙を上げながら薬草の束が落ちてくる。
薬草だが生乾きで燻す為に火を付けられた物だ、煙を吸った者達が其処此処で噎せ咳き込む。
〈毒だ! 逃げろー〉
〈煙を吸うな。外に出ろ!〉
毒煙だとの声は、以前貴族の館で火事になり毒煙によって多数の死者が出た事を思い出させた。
一瞬で室内はパニックになり、阿鼻叫喚の地獄絵と化す。
入り口に殺到する者や窓から身を翻す者、我先に逃げ出して収拾がつかなくなる。
屋敷の外に避難して一息ついた所で、誰かが伯爵様は? と声を上げた。
皆自分が逃げ出すのに必死で、伯爵が窓から下を見ていた所までしか見ていない。
〈探せ! 伯爵様は無事なのか確認しろ!〉
〈ヨルム様もお助けしなければ〉
護衛の騎士達が右往左往している時、当の伯爵は室内に跳び込んだクロウがフラッシュを浴びせて、肩に飛び乗ると襟を咥えて屋根に戻っていった。
毒煙騒ぎの最中、一瞬の出来事で誰も気づかなかった。
屋根の傾斜で転げ落ちない様に襟首を掴み、悲鳴を上げ掛けた口の中に火球を詰め込む。
口の中に火球を詰め込まれ熱さと息が出来なく、藻掻く伯爵を離すとそのまま転がり落ちていく。
ヨルムを救助していた騎士達は、直ぐ近くに伯爵が落ちてきてビックリするが、何故こうなっているのか理解出来ずにウロウロするだけだった。
《どうする》
「また貴族街の道路に放置だな。後は警備の衛兵とカラカス宰相が片付けるさ」
ヨルムとホルド伯爵の周囲に居る騎士達にフラッシュを浴びせると、二人の死体を回収して街路に放置して街に戻る。
「アイリの所に行くのはちょっと憚られるな」
《俺達の手口だと判るだろし。陽が落ちるのを待って王城に乗り込もうぜ》
「だな、俺達相手に貴族が好き勝手をするのなら、それなりの覚悟を持ってしろと、もう一度教えておく必要があるな」
* * * * * * *
貴族街を巡回警備する衛兵は、街路に貴族らしい死体が有ると連絡を受けて確認に向かった。
街路に転がる死体が二つ、以前の事を思い出して直ぐさま王城に連絡を入れる。
身元を確認しているとき、一人の手に王家の紋章入り身分証を見つける。
身分証はカラカス宰相発行の物で、所有者はエディとなっている。
其れを見た衛兵隊長の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。
その名は王都の冒険者や警備隊に知れ渡っている。
王都冒険者ギルド近くで起きた乱闘事件は、余りにも有名で有る。
一人の冒険者を殺す為に数十人が殺到して、返り討ちになり多数の死傷者を出したのだ。
襲われた男は無傷で、駆けつけた警備隊の者にカラカス宰相発行の身分証を見せ、その場から文字通り姿を消したのだ。
その男の名前がエディ、以後その男に対しお咎めも無く騒ぎは何時しか沈静化した。
その名が今度は貴族街のど真ん中、街路に転がる貴族らしき男の手の中から現れたのだ。
その身分証と共に死体を王城に運ばせ、カラカス宰相に報告の為同行する。
* * * * * * *
貴族街の異変を知らされたカラカス宰相は、以前に起きたエディと貴族達の暗闘を思い出して、憂鬱な気分になりながら続報を待った。
続報は最悪なもので、死亡した男の手にエディに与えた身分証が握られていたのだ。
エディはヘインズ侯爵領にいる筈だと思ったが、代官を送り出してから一月以上経っている。
やはり地位や権力に興味が無いのだろう。
代官に丸投げして王都に来ていたのかと思ったが、急ぎ陛下に報告する為に立ち上がった。
* * * * * * *
「エディに与えた、身分証を握って死んでいたと申すのか」
「はい陛下、然しあの男がこんな証拠を残して行くとは思えません。死亡していた貴族らしき男の身元と、貴族達の屋敷で異変が起きていないか探らせています。ただ若い男は首が折れて死亡した様ですが、もう一人の男は口の中が焼け爛れていたと報告が来ています」
「口の中の火傷か・・・」
二人とも思い当たる事があり、膨れ上がった嫌な予感が破裂しそうである。
次ぎに届いた報告は最悪のものであった。
ヘイラム・ホルド伯爵邸で火事騒ぎが起きているが、様子が変ですと伝令が伝えた。
カラカス宰相は頭を抱えて座り込みたい心境だった。
此の事件はエディが起こしたものに間違いない、死亡している貴族風の男はホルド伯爵親子だろう。
一気に顔色が悪くなったカラカス宰相に、心当たりが有るのかと問いかける。
「どうやら最悪の事態の様です。死亡したのはヘイラム・ホルド伯爵と嫡男のヨルム・ホルドの様です。多分、アイリに結婚をせまり、訪ねて来たエディと鉢合わせをして貴族のごり押しでもしたのでしょう」
「どういう事だ」
「以前アイリより、ヘイラム・ホルド伯爵の嫡男ヨルム・ホルドより求婚されている。然し何度断っても強引に家に上がり込み、結婚を迫られ困っていると相談を受けていました。アイリは王家直属・一級治癒魔法師の役職があるとは言え庶民です。貴族同士の結婚と違い、王家が其れを禁ずる法が無いと説明しました。然しヘイラム・ホルド伯爵を呼び、アイリに強引な婚姻を迫るのを止めよと言っておいたのですが・・・」
「無視されたか」
カラカス宰相が国王に深々と頭を下げ、もっと厳しく言い置くべきでしたと謝罪する。
「多分エディはアイリの事で身分証を示して、ホルド伯爵邸に話し合いか警告の為に訪れたのでしょう」
「お前の忠告を無視した男だ、身分証は何の役にも立たなかっただろう。そうなると、アイリの安全は保証すると言った我々の所にもやって来るな」
「如何致しましょうか」
「どうにもなるまい。深く謝罪し、再発防止を約束するしかない。あの子猫を阻止出来るか?」
「いえ転移魔法を自在に駆使するエディ一人でも無理です。ましてやあの様な転移魔法を使う小さな生き物など」
「王都騎士団をホルド伯爵邸に派遣し、伯爵に騒ぎの説明をさせろ。伯爵が姿を見せなければ、ヘイラム・ホルド伯爵と嫡男ヨルム・ホルドらしき死体が王城に有ると伝えて屋敷を制圧しろ」
カラカス宰相が国王の命を王都騎士団の者に伝えて戻ると、新たな指示が出る。
「明日王都の貴族全てを呼び出せ。王家直属・一級治癒魔法師アイリに対し婚姻を強要した事、忠告を無視し強引に家に上がり込み結婚を迫った嫡男ヨルムの罪を責め、其れを許したヘイラム・ホルド伯爵の爵位剥奪と領地と財産没収を通達せよ。我が王家の紋章は何の役にも立たないらしい」
そう呟く国王の顔が怒りに歪んでいる。
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