第64話 陛下の刃

 レイピアに似た細身の剣を足に突き立てたまま同じ質問を繰り返す。


 「エッ、エラート・ヘインズ侯爵だ」


 「はあ~ん、侯爵・・・侯爵の部下がいきなり俺を連行して何の用だ」


 「おっお前は誰だ」


 ふざけるな! 思わず頭を鉄棒で殴っちゃったよ。

 両手両足を縛られ足に剣を突き立てられた挙げ句、頭を鉄棒で殴られて身動き出来ずに呻いている。


 「お前の部下は、名も知らぬ冒険者をいきなり連行する趣味でもあるのか」


 〈だ、旦那様、その男はエディと申す冒険者です〉


 執事が壁に向かって叫んでいる。


 「エディ・・・エディとは王都で大暴れした、あのエディとか申す男か。お前は此れでお終いだな、貴族の屋敷で乱暴狼藉の挙げ句儂を傷付けたのだから」


 「傷だけじゃご不満の様だな。一度死んでみるか?」


 足の剣を引き抜き、喉に突きつける。


 「俺の質問に答える気が無い様だから死ね!」


 「まっ待ってくれ、答える答えるから待ってくれ!」


 面倒なおっさんの話では、ザクセン伯爵領でアポフの実が採れ、其れを見つけたのが冒険者だと伝わった様だ。

 ザクセン伯爵が王家に大量のアポフの実を献上し、残りをオークションに出品して大儲けした理由を知り、冒険者を呼びつけてアポフの実を探させようとしたんだと。

 そんな事だろうと思ったよ、俺の名前が出るって事は渋ちん婆さんの話は相当拡散している様だ。


 おっさんが泣きそうな声で血が止まらない、死にたくないので血止めをしたいと懇願してきた。


 「お前さっき俺に何て言ったか忘れたのか。お前を傷付けたから俺は終わりだと言ったよな。なら血止めして助ける必要はない、俺は死ぬんだろうお前も死ね」


 巨体のおっさんが死にたくないって泣き出したよ、何でもするから助けて下さいって。

 煩いから傷を火球で焼いて血止めをしてやったが、熱いだ痛いだとギャーギャー喚いて煩い。


 本番は此れからなので手足のロープを切りソファーに座らせてから、壁に向かって立たせている護衛や執事を回れ右させる。

 縦一文字に横一文字やバッテンの五本線・・・五本線で一文字はおかしいかな。


 《顔なじみがいるな》


 《さっき見た時から大体の見当はついていたが、他の貴族領に部下を送り込んでお宝の横取りを狙い失敗した。それで直接俺にちょっかいを掛けて来たんだろうな》


 《お宝は大豊作、お値段大暴落てのを知らないのかな》


 《あれだ、仕入れ価格と販売価格の差だよ。落札者は何時までも豊作とは思えないから、売り惜しみをしたか少量を高値で売りつけたんだろうな》


 《そのぼったくり価格を見て、欲を出したってのが真相か》


 執事に顔に傷のある奴は後何人いるのか聞いてみると、後9人居ると返事する。

 顔に傷の有る男達を残して全て部屋から追い出したが、執事にこの場に居ない9人を呼び寄せろと命じる。

 12人の顔に傷を持つ男達が横一列に並ぶ、映画のタイトルなら格好いいのだが猫の爪痕じゃねぇ。

 そのまま立たせておき、侯爵に俺を強引に屋敷に連れて来た理由を聞く。


 「無理矢理連れてきて暴力を振るい、俺を勝手気ままに使うつもりなら面倒だが宰相閣下の出番かな」


 「お前の様な冒険者風情が、宰相閣下に会えるとでも思っているのか。今日の無礼は許してやる、即刻我が領地から立ち去れ」


 さっき泣いていた奴が偉そうに、頭に一発鉄棒で刺激を与えて主導権が何方に有るのか教えておく。

 涙目で頭を抱える侯爵に質問してみる。


 「此れな~んだ」


 ヘインズ侯爵だけに見える様に通行証を取り出し、目の前に突きつける。

 背後でそろりと動く気配がする。


 《任せとけ》


 俺の隙を狙った男が火球に包まれ絶叫を上げて倒れる。

 背後はクロウに任せ侯爵様に、な~んだと問いかけているのに反応しない。 信じられないものを見る目で通行証を見ていた侯爵が、火球に包まれて絶叫する護衛を見て震えだした。


 〈まっ・・・まさか貴族殺し・・・陛・のヤイ・・・〉


 ん、何か不穏な言葉を口にしたぞ。


 「何だと」


 「申し訳在りません! その様なお方とは知らずご無礼の数々、平にお許しを」


 真っ青な顔色になり土下座をはじめたよ。

 怪我をした足が痛くないのかな。


 「どういう意味だ」


 「申し訳在りません、何でも御座いません。何も申しておりません・・・決して他言は致しません」


 足に縋り付かんばかりの態度で必死に言い訳をするが、口走った言葉の意味を説明しようとはしない。


 《おい、盛大な勘違いか噂が流れている様だぞ》


 《何て口走ったのだ》


 《貴族殺し、陛下の刃》


 《貴族殺しってのは今更だが、その陛下の刃って何だよ》


 《国王陛下の闇の始末人・・・かな》


 思いっきり脱力した。

 噂話なのか侯爵の早とちりか勘違いか知らないが、そんなものに付き合わされては堪らない。


 《勘違いか早とちりか知らんが、訂正するなよ。冒険者に対する扱いを糺すよい機会だ。ザクセン伯爵を使ってちょっかい掛けて来た事を、後悔させてやろうぜ。其奴の前にどっかり座って、二度と口に出すなと低音の魅力全開で呟け》


 クロウの指示に従っい、跪くヘインズ侯爵の前に横柄な態度で座り〈二度と口にするな〉と呟いてみた。

 そりゃー張り子の虎の首が吹っ飛びそうな勢いで、コクコクしたね。

 噂か勘違いか早とちりか、何れにしても此奴は二度と俺達に関わろうとしないだろうってのは理解出来た。

 執事を呼び目障りだから縛って転がしている護衛達と、壁際の護衛を部屋から連れ出させた。

 なにせヘインズ侯爵が俺に跪き、エディ様と呼んでいるのだから無条件で俺の言葉に従う。

 其処まで謙るなら最初の質問に答えるだろうと思い再度聞き直す。


 「見当はつくが最初の質問に答えて貰ってない。それすら答えられないか」


 誰もいない二人っきりの部屋の中、小さな声で呟くと今度は素直に喋りだした。


 ザクセン伯爵領では冒険者がアポフの実を見つけ、其れを陛下に献上し陛下の覚えも目出度い。

 それに引き換え我が領地は民は貧しく冒険者も寄りつかぬ貧しさで侯爵とは名ばかり周辺領主にも劣るとグチグチとぼやく。


 《此奴貴族、侯爵としての気概に欠けるな。人を羨む様では先が見えているな》


 《でもアランド地方やゴルドーの街周辺がフルンと比べて貧しいとも思えないけどな。此の部屋もザクセン伯爵邸より格段に劣るて訳でもなさそうだし。覚えているだろうバルズの領主、ハウト・ゲーレル子爵の屋敷なんてキンキラキンに近い眩しさだったよな》


 《あれか・・・暇だし此の領地に暫く滞在してみるか》


 《クロウにしては珍しいな。何か侯爵に不審なことでも》


 《ちょっと興味と疑問が湧いてな。フルンと王都以外のギルドでは、獲物を売りに寄っただけで余り知らないだろう。ゴルドーの冒険者ギルドがどんな所か見てみたいと思ってな》


 このエロ猫何か企んでるな。

 俺もあくせく稼ぐ必要もないし、暇潰しに此の地に来た様なものだから付き合う事にした。


 「ヘインズ侯爵様、暫く御当地に滞在する事をお許し願いたい」


 一瞬で顔が強ばり顔色も悪くなる。


 「とっ当家に何か・・・不手際が御座いましょうか、ご指摘頂ければ即座に正しますから」


 「いやいや、侯爵様の仰った御当地の特産などが無いか少し調べてみようと思った迄ですよ。ゴルドーの冒険者ギルドにも顔を出してみたいと思いましてね。極々個人的な興味からです。御当地の施策に不備が有るとかでは有りませんからご安心を」


 あからさまにほっとしている、狸のザクセン伯爵様とは違って駆け引きの下手な御仁の様だ。

 取り敢えず何時でも侯爵様と面談が叶う様にと、ヘインズ侯爵様発行の通行証を用意して貰う。

 暫くゴルドーの街に滞在するが、侯爵様配下の者達が俺の事を冒険者や街の者に漏らさぬ様に、出会っても素知らぬ顔でいる様にと頼んでお暇する。

 馬車で街までお送りしますって、全然判って無い侯爵様の好意を断り通用門から出て街に向かう。


 「で、クロウ何から始めるんだ」


 《明日から街の外で薬草採取だな。空間収納に有るだろうから適当にやってればいいさ。その街を知りたいなら、ごく普通の生活をすれば判る事が多いからな。今日は市場に寄ってからホテルに行くか》


 市場も何だか活気に乏しい感じだし、興味を引く食べ物もない。

 フルンの市場なら通りすがりに、匂いに誘われて声を掛ける屋台の二つ三つは有るのに其れがない。


 《フルンより大きな街なのに静かなもんだな》


 ・・・・・・


 翌日陽も傾き始めた頃、街に戻り冒険者ギルドに向かう。

 侯爵様にお願いしたのに、街の衛兵は俺の顔を見ると明らかに警戒している。


 《配下の者に対する指導力不足か、舐められているのかだな》


 「こう警戒されたら街の様子を見るのも難しいな。ホテルも余所者に対する警戒心が強いし」


 《ホテルが余所者に警戒するってのがそもそもおかしいだろう》


 「ゴルドーの冒険者ギルドの雰囲気はどうかな」


 ギルドに入ると何処も変わらぬ正面カウンターに行き、薬草の買い取りを依頼する。

 査定用紙に書かれた金額はフルンより一割方安い買取額だ。

 毒消しの紫葉の花、13個で銅貨11枚と鉄貨7枚

 酔い覚ましの蕾、8個で銅貨2枚と鉄貨4枚

 ホーンラビット、三頭で銅貨8枚と鉄貨1枚


 「フルンより安いな」


 「此処はフルンじゃないよ。ゴルドーの街では此の値段だ、止めるかね」


 「いや売るよ」


 精算して貰い食堂でエールを頼みテーブルに座る。

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