第63話 問答無用

 「しかしどうして・・・この辺に野鳥は滅多に来ないはずだが」


 《屋上に緑が有る、しかも実が生っている。俺が見た時、鳥は大喜びだったぜ》


 「普通は草原や森で餌を探すだろう」


 《草丈を思い出せよ。アポフの木は1メートルそこそこ、周囲の草に埋もれて見つけ難い。運の良い鳥だけが餌に出来るだろう》


 「つまり草原のアポフの木は周囲の草に埋もれて見つかりにくいから食われてなかったって事か」


 《アポフの実を収穫出来た冒険者達は、高い草に埋もれ周囲に鳥の餌になる物が生えていない場所で採取してると思うな》


 「となると来年は未だ良いが、再来年辺りに収穫量が落ちるな」


 《ああ、お前の言った様に冒険者が踏み荒らしてしまうだろうからな》


 「その分は俺が歪な種を蒔いて調整するさ、運が良ければ芽が出る。頭の良い奴は栽培しようとするかもな」


 《ヘルド達もか》


 「ヘルド達は俺の真似をしても、草原に種を蒔いて育てる事は思いつかないだろう。その為に俺は高価な良い種を使い、屋上農園なんぞをしているのさ。俺が紙のポットに種を蒔き、苗を回収したのを覚えているだろう」


 《ああ、鉢に直接植えれば良いのに手間な事をすると思ったよ》


 「木から落ちた種が芽吹く確率は低い、地面に都合良く落ちるとは限らないからな。草原に種を植えて芽吹くか試していたのさ。まっ生産調整の必要ができたときの為と、俺の生活の為でも在るんだけどな。大体考えてみろよ何故アポフが貴重なのか、収穫量が少ない・・・て事は自然に任せれば大繁殖しない。多分俺が蒔く歪な種で10本も芽が出たら大成功だろうな」


 《それじゃ何故フルンで此れ程の量が採れたんだ》


 「フルンの冒険者ギルドの買い取りもアポフを知らなかった。つまり今までフルンでアポフが採れた事が無かった、それじゃ誰も有るとは思わないし探さない。となると鳥の餌にしかならない、植物はどうやって拡散するか知っているだろう。フルンの場合は、上手く街の周辺に種が蒔かれたんだろうな」


 《アポフの場合は鳥か》


 「フルン以外にもアポフが生えている所が有る筈だがな」


 《アポフの実を食べた鳥が各地に糞をする。運が良ければ発芽するか》


 「だけどあの食べっぷりだと、鳥に見つからない場所でしか生き残れないね。運良く生えて実を付けても、食い尽くされて終わり」


 《又別の場所で糞に紛れて地面に落ちるのか。鳥を利用して遠くに運んで貰っているが、生存確率と言うか繁茂する条件が低いな》


 「草丈の高い茂った場所だと、地面に落ちる確率も悪いからね。その意味じゃ、実を採取した場所で次代が成長しているフルンは特殊かも」


 《何処かで一大繁殖させてみるか、見つけた奴は一躍お大尽だ。噂が広がれば益々人が集まる》


 「それは未だまだ先の事だな。いま其れをやると収集がつかなくなるよ。ゴールドラッシュはコントロール出来る程度でなくっちゃ」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヘルド達からギルマスが呼んでいると伝えられ会いに行った。

 受付に声を掛ける前にギルマスの部屋へ行ってくれと言われ、ギルマスの部屋をノックする。


 「ギルマス何の用ですか」


 引き出しから封書を取り出し見ろと差し出す。

 表書きがキリク・ザクセン伯爵、裏書きはエラート・ヘインズ侯爵・・・


 「此れがどうかしましたか」


 「伯爵殿から預かったものだ。取り敢えず読んでくれ」


 書状の内容は、フルンの街で発見されたアポフの発見者をアランド地方に招き、詳しく話を聞きたいというものだった。


 「此れって俺が行っても意味がないですよね」


 「まあな、ただ伯爵殿の話では相当爵位に拘る御仁で、無碍に断る事も出来ない様なんだ。書状はザクセン伯爵に紹介しろと書いているが、本来冒険者ギルドに依頼してくる内容だ。噂では冒険者は王国に臣従しない流浪の民、賤民としての認識しかない様だ」


 「つまりザクセン伯爵領が潤うのが気に入らず、自分の所に冒険者を呼びつけて金のなる木を探させようって魂胆ね。賤民に依頼するのは貴族の沽券に関わるから、地位が下の伯爵が依頼しろって事ですか」


 クロウも興味が湧いたのか、俺の肩越しに書状を眺めている。


 「で、ザクセン伯爵様は依頼を出したのですか」


 ギルマスが肩を竦めて書状を振る。


 成る程ね、俺に依頼すれば断られる。

 されど侯爵の願いを無視する訳にもいかない、ギルマスに書状を見せて相談すれば俺の目に留まる。


 《食えない伯爵も困ったんだろうな》


 《其処で抜け目がない伯爵様は、ギルマス経由で俺に知らせてきた》


 《お前の通行証の事を知っているくらいだから、王都での騒動の原因も知っているだろうな。どうする》


 《無視しても良いが、此処は一つ恩を売っておくか》


 《どうやって》


 ・・・・・・


 ザクセン伯爵様の元を訪れ、エラート・ヘインズ侯爵宛てに手紙を書いて貰った。

 『問題の冒険者は既に当地を離れ王都に向かっているが、冒険者ゆえ先々の街で獲物を売ったりして路銀を稼いでいると思う。冒険者の名前は〔エディ〕黒いテイルキャットを連れた一人旅なので見掛けたら其方で対処されん事を云々。

 追記として『その男極めて凶暴につき、取り扱いには慎重の上にも慎重を要す』の一文を入れてもらった。

 伯爵様肩をふるわせていたよ。


 ザクセン伯爵が手紙を出してから10日後、ゴルドーの街に到着した。

 入門時に銅貨1枚を要求されたが、冒険者カードを提示するといきなり腕を掴まれ衛兵に囲まれて侯爵邸に連行された。


 《大歓迎だな》


 《ご主人様の性格が部下に表れているね》


 通用門から屋敷に入り、出入り業者の待合所の様な所で兵士に見張られ待たされる。

 長らく待たされ如何にも貴族の執事って男が現れて、尊大な態度で名前を聞いてくる。


 「エディですが何事ですか? 御当家では冒険者は有無を言わさず連行する家風でもあるのですか」


 「冒険者風情が口の利き方に気を付けよ。御当主様にその様な態度を取れば唯では済まさぬぞ」


 その言葉に肩を竦めると、後ろから槍の石突きで突き飛ばされた。

 戦闘開始、突き飛ばしてくれた兵士を鉄棒で殴りつける。

 首筋への一撃で崩れ落ちる兵士と、呆気にとられる執事。

 もう一人の兵士が槍を構えるので、槍首を掴んで引き寄せ腹に蹴りをいれて無力化する。


 「御当家では、無理矢理連行して槍で突き飛ばすのが礼儀ですか。石突きと言えども痛いのですよ」


 「無礼者め! 出会え狼藉者だー」


 《かー、出会えって初めて聞いたぜ》


 《それに狼藉者だってよ。時代劇でしか聞いたことがなかったな》


 それから湧いて出る兵士や護衛の騎士達を殴るのに忙しく、用件を忘れる所だった。


 《クロウ、屋敷の主の居場所を探してよ。此奴等を殺さずに対処するのが面倒だから》


 《ほいよ、暫しお待ちを》


 ちょっ、お前も時代劇調になってるぞ。


 《エディ見つけたぞ、サロンで護衛に囲まれて酒を呑んでいやがる》


 《ジャンプするから俺が現れたら護衛にフラッシュを浴びせてよ》


 《よっしゃ、任せろ》


 遊んでるな。

 クロウの気配に向かってジャンプすると、壁際から〈ウッ〉〈エッ〉とか声が聞こえてくる。

 ソファーにふんぞり返る巨漢が目を見開いて俺を見ている。


 「お前が此の屋敷の主か?」


 「何奴だ!」


 「何奴って、人を無理矢理連れ込んで何奴もないだろう。お前の名前を先ず名乗れ」


 鉄棒を掌に叩き付け乍ら問いかけると、壁際に掛けられた剣に手を伸ばす。

 

 「曲者が不思議な技を使いおる」


 面倒なおっさんだね。

 此奴もフラッシュで目潰しをして、手首に一撃入れて剣を取り上げる。

 序でに護衛とおっさんの手足を縛って転がし目が見える様になるのを待つ。

 ドアがノックされ 〈旦那様、賊の姿が消えました〉と執事の叫ぶ声が聞こえる。 

 此処にいるよーって叫んでやろうかしら、返事がないので何度もノックしてくる。


 「入れ!」


 主に変わって俺が返事をしてやる。


 室内に入り俺の姿を見てフリーズする執事。


 「悪いね、先にご主人様にお目通りしちゃったよ」


 俺を指さして口をパクパクしているが酸素不足なら深呼吸しろよ。


 取り上げた剣を転がっている持ち主に突きつけドアを閉めろと命令するが、其れよりも早く執事の背後にいた護衛達が室内に踏み込んできた。

 揃いの騎士服を着た男達の中に三人程見覚えの有る奴が居る。


 〈剣を捨てて跪け!〉

 〈貴様どなたに剣を向けている〉

 〈無礼な奴め、逃げられると思っているのか〉


 「煩いよ、俺が踏みつけている奴の命が要らないのなら、踏み込んで来な」


 縛られ踏みつけられた男を見て静かになる。


 「お前の名前は? そして何故俺が無理矢理連行され、乱暴な扱いを受けるのか説明しろ」


 「小僧・・・侯爵たる儂を踏みつけにして剣を突きつけるとは良い度胸だ」


 「聞いて無いの、名前と俺を連行した訳を話せ」


 「構わん、此の無礼者を斬り捨てよ!」


 踏みつけた馬鹿の足に剣を突き立てて静かにさせる。


 〈ギャー・・・やっ止めろ〉


 よけいに煩くなった。


 「死にたい様だな」


 「まっ、ま、ま待て、待ってくれ」


 「俺の言葉が理解出来ないなら死んでもらうぞ」


 必死で頷く男、室内に踏み込んで来た執事や護衛達を壁に向かって並べと命令する。

 ご主人様の危機に渋々従う忠犬達、振り向けばお前達の主人の命の保証は出来ないから、覚悟して行動しろと釘を刺しておく。

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