第61話 黄金の嵐

 二日目の朝カプセルホテルを仕舞い、直ぐさま短距離ジャンプ。

 姿が消えたので周囲をキョロキョロして、俺達を探している。


 〈あそこだ! 逃がすな!〉


 そうそう、見失うなよ間抜け共。

 追いつかれる前に再度短距離ジャンプし、少し歩くと再び短距離ジャンプする。

 一度に跳ぶ距離を30メートル程度にし、俺の転移能力が30メートル程度が限界だと思わせる。

 俺やクロウの転移距離を正確に知る者はいない筈だし、奴等に教える気も無い。

 最も全力ジャンプしたら追いかけて来られないので、俺の目論見から外れる。


 奴等を振り切ってから薬草採取の真似事を始める。

 といっても鑑定ルーペで確認しながらだから、薬草を探している事に間違いない。

 その間クロウが奴等の接近を監視し、俺達の姿を見つけて近づくタイミングでジャンプする。

 一日転移魔法で振り回し、夕方早めにカプセルホテルを出してお休みタイム。


 《おー追いついて来たな。奴等も必死だぞ》


 「そりゃーお宝が目の前だと信じているからね。俺達を完全に見失ったら諦めて周囲を探すだろうが、なんとか追跡出来るから必死で追って来る」


 《香辛料を探す事を忘れてお前を追い回すって、阿呆だ》


 朝カプセルホテルを出ると、追ってきた冒険者達に周囲を包囲されていた。

 競争相手のパーティー同士が協力して、俺から情報を引き出すつもりの様だ。


 「兄さん随分引き摺り回してくれるよな」


 「お早うさん。男の尻を追い回すって嫌な趣味をしているね。俺はそっちの趣味は無いんから付き合えないよ」


 「話しに聞いていたが随分舐めた口をきくな。今日は転移魔法を使っても逃げ切れないぞ」


 〈散々引き摺り回してくれたよな〉

 〈アポフの実は何処だ〉

 〈大人しく教えた方が身の為だぞ〉

 〈お前が何処でアポフの実を採取しているか喋れ〉

 〈嫌なら嫌でもいいが、此処でなら何が起きても誰も気にしないからな〉


 「恐い事を言うねぇ、残念だがアポフの実はもう無いよ。俺の後を追いかけるのに夢中になるあまり、肝心なものを見逃すなんて馬鹿の極みだよ」


 「実を持っているのか、出せ!」


 「出せって、強盗かよ。冒険者なら自分で探せよ」


 「つべこべ言わずに出せよ」


 腰の剣を抜いて突きつけてくる。

 俺を取り囲む奴等も何も言わず睨んでいる。

 仕方がない、お財布ポーチからハンカチに包んだ物を取り出し〈受け取れ〉との声と共に中身を上空にばら撒いた。


 〈あーっっっ〉

 〈ばっ馬鹿野郎!〉

 〈何を見ている! 拾え〉


 俺はその隙に上空の木の枝にジャンプしたが、クロウは其れで許す気は無かった。

 魔力を纏った身体を怒りに膨らませ、呆気にとられる男やばら撒かれた物を拾おうとしている男達に襲い掛かった。


 〈ギャー〉

 〈ウオーッッッ〉

 〈な、ななな〉

 〈ヒェーッ〉


 黄金色の旋風が吹き荒れる。

 クロウが駆け抜けた後には顔面に五本の傷跡が残り血塗れになっている。

 十字に×印や横一文字?五線譜と、悲鳴の上がる所にクロウの姿はなく次々と犠牲者の数が増えていく。

 危険を感じて剣を抜くも周囲には仲間しかいない、振り回せば同士討ちになるので躊躇う隙に、クロウの爪の餌食になり顔を押さえる事になる。

 吹き荒れる黄金の嵐が収まると、顔を血塗れにした一団が呆然として佇んでいた。


 《あー久し振りに良い汗をかいたぜ》


 「お疲れさん、あれで良いのか。鏖にしても誰にも知られる事もないぞ」


 《後はお前の仕事だろう。フルンに帰ったら思いっきり笑い者にして、俺達に手を出した事を後悔させてやれよ》


 「でもなー、黄金の猫なんて俺は連れていないからな」


 《まっ森の奥テイルキャットの縄張りに踏み込んで、追い返されたとでも言っておけよ》


 「では布石を打っておきますか」


 顔を押さえて呻いている奴等の所に戻り、偽りの警告をしてやる。


 「阿呆だねー、此処はテイルキャットの縄張りなんだよ。欲に駆られて騒ぐから、テイルキャットを怒らせたんだ。何故俺が一人で静かにアポフの実を探していたと思っているんだ、ばーか。それとな、さっきばら撒いたのは何の変哲もないただの木の実だ、本物は此れなんだよ」


 別の包みを見せ、血塗れの顔で呻く奴等を置いてフルンに帰る事にした。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 家に帰るとヘルド達の部屋に行き、森の奥での事を話しもう暫く知らぬ振りをしてくれる様お願いする。


 その後は彼等の収穫したアポフの実を確認、今回はシエラカップに似た、冒険者御用達のカップ七杯分ほどが収穫出来た。

 漆黒中粒の最上級品がカップ一杯半、黒色大粒小粒を合わせ中級品がカップ二杯、焦げ茶の普通品がカップ一杯半、虫食いや歪な規格外がカップ二杯となった。

 夫々を綺麗な白布に包み、ギルマスと伯爵様立ち会いで収穫の報告と査定を依頼する事にした。


 冒険者ギルドに行くと、顔馴染みの冒険者や見知らぬ冒険者達の視線が痛い。

 受付でギルマスに会いたいと告げると直ぐに2階の部屋に通された。


 「どうだった収穫出来たか」


 前回より少ないけど収穫出来た事を報告し、ギルマスと伯爵様立ち会いで物を見せると告げる。

 ヘルド達の事を知られたくないので、陽が暮れてからギルマスとは別々に伯爵様の所で会う事にした。

 その夜四人で伯爵邸を訪れると、既にギルマスが来ていてお茶を飲んでいた。


 簡単な挨拶の後用意されたワゴンの上に選別したアポフの実を置く。

 最上級品から規格外までの四つの重さを量り夫々10%を伯爵様に20%をギルド分として分ける。

 残り70%をギルマスに預け、ギルドが責任を持って売り代金は冒険者ギルドの口座に均等に振り込む事で合意した。


 合意の後は食事をしながら、冒険者達に公開する事に対する話し合いになったが、殆ど俺の独演であった。

 何せ発見者が俺で協力者がヘルド達ヘッジホッグの三人、これ以外に知る者がいないのだ。


 三人は俺に全面的に任すと言ってくれているので、俺の考えが全てである。

 それに冒険者は自分の稼ぎのネタを話さないし聞かないのが不文律だ。

 その大事な稼ぎの情報を公開しようってのだから、俺の考えに異論を挟む余地がない。


 まず最初にヘルド達に集めて貰ったのは、フルンの草原や森の浅い所の極一部で在る事を告げた。

 伯爵様もギルマスも呆気にとられている。


 「森の奥で採取したって話は・・・」


 「欺瞞情報ですよ、俺達の行動を悟られない為のね」

 

 「それに引っ掛かって、捕らえられたり犯罪奴隷になった奴は」


 「欲深い連中の自業自得ですよ」


 去年収穫した所からは一粒も採取出来なかったので、新たに探したが大々的に探すと俺の行動を監視している冒険者達の疑惑を招く。

 それで敢えて限定的な、小区間しか探さなかったと説明する。

 去年話した通り稼ぎを独り占めする気は無い、手伝って貰ったヘルド達にもそれなりの報酬が出る様にしている。


 本来なら来年公開する筈だったが、公開してもそれなりの収穫をフルンの冒険者達に与えられそうなので、早める事にした。

 情報を公開した後3年間、俺とヘルド達はフルン周辺でアポフの実を収穫しない、他の冒険者達の稼ぎにすれば良い。


 其れについて悪辣な冒険者達が、特定の場所を縄張りと主張する事を許さない方策を、ギルドと伯爵様で確立してくれる様要求した。

 俺の要求が受け入れられたので明日から三日間、ギルドがアポフの実に関する情報を公開すると毎日冒険者に通達を出す事になった。

 三日目の夜に冒険者ギルドで情報を公開するので、知りたい者は三日目の夜に冒険者ギルドに集まれと聞き沸き立った。


 何せ高価な香辛料が高額で取引された事は周知の事で、其れを売ったのは噂で俺だと知れ渡っていたのだから。

 冒険者は自分の稼ぎの元を誰にも教えない、下手に聞いたりすれば命の遣り取りになる事も在る。

 力のない冒険者なら脅してでも聞き出せるが、俺に正面切って聞きに来る奴はいない。


 それと俺に絡んだ奴等が伯爵様の手勢に捕まり、厳罰を受けたのを皆知っているから尚更だ。

 諦めていた情報が公開されるのだ、大金を稼ぐチャンスに沸き立つのも無理はない。


 三日目の陽が暮れてギルドに行くと、冒険者達でごった返していた。

 そして伯爵様と警備隊の一団が壁際に控えている。

 ギルマスが騒めく冒険者達を黙らせ、俺を食堂のテーブルの上に立たせる。

 見渡すと余計な奴等が混じっているので、先ず此奴等を放り出す事から始めなければならない。


 「話をする前に、顔に傷の有る奴とその仲間は出ていってくれ。お前達に教える気はない」


 「何故俺達を放り出すんだ、不公平だぞ」


 「あーん、アポフの実を俺からかっさらう為に森の奥までつけて来て、俺に剣を突きつけて凄んだ奴に教える気はない。殺されなかっただけ有り難いと思え。皆此奴等の顔が何故傷だらけなのか教えておくよ。俺がテイルキャットの縄張りに案内したせいなんだ。テイルキャットの縄張り内で騒ぐから、猫を怒らせ顔を引っ掻かれて此の様だ」


 一様に顔に五本の線をくっきりと付けた奴等が真っ赤な顔で睨んでくる。


 〈猫にやられた傷かよ〉

 〈見ろよ、横一文字に縦一文字や×印と見事なひっかき傷だぜ〉

 〈彼奴に絡んで命があるだけでも大したもんだよ〉

 〈ありゃー絶対に揶揄われたんだよ〉

 〈彼奴の黒猫にやられたんじゃねえのか〉

 〈そりゃーねえは、あの猫にあれ程の傷は付けられないな〉

 〈確かにあの猫の倍以上の大きさの猫の爪痕だな〉


 吹き出す冒険者に野次られ、出て行けコールを浴びせられてスゴスゴと消える。

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