第59話 アイリに手を出すな

 《おい、そろそろアイリの所に行かなくても良いのか。絶対に怒っているぞ。俺もアイリが恋しいよ》


 いわれて気づいたがもう11月、晩秋じゃないの、アポフ栽培ですっかり忘れていたよ。

 アイリは21才に、クロウも四歳になったんだよな。

 俺に二十歳の巡り会いって在るのかしら、前途多難な気がする。


 アポフは冬の間は自然に任せておけば良いと思うので、今のうちに王都に行ってくるかとクロウと相談・・・催促され王都へ行く事にした。

 ヘルド達と薬草採取しながらアポフを探し、少数だが実の生っているアポフの木を見つけている。

多分冬の間に乾燥してアポフの実になると思うが、乾燥していない物は売り物にならないから触れるなと注意しておく。


 今から王都に旅立つと、王都ラクセンに着くのは12月半ばになる。

 少し小さくなった服の新調とバッグも一回り大きくしたい、クロウが収まっているのを見ると狭苦しそうだ。

 猫のクロウは狭いところを気にもしてないが俺の精神衛生上宜しくないので広げたい。

 行って買い物して帰ってくるだけで三月は必要だ、それも順調に事が運んでだから余裕をみて三月に帰る予定にする。


 アポフ収穫前になるので伯爵様が気を揉まない様に、予め断りを入れていく事にした。


 ・・・・・・


 伯爵様は俺が王都まで歩いて行くと言うと、余っている馬車を使えば良いと言ってくれた。

 しかし馬車はエルドバー子爵の紋章の跡が付いた物で、母や妹の事が思い出され即座に断った。


 ヘルド達に留守の間の事を頼み、翌日王都に向けて旅立つつもりだったがその夜ヘルド達がやってきた。

 ヘルド達は一生一度の王都見物に行きたいので、同行させてくれと頼んできた。

 彼等は家を買って家族の生活の心配が無い、今なら懐も潤っているのでチャンスだと踏んだ様だ。

 一人旅なら適当に野宿しながらで25,6日の旅、ヘルド達と同行すると街に泊まったりするので30日を越える計算になるが、余裕を持たせているので了承する。


 四人での旅は楽しかった。

 クロウと二人旅もそれなりだが、馬鹿話をしながらの旅はちょっと修学旅行を思い出させた。

 途中四人とも荷物を持たずに歩いて旅をしているので、絡んでくる者もいたが即行で叩きのめして事なきを得る。

 絡んでくる奴には即行で鉄棒の制裁を下す俺に、三人は呆れていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 王都では〔エルグの宿〕に案内する、清潔でそれなりに安くて料理も美味い。

 その日は疲れを取る為にゆっくりしてもらい、俺はその間にクロウにせっつかれてアイリに逢いに行く。

 目を離すとジャンプしてアイリの胸に飛び込んで行こうとする、クロウを宥めるのに疲れた。


 「久し振り、元気にしてる」


 アイリは胸に飛び込んできたクロウを抱いて、来るのが遅いとむくれている。

 俺だって忙しいんだがなぁ。

 外ではガーラン商会の奥様エミュールや、商会を訪れるご婦人方しか話し相手がいないので退屈らしい。

 家ではサーミャとイリスが話し相手になってくれるが、街の者はアイリの地位が高すぎて友達付き合いが出来ないとか。

 気晴らしに買い物に出ても、アイリが王家に仕える高官だと知っているので、これもお嬢様扱いだと不満たらたらで愚痴る。


 《アイリは大分ストレスが溜まっていそうだから、何かストレス発散させる方法はないかな》


 《そうだな、ヘルド達の王都見物の案内でもさせろ。ストレスってより日常に変化がないから退屈何だろう。王都見物のガイドなんて初めてだろうから、良い気分転換になるんじゃね》


 別に良い案もないのでクロウの提案にのる。


 「なあアイリ、フルンの街で仕事を手伝って貰っている連中と王都にやって来たんだ。今日はエルグの宿に置いて来たんだが、俺は王都と言っても冒険者ギルドと市場以外殆ど知らないんだよな。王都の名物や土産に良い物を買える所の案内をしてくれないかな」


 俺が他人を連れて来たのは初めてだから、興味が湧いた様で即座に承知してくれた。

 お礼の前渡しにミルヌの町で買った魚介のスープや焼き魚を夕食に提供、アポフの実を粉にした物を振り掛けて頂きまーす♪

 アイリが以前食べた時よりも美味しくなっていると、喜んでぱくついている。

 クロウはアイリの膝の上で、アイリの食事のお裾分けを貰ってゴロゴロいっている。


 振り掛けた粉で一段と味が良くなったので興味を示し、この粉は何だと問い詰められアポフの説明をする。

 寄越せって煩いので、余所では話すなと念押しして100粒ほどを提供する。

 サーミャとイリスも目を細めてぱくついている。


 ・・・・・・


 翌日アイリと共にエルグの宿に行き、食事中のヘルド達に紹介する。

 アイリを見てヘルド達がヘドモドしているのは可笑しかった。

 ヘンクは顔が真っ赤になり、イクルはぽかんとアイリを見ている。

 ヘルドは綺麗なお姉ちゃんがいるので多少美人に耐性が有ったから、アイリの衣装に驚いていた。


 此の世界で庶民の着る衣装の白は生成りの白で、漂白された白は裕福な商人や貴族に王家の高官達が着る物だからだ。

 流石は元貴族家に仕えていた者、目の付け所が違うね。

 久し振りに受付のアンナと会ってキャイキャイ言ってるアイリを見て、どうして王国の高官に知り合いがいるのか不思議がっている。

 俺が孤児院育ちなのは、貴族の三男坊のウルグちゃんが大声で喚いてくれたから皆知っている。

 まさかアイリも同じ孤児院育ちとは思うまい。


 ・・・・・・


 王都巡りの最初は冒険者ギルドだ、ヘルド達が道中で狩った獲物を処分してから買い物をしたいと、確かに獲物をお財布ポーチに長く入れていると鮮度が落ちるからね。

 アイリも興味津々、王都の冒険者ギルドには来た事がなかったからな。


 買い取りカウンターでヘルド達が獲物の査定を依頼し、解体場に案内される。

 クロウを抱いたアイリが珍しそうに、解体場までついてくる。

 エルク2頭,ブラックピッグ3頭,ヘッジホッグ5頭の査定を依頼して食堂で待つ事に。

 アイリは大ぶりのケープを羽織っているが、襟元の刺繍や白い衣装は目立つ。

 その上美人で猫を抱いて珍しそうにヘルド達の後を歩けば、見慣れぬ冒険者と美人に注目が集まる。

 俺は目立つのは嫌なのでアイリの陰に隠れて歩くが、いきなりアイリの腕を掴んだ馬鹿がいた。


 「よう姐さん、そんなチンピラ冒険者なんかでなく俺達を雇えよ。此れでもシルバーの二級でゴールドランク目前だぜ」


 美人で金持ちと踏んだ馬鹿が、ヘルド達を雇っているとみて売り込みを掛けて来たが、礼儀がなってないな。


 「汚い手を離せ!」


 「あーん・・・チビが女の陰で偉そうに意気がるな」

 〈俺達〔血塗れのウルフ〕に逆らうとは良い度胸だな〉

 〈お前も冒険者の格好をしているなら、腕で来い!〉


 「ピーチクパーチク煩いよ。手を離せって言ったのが聞こえないの」


 〈おい、あれって〉

 〈帰ってたのか〉

 〈絡む相手をよく見ろよ。ばーか〉

 〈放っておけ、意気がる馬鹿には丁度良い相手だ〉


 アイリの腕を掴む男の手首を掴んで力を込める。


 〈いででで、離せ! この野郎〉


 全員立ち上がって睨んできたが、低ランク冒険者相手だと高を括ってヘラヘラ笑っている。


 「小僧何をやったか判っているよな。俺達血塗れのウルフを相手に喧嘩を売ったんだ」


 「お前等が汚い手で掴んだ腕は、どなたの腕だと思っているんだ。今の事は忘れてやるから、黙ってエールを飲んでいろ」


 「小金持ちの小娘如きをどなただと、笑わせやがる! おい小僧冒険者の揉め事の修め方は知っているよな」


 〈おっ、血塗れのウルフが模擬戦をやるってよ〉

 〈やれやれー、血反吐を吐かせてやれー〉

 〈6対4か、掛け率はどうする〉

 〈俺は綺麗なお姉ちゃん達だな〉

 〈ばーか、お姉ちゃんは闘わないぞ〉

 〈日頃意気がっているが、絡んだ相手の力量も知らないとはね。自分達がどれ程間抜けか身をもって知れ!〉

 〈黙ってろ、面白い物が見れるんだから〉

 〈あっさり負けるなよ! 血塗れのウルフ。お前達が文字通り血塗れになるのを見ていてやるからな〉


 爆笑の嵐に、血塗れのウルフの面々が顔を真っ赤にして、野次る冒険者達を睨んでいる。

 駄目だ、此奴等わざと煽っていやがる。


 〈よーしギルマスが来たぞ、訓練場に行くぞ〉

 〈おらっ、久し振りの転移無双が見られるぞ〉

 〈馬鹿か、模擬戦では魔法は禁止だ。魔法なんか必要無いけどな〉


 「エディさんって、王都で何をやったんですか」

 「相手が凄く馬鹿にされてますよ」

 「エディさんが強いのは知ってるけど」


 「なんだ血塗れのウルフの相手はお前か、最近逆上せているからお仕置きに丁度良いな」


 冒険者達の声に苛立っていたが、ギルマスの声を聞いて顔が強ばっているウルフちゃん達。


 〈おい賭ける奴はいないのか。当たれば大穴豪遊が出来るぞ〉

 〈よーし俺は血塗れのウルフに賭けるぞ〉

 〈俺も乗った!〉

 〈見た事もない田舎者冒険者達より、ゴールドランク間近の奴がいる方が強いに決まってるだろう〉

 〈おいさっきから田舎者に肩入れしていたのに、なんで誰も奴に賭けないんだよ〉

 〈賭けても僅かな配当しか無いのに賭ける意味がないんだよ〉

 〈最近王都に出てきた奴は知らないだろうけどな〉


 大爆笑が起きている。


 「エディ、あんた私の知らない所で何やってんの」


 「あーアイリ、暇な時に話すよ。今は馬鹿の相手をしてくるからちょっと待ってて」

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