第58話 屋上農園

 ザクセン伯爵が王家に献上したアポフの実は粒選りの物で、残りをオークションにかけると一気に評判を呼んだ。

 王家には1,000粒を献上したが、残りは100粒単位でオークションに出し、最上級種は金貨4枚の値が付いた。

 最上級品アポフ100粒金貨4枚×53=金貨212枚

 中級品アポフ100粒銀貨9枚×167=金貨150枚銀貨3枚

 普通品銀貨2枚×238=金貨47枚銀貨6枚

 合計金貨409枚、銀貨9枚


 エディが最上級品半数を取り、王家に1,000粒献上しても、アポフの実が此れ程大量にオークションに出された事は無かった。

 それ故に本来なら一粒金貨1枚と称されるアポフの値段が大暴落した。

 

 ザクセン伯爵がアポフの実を王家に献上し、残りをオークションに出品した事は周知の事で、ザクセン伯爵の領地クルブ地方でアポフが採れると噂になった。


 最上級品のアポフの実が大暴落したとはいえ、一粒銅貨4枚だ。

 気の早い冒険者達は、クルブ地方の領都フルンや周辺の町に移動を検討した。

 然し実の色や形が判らず収穫の季節は何時か、判らぬ事だらけで移動が躊躇われた。

 貴重すぎてアポフの情報が殆ど無かったのだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ザクセン伯爵はエディに頼まれた、アポフに関する書籍から情報を抜粋して書き写した物を見ているが、数枚の紙に書かれた情報しか得られずその情報も極めて曖昧で在った。

 共通しているのは、アポフの粉末を料理に使用すると味と香りが格段に良くなること。

 漆黒の実は極めて貴重、実は女性の小指の爪程の大きさにて、実ると枯れてしまうらしく二度と同じ場所では採れないこと。

 故に連続して採取出来ず、大量に採れた記録もない。


 ザクセン伯爵は伝を頼って色々調べたが、集まった情報の少なさと曖昧さに呆れると共に、エディが鑑定ルーペを持っているとはいえ良く見付けたなと感心した。

 文献に依れば、一度採取した場所では二度とアポフの実は採れないとなっているが、エディには別な考えがある様なので集めた情報をエディに送った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 伯爵様から送られてきた書状を見て、予想どおりだと思った。


 《お前は二年草だと言ったが、何故二度とアポフの実が採取されないのだ》


 「人の欲がアポフの成長を阻害しているのさ。今回大量にアポフの実がオークションに出て値崩れしたが本来はごく少数、1本か2本の木を見つけて実を採取するんだ。一粒金貨1枚と称される、貴重で高価な実を採取した冒険者はどうすると思う」


 《そりゃー、翌年も同じ場所に採取に行くさ・・・そうか二年草なら実はおろか花もつけてないよな》


 「そう、そしてアポフの実を採取した時の事を思い出し、同じ物を探すのさ」


 《見つかるはずが無いな》


 「同じ様な枯れた木や、よく似た物をしらみ潰しに探すが見つからない。多分1年目のアポフの木は枝も碌に出ていないと思うよ。散々探して見つからず諦める、それでアポフの実は一度採取すると、二度と採れないと言われる様になる」


 《だが諦めの悪い奴は、次の年もあわよくばと考えて行くぞ》


 「だが前年に散々探して踏み荒らした場所だ、若木が無事だと思うか。思い出せよ、実を採取したのは4月だぞ、6月の今から芽吹いても、冬になる前に成長は止まると思う。翌年の春に花が咲く頃は、まだまだ幼く細い何の変哲も無い草に見える筈だ、踏み荒らされて一巻の終わりだな」


 《自分達で、お宝を踏みにじっていたのか》


 「推測だが間違いないと思うよ。一粒金貨1枚と称される実が、一本の木に数百粒実っているんだ。翌年採取に来た者は血眼になって探すさ、草の根を分けるどころかアポフの木以外引き抜いてでも探すね」


 《その気持ち分からんでもないが、猫で良かったよ。小判・・・金貨は無用の長物だわ。となるとヘルド達も同じ事をしないかな》


 「それは言ってある。アポフの木が見つからなくても採取場所は荒らすなって」


 《お前が彼方此方に実を蒔いているが上手く発芽すれば面白いな。アポフの実を大量に見つけた奴は発狂するぞ》


 「あれが発芽したら、此の家の屋上に移して育てるよ。それ以外の歪な種を適当に投げているが、発芽してくれたら儲けものなんだがね」


 家作りを手伝ってくれた土魔法使いに頼んで、直径70センチ程の植木鉢を80個程作って貰い屋上の壁に沿って2列に並べた。

 ヘルド達を使って集めた干し草や枯れ葉を混ぜた土入の植木鉢が、屋上に並ぶ様はちょっと異様な光景。

 何せヘルド達に植木鉢を預け、土に干し草や枯れ葉を混ぜた物を入れて持ってこさせる。

 手間賃に銀貨2枚支払うのだから、薬草採取より良い稼ぎになると喜んでいた。


 草原に蒔いた種が芽吹いたのが確認出来たのは6月も終わる頃だった。

 誰にも教えず、紙で作ったポットごと回収し、屋上に並ぶ鉢に移植して成長を見守る事になった。

 草原の土と草に枯れ葉を混ぜた鉢に、2日に一度たっぷりと水をやるとアポフの苗を植える前に草原の草が大量に生えてきた。

 知らぬ人が見たら何をやっているんだと笑われそうだが、此処には俺とクロウ以外誰も来られない。

 少数の鉢以外は雑草もそのままにし、草原と同じ条件で成長させてみるつもりだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 8月の終わりにザクセン伯爵様が王都より帰られ、俺達四人が伯爵邸に呼ばれた。

 上機嫌の伯爵様より、金貨409枚,銀貨9枚がオークションの代価として渡され、ヘルド達は嬉しそうだ。

 ヘルド達は決めていたのか、各自金貨の袋を一つお財布ポーチに仕舞うと残りを俺に差し出した。

 折半の約束だが俺が最上級品の半分だけで、残りを全て受け取るのは心苦しいと譲らなかったので有り難く受け取る。


 その後は収穫後の報告会となったが、伯爵様は一度採取された所では二度と採れない事に気を揉んでいた。

 今は言えないが、継続して採取出来る希望があると伝えると安堵していた。

 その後は夕食をご馳走になり、王都の珍しい酒とヘルド達の家族にと、反物や菓子を土産に貰い伯爵邸をお暇した。


 帰りの馬車の中で三人から帰ったら相談がありますと真剣な顔で言われ、ヘルド達の部屋で緊張して向かい合う。

 相談とは下の階、三室在る空き家を使う予定が無いなら、ヘルド達三人に売って貰えないかとの相談だった。

 俺が此の家を金貨150枚で買ったのを知っているが、壁以外全てに手を入れ倍以上の金が掛かっているのを知っているから、一部屋金貨150枚で売って欲しいと。


 エルドバー子爵に仕えていて、子爵が失脚した巻き添えで住む所も職もなくし、狭い借家で細々と日雇いで食っている家族に広い住まいを与えたいと頭を下げられたので了承した。

 変な奴を住まわせる気が無いので空き家にしていたのだ、ヘルド達の家族なら良かろう。

 今ヘルド達の住む部屋は売るつもりがないので、ヘッジホッグのパーティーハウスとして引き続き貸す事になった。


 金額は一部屋金貨75枚と言い値の半分に値下げ、伯爵邸で金貨100枚以上貰っているし、今後も色々とお世話になるからね。

 翌日三人を連れて商業ギルドに出向き、1階の三室の名義を夫々に変更する。パーティーハウス下をヘルド、中央をイクル、左端をヘンクとクジ引きで決めたそうで手続きは簡単に終わった。


 手続きが終わると、彼等は夫々の家族の家に急いで向かって行った。

 クロウと相談して、引越祝いに足りない家具をプレゼントする事にしたが、彼等の家族の都合も在るだろうからと金貨10枚を贈る事にした。

 当日は食事の支度も出来ないだろうから、海の珍味を提供し喜ばれた。


 「エディさんって隣国迄旅してたんですね。この魚っていうの美味しいけど、始めて食べましたよ」

 「俺も一度は隣国とは言わないが旅をしてみたいな。海ってどんな所なんですか」


 「あー、大きな水溜まり・・・此処から王都まで歩けば一月近く掛かるよな。海はそれの100倍は大きい水溜まりでしょっぱいんだ」


 《何て説明だよ》


 《なら説明の仕方を教えてくれよ》


 「王都かぁ、遠いなぁ」


 「一度乗り合い馬車で、20日程かかって行ったけど尻が死んだね。それ以来尻の為にも歩く事にしたよ」


 ヘルド達の家族は、息子達が冒険者家業で家が買える程稼いでいたとは知らなかった様で、大喜びしていた。

 詳しい事は言えないが、幸運にも伯爵様の計らいで大金が稼げたのだと説明し、信じられないと言う家族に伯爵様に頂いた通行証をみせて説明していた。

 俺は心の中で、秘密を漏らしたら殺す! って・・・冗談だけどね。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 屋上で二日に一度の水やりと、ヘルド達が確認して目印をつけた場所を巡回し芽吹いた苗の確認が日課になった。

 ヘルド達はアポフの枯れた木を抜いた場所を必死で見ていたが、俺は内緒で苗床を作っていて、若葉の形や苗の形状を知っていたので気づいていた。 しかしヘルド達には教えない、教えるのはもう少し後だ。


 苗は順調に育っているので、余りアポフの周辺ばかり徘徊すると怪しまれるので、ヘルド達と他の場所で薬草の採取に励んだ。

 その際に屋上で育てているアポフの葉を皆に見せ、此れと同じ形の葉が付いた1メートル程の木を見付けたら知らせろと言っておく。


 「此れがアポフの木の葉なんですか?」


 「そうだもう少し大きい筈だ、枝の付き方は覚えているだろう。実が生っていなくても場所は忘れるなよ」


 「以前見た時は枯れていて、葉が無かったですからね」


 「だな、今年と来年でアポフの実をどれ位収穫できるか確認したら、伯爵様が冒険者ギルドで公表する事になっているからな。其れ迄に稼いでおく必要が在るぞ。其れには見付けた場所を覚えておく事だな」

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