第57話 枯れ木

 階段を降りた先には地下牢が並び、少年少女や妙齢の女性が不衛生な牢に繋がれている。

 予想はしていたが胸くそが悪い。

 ボスの尻を蹴りつけ、地下牢の一つに作られた金庫の扉を開けさせる。

 金貨の革袋だけでざっと見て、200~300は有るし宝石箱まで有る。

 積まれた革袋をゲンナリしながら眺めていると、扉が閉まる金属音がした。


 鉄格子の扉に凭れ、ボスが勝ち誇った様に笑っている。

 阿呆だ、暫く笑わせてからボスの背後に転移する。

 扉を挟んで向かい合っていた、俺が突然消えたので笑い声が止まる。


 「どうした笑えよ。一発大逆転したんだろう」


 軋み音が聞こえる様なギクシャクした動きで振り返り、俺の姿を見て絶望している。

 お宝は全てお財布ポーチに入れ、秘蔵の酒だろう様々なボトルは俺のマジックポーチに仕舞う。

 此れくらいの役得は有って然るべきだよな。


 問題は地下牢の住人だ、警備隊の責任者を呼び地下牢の住人達の保護を頼む。

 伯爵様が処罰を軽くして俺に任せる訳だよ、ヘルドの所に押し掛けた罪だけでは警備隊に此処までの取り調べや捜査はできない。

 軽微な罪でとことん責める事も出来ないし、下手な追求では地下室の存在を誰も喋らないだろう。

 転移魔法で好き勝手に侵入でき、手加減無しの追求ができる。

 そして自分のテリトリーを荒らされた俺が、黙って見逃す性格でないとみていやがる。


 《やっぱり伯爵の方が、役者が1枚上手だな》


 《まぁな、後は任せて帰るとするか》


 表に出ると警備兵でごった返していたが、ヒルド隊長を見つけ伯爵様に渡しておいてくれと、お財布ポーチを預けて家に帰る。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 《おいエディ、起きろ》


 クロウに尻尾で叩き起こされると、ドアをどんどん叩く音がする。


 《誰だよ》


 《ヒルドの声だ、伯爵の用で来たんじゃないか》


 仏頂面で出迎えると、ヒルド隊長が伯爵様がお越し願いたいとの事ですと告げてくる。

 地下牢の住人の事も有るので渋々迎えの馬車に乗る。


 最近伯爵様のお宅にお邪魔することが多い、避けて通っているはずなのに何故?


 「何か御用でしょうか・・・伯爵様」


 寝起きの不機嫌を隠しもせず、問いかけているのに又々無視される。


 「いや君に頼んで正解だったよ。噂だけではこうも簡単に片付かなかったからね。救助出来た少年少女達を親元に帰してやれる」


 「不思議なんですがね、伯爵様程の権力が有れば、どうとでも出来たんじゃないですか」


 「そうもいかないのだよ。法を守らせる為に法を破って良いとなれば法の意味がないからね」


 《ちょっと理想主義者の匂いがするな》


 《貴重な存在では在るが、此の世界ではなぁ》


 「それと預かったポーチだが、娼婦達を縛る証文は有り難く使わせて貰う。それ以外はお返しする」


 「金貨の袋なら400前後有った筈ですが、要らないんですか」


 「それは君に聞きたいね。473袋有ったよ、まっ手数料と思って納めてくれ」


 「では宝石箱は換金して被害者達の補償に使って下さい」


 伯爵様頷いた後執事に何か合図をしている。


 「それを君に渡しておくよ、自由に使ってくれたまえ」


 〔大地に突き立つ剣と茨の輪〕ザクセン伯爵様の通行証。


 「1枚持っているのは知っているが、それは使い辛いだろう。普通の貴族のものならそれ程警戒される事もないからね」


 何でもお見通しね、一礼して貰っておく。

 折角伯爵様にお目通りしているのだから、もう一つの懸案を片付けて置く事にする。


 「伯爵様、例の物ですが今季の収穫はほぼ終わりましたので、御検分下さい」


 執事にワゴンを持って来て貰い、壺を四つ取り出す。


 「右から大中小の三種と虫食いや歪な物です」


 蓋を取り小皿に夫々の壺の中身を入れて伯爵様に確認してもらう。

 料理長を呼び品質の確認を求めると、小皿に乗せられた香辛料の粒と壺の中を覗いて絶句している。


 〈まさか此れ程の量のアポフの実が・・・〉


 「大中小に分けていますが品質はどうですか」


 俺に声を掛けられ、皿と壺の中を確認して一握りを取り出し選別を始めたが、漆黒・黒・焦げ茶に分けている。


 「粒の大きさよりも色が重要です。漆黒の中粒が最上級品で次が大小の物、黒や焦げ茶の物も同様です」


 《どうやら金鉱を掘り当てた様だな》


 俺の肩に乗り、尻尾で背中を叩きながらクロウが呟く。


 《ヘルド達三人にも話しておく必要があるな》


 《だな、秘密を守り手伝って貰わなければならないからな》


 料理長が下がるのを待ち、伯爵様に此の秘密を知るものが俺以外に三人いることを告げる。

 香辛料発見から収穫選別全てを知っており、手伝って貰っている冒険者仲間だと言うと、秘密厳守と此れからの事も有るので呼び寄せる事になった。

 陽も暮れた頃に、ヘルド達三人が執事に案内されへっぴり腰でやって来た。

 豪華なサロンで寛いでいる俺を見て、あからさまにほっとした顔になる。


 「呼び出して悪かったな、俺が呼びにいくと目立ち過ぎるんだ。座ってくれ」


 恐る恐る座る三人にお茶を勧め落ち着かせて、今までの経緯を話す。

 香辛料に関係する騒ぎも知っているので即座に俺の提案に従うと言い、伯爵様を交えての話し合いの為執務室に向かう。


 執事に案内され室内に入るとヘルド達が跪くのを、伯爵様が制止する。

 エルドバー子爵家に勤めていたとはいえ、貴族と膝つき合わせての話し合いは初めてなのかガチガチだ。

 伯爵様がヘルド,イクル,ヘンクの三人から話を聞き、俺が香辛料の収穫時期が遅く収集範囲も狭いので、来年まで公表することを控える事を提案。

 その間にアポフの木の成長や分布状況の確認と夏期の葉の見分け方等を、ヘッジホッグの三人が中心になって調べる事が決まった。


 現在収穫しているアポフの実は折半の約束なので最上級品の半分を取り残りは伯爵様に処分を任せる事で合意。

 ヘルド達も異存はないと返事する。

 最上級品の半分程度を王家に献上し少量を自家消費に回し残りは全てオークションで売り全額をヘルド達が受け取る事でも合意した。

 其れとは別に、ヘルド達三人に夫々金貨50枚が王家献上分と伯爵様消費分の謝礼として渡され、三人とも硬直している。

 それと伯爵様の通行証、騎士達に持たせている物と同じものだが何かと役に立つだろうと渡され恐縮している。

 俺のは伯爵様の親族並みのものらしい。


 渋ちん婆さんは冒険者の稼ぎを横取りしようとした挙げ句、破落戸を使って脅した罪で金貨50枚の罰金と、ザクセン伯爵領から追放したと教えてもらった。

 あの婆さんが騒動の元凶なのに軽い処罰だと思ったが、俺に被害が無くなるならどうでも良かった。


 帰りの馬車の中、此れどうしようと金貨の袋を見せられたので、商業ギルドに預けておけと言っておく。

 伯爵様の通行証が有るから、黙って預かってくれるさと言うとほっとしている。

 俺に関わったばかりに心労が絶えなくて御免ね、と心の中で謝っておく。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 数日してヘッジホッグの三人が顔色を変えてやって来て、アポフの木が枯れていると報告した。

 詳しく聞くと実を採取した木は全て枯れているそうだ、春が過ぎるのに1枚の若葉もでてこないって。

 話がおかしい、実を採取されて枯れる木の話なんて聞いたことが無い。

 翌日ヘルド達と枯れたアポフの木を調べに行き、枯れた木を調べていてとんでもない勘違いをしていた事に気づいた。


 よく調べる為に木を一本切ったとき、余りにも簡単に切れたのだ。

 小さな木といえども親指程の太さがあり、ナイフで切ればそれなりの抵抗が有る筈なのに、ウドの枯れ木を斬った様な感触だ。

 切り口を見て原因が判った、アポフの木は木じゃない草だ。

 見かけは完全に木だが、切り口を見ると内部がスポンジ状になっている。

 セイタカアワダチ草の茎と同じだ、枝状の物が出ていたから木と勘違いしたのだ。


 斬った物を見て笑い出した俺が不思議らしく、ヘルド達は引き気味に俺を見ている。


 「大丈夫、採取した物が枯れても、何処に在ったか近くに目印が在るんだろう。草に埋もれてしまう前に目印をつけておこう」


 詳しい事は話さず枯れた木を取り除き、目印だけをつけていく。


 《どういう事だ、草には見えなかったがなぁ》


 《多分二年草だと思う。収穫時に多少は取りこぼして落ちた種が有る筈だ、其れが芽吹いている筈だ。一年草ならこの秋には実がなるが、もう五月も終わろうとしている。秋に実をつけるなら今から芽吹いたのでは、花の時期は終わっている。となると今年は芽吹きと成長途中で冬を迎え、来年の春に花が咲くはずだ》


 《ヘルド達は、其れを知らないって事なんだ》


 《伯爵様に頼んでアポフの文献を調べてもらうよ。そうなると預けた不良品の中の、歪な種を少し戻してもらい、蒔いてみる必要があるな》


 ヘルド達には薬草採取は止めないで、普通に冒険者生活を続け怪しまれない様にしろと言っておく。

 伯爵様が王家にアポフの実を献上し、残りをオークションにかければ何処で採れたのか騒ぎになる筈だと伝えると、真剣に頷いている。

 俺は森の奥、二日程行った所だと婆さんに言って在るが、どうなることやら。


 伯爵様から歪な種を少し分けてもらい、草叢にそのまま蒔いたり腐葉土と土で団子を作り中に種を入れたりと、様々な方法で種を蒔いた。

 屋上庭園予定の緩い傾斜の屋根を改造して、アポフ用菜園を作る事にした。

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