第45話 クルス子爵
「世間でよく有る話ですか」
「世情に疎いが、持参金だけをたっぷりと持たせて下位貴族に押しつける様な娘だ。食事すら同席した事が無い。連れてきた侍女や護衛を侍らせ持参金で好き放題」
そう言って肩を竦めている。
護衛を侍らせてねえ、そりゃーまともな結婚相手はいないか。
押しつけられた方こそ災難だが、何か弱みが有ったのかな。
「そんな目をしなくてもいいよ。先々代が賭け事に嵌まり、彼女の父親からの莫大な借金と言えば判るかな」
《クロウ風向きがおかしいぞ》
クロウに説明すると面白がり、俺に任せろと言い出した。
クロウが窓の外にやって来ると、俺の言う事を聞き出してくれと指示してきた。
「クルス子爵、彼女を助けなければ貴方も巻き添えになりますよ」
「彼女がいなければクルス家は借金で滅び、私は貴族の身から借金奴隷だ、どうなろうと大して変わらんよ。その時がきたらさっさと死なせてもらうさ」
《達観してると言うかなんというか》
《親族の借金で自分の人生が潰れるんだ。どうにもならないから諦めたんだろう。ちょっと提案してくれ》
「クルス子爵、彼女と取り巻きの侍女や護衛達を排除する方法があるので手伝え。上手くやれば彼女の道連れにならず、借金も消えるぞ」
疑わしげに見る子爵に、彼女には後二人仲間がいる事を伝えて王家が此の騒動を探っている事を教える。
「後二人仲間と言う事は、既に何人かは抜けたと言う事か?」
「密談相手のエイメル伯爵夫人と伯爵は死んだな」
「やはり死んでいるのか」
「俺の指示に従えば、コーネリア夫人と取り巻きが消えるな。そうすれば借金は消えるし、巻き添えで死ぬ必要も無くなる」
疑わしげな目で見ているので、どうせこのままなら今日明日には死ぬ事になるのだから、俺の指示に従っても損はないと説得する。
「いいだろう、私は何をすれば良い」
「先ずコーネリア夫人と取り巻きを全て拘束する。その後でカラカス宰相宛ての書状を届けてもらう」
「誰が、彼等を拘束するんだ? この屋敷にそんな戦力はないぞ」
暫く待っていろと伝えて、クロウと二人コーネリア夫人の部屋に跳ぶ。
男を侍らせてご満悦かと思いきや、眉は吊り上がり頬はこけ顔色の悪い小母さんが、周囲に男を配置してソファーに沈み込んでいる。
取り敢えず全員にフラッシュを浴びせて目潰しをして、然る後鉄棒で全員の後頭部を殴打してから手足を縛り猿轡をする。
《クロウ、こんなのは男を侍らせるとは言わないと思うんだが》
護衛の男が10人に、侍女4人のうち二人が武装していた。
休んでいる護衛や侍女は、伯爵家に忠誠を誓う者達も居るだろうし、大仕事になりそうな予感がする。
一度クルス子爵のところに戻り、彼に手伝わせる事にする。
部屋に戻ると執事と思われる男がお茶を入れている。
突然現れた俺を見て硬直しているが、子爵がお客人だ気にするなと言って騒がない様に伝えている。
「優雅ですね」
「こんな事は酒でも呑まなけりゃやってられないが、酒を呑んでいる場合でもなさそうなのでな」
俺もお茶をもらって一息ついてから、夫人の部屋に居る者達を全員拘束した事を伝える。
休んでいる者達の中で、夫人に忠誠を誓っていて邪魔になる者達を排除拘束するので、お前も手伝えと言うと笑い出した。
俺の話を聞いて執事が硬直している。
子爵と執事を連れて夫人の部屋に行くと扉の前に護衛が二人、子爵の陰に居る俺を見て身構えるが、即座に目潰しをして鉄棒で殴る。
手足を縛って猿轡をし、呆然とみている二人に手伝わせて部屋に引きずり込む。
室内に転がる男女を見て再び硬直する二人の尻を蹴飛ばし、此れからの行動を説明する。
執事に休んでいる者達を奥様がお呼びですと言って連れて来させると、次々と目潰しに鉄棒と流れ作業の様に片付けていく。
途中からロープが足りなくなりシーツを切り裂いて代用する羽目になった。
男女合わせて34人が子爵夫人の部屋に転がるさまは壮観、マグロの競り市でも始まりそう。
子爵の信頼出来る者を起こして事情を説明し、カラカス宰相に連絡して彼等を引き渡すので、其れ迄此の部屋に誰も入れるなと命じる。
命じられた者達の行動と表情から、転がっている奴等の日頃の言動が伺える様だった。
俺は子爵の執務室に行き、宰相閣下にお手紙を認めてクルス子爵に渡す。
「その書状をカラカス宰相に手渡せば、後は何とかなるよ」
「子爵風情が、いきなり宰相閣下に面会を求めても会って貰える筈がないが」
そう反論するクルス子爵に、カラカス宰相発行の身分証を見せて、衛兵にエイメル伯爵の一件でエディからの書状を預かっている、そう言って取り次ぎを頼めば大丈夫と言って送り出す。
俺は疲れたのでクロウに見張りを頼み、子爵の執務室でソファーに横になり朝を待つ。
* * * * * * *
エディに言われるままに深夜の王城に出向き、衛兵に書状を渡して教えられた口上を述べる。
暫し待たされた後に侍従が現れて、宰相閣下がお待ちですと告げられて城の奥深くへと案内された。
扉をノックし〈オルト・クルス子爵さまです〉告げる侍従の声に〈入れ〉と声がかぶる。
室内に入るとカラカス宰相の私室の様だったが、傍らのソファーに座って書状を読む男を見て慌てて跪く。
「あー良いよい。其処に座れ」
横に立つ宰相に促されて、恐る恐るソファーに座るが緊張で身体が上手く動かない。
書状を読み終えた陛下が宰相に書状の内容を問うているが、エディの事を当たり前の様に話している。
「ふむ、その方の夫人と取り巻き達は、屋敷にて拘束しているそうだが間違いないか」
エディの指示により一室にて監禁している旨を伝えると、色々と質問され返答したが、緊張のあまり全然記憶残っていない。
宰相閣下の指示に従い、深夜叩き起こされた王国騎士団100名を率いて屋敷に戻る事になったが、何故かカラカス宰相もついてくる。
* * * * * * *
拘束した全員を騎士団に引き渡すと、カラカス宰相に促されて執務室に向かう。
驚いた事に執事が部屋の前に立ち、エディ様はお休みですと伝えてくる。
執事がノックすると突然柔らかな物で足を叩かれたが、見れば黒猫が足下にいる。
宰相閣下は黒猫を見ると苦笑いして、中に入っても良いかと黒猫に尋ねている。
猫に何をと思ったが、次の瞬間黒猫は一声鳴いて扉の前から姿が消えた。
宰相閣下は頷いて扉を開けて中に入っていく。
彼は何者だ? エディと言う名は知っているが、彼といい黒猫といい常識外の事が多すぎて訳が解らない。
ソファーに横たわる彼を黒猫が尻尾で叩いて起こしている。
「もう少し静かにやってくれると助かるんだが」
「俺も静かな生活が望みですよ。街中で集団に襲われてはね」
「君なら楽に逃げられただろう」
「俺に害をなす奴は殺す。逃げれば又追われるし、首謀者も解らないからね。どさくさに紛れて数人確保して、命じた奴を問いただしていたんですよ。ミルヌからの帰り、ヘルズとジエットの間でローザン・エイメル伯爵夫人の放った、暗殺集団に襲われたのが始まりです。其れとは又毛色の変わった奴等だったので、誰に雇われたのか聞きたくて、結局身元を隠す囮でしたよ」
「今回は何故」
「たまたまですよ。クルス邸を調べていて子爵と夫人が完全別行動をしていると知り、楽な方法を採る事にしただけです。クルス子爵に相談したところ、快く協力を申し出てくれたので楽でしたよ」
「書状に記されている事に間違いはないかね」
「それはエイメル伯爵夫人が自供して直筆したもので、其れによってコーネリア子爵夫人を拘束しただけです。自供通りの行動を取っていたので間違いないでしょう。取り調べは其方でやって下さい。王国も不満分子を楽に排除出来るのだから、問題ないでしょう」
苦笑いで頷いているが、どうするつもりなんだろうね。
「クルス子爵、君は夫人の死亡届を出したまえ。そうすれば王国は君を無関係として扱う事になる、不要品を処分したら全て忘れたまえ」
「公表できないでしょうから、どう処分したのか教えてくれますか。クルス子爵に結果を記した書状を預けて貰えればよいです」
カラカス宰相は頷いただけで帰っていった。
「エディ殿、宰相閣下は何故あの様な事を・・・」
「コーネリア夫人が死亡していれば、クルス子爵家は俺の暗殺未遂に関わった者が存在しない事になる。依って王国から如何なる処罰も受けない・・・コーネリア夫人の存在を消し去れば、残った財産の処分はクルス家で勝手にやれって事ですよ。そして俺の存在を公表するなってね」
「承知した。執事以下屋敷に勤める者達には、厳重に口止めしておこう」
* * * * * * *
後日、カラカス宰相からの書状を受け取りにクルス邸を訪れると、衛兵に名前を告げると即座に中へ通されて、執事の最敬礼を受けて子爵の執務室に通された。
子爵からカラカス宰相からの書状を渡されて確認すると、ドルト・ワーゲル伯爵家及びソランド・エドモンド子爵家は、爵位剥奪,財産没収のうえ終生犯罪奴隷にしたと簡潔に記されていた。
《まっ、こんなもんだろう》
横から覗いていたクロウの意見に俺も同意する。
クルス邸を辞去しようとすると、執事がワゴンを押してやって来た。
革袋が多数乗ったワゴンを差し出され、僅かだが今回のお礼に受け取って欲しいと、真剣な顔で子爵に言われた。
聞けば夫人が使っていた地下の一室に、大量の金貨や宝石が隠されていたそうで、これはほんの一部だそうだ。
伯爵家からの財産分与らしいので遠慮なく受け取るが、30袋も有るのでクロウにも要るか問えば、猫に小判・・・金貨だから要らないって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます