第44話 実力差
突然三階の窓からもうもうと煙が出始め、続いて二階の部屋からも煙が溢れてくる。
〈うげぇぇぇ〉
〈火事だー、火元は何処だー〉
〈何だ此の酷い臭いは、ウゲッ〉
〈おえぇぇぇ、助けて〉
二階に詰めていた護衛達が必死で逃げ出している。
逃げ遅れた者は窓から飛び出し、其処此処でゲロを吐き倒れている。
〈何をしている! 火を消せ!!〉
〈皆を呼び寄せろ、水を寄越せ!〉
〈伯爵様危険です、此れは奴の陽動です。我々の側を離れない様にして下さい〉
〈おい其処の奴、此方に来て伯爵様の盾になれ!〉
おーお、大声で居場所を知らせてくれる親切な奴がいるが、本物かな。
《クロウあれって囮と思うか》
《いや本物だろう。非常事態に囮を護衛する意味が無いからな》
《しかしあんなにびっしり取り囲まれると、一人だけ抜き出すのも面倒そうだな、跳び込んで行く訳にもいかないぞ》
《干し草が未だ有るから、あの集団の中に放り込むよ。集団が散けたら目潰ししてから伯爵を引き抜いてよ》
残っていた薬草の干し草の中に火をつけ、伯爵を護衛していると思われる集団の頭上にポイポイ転移魔法を使って投げ込む。
今度はヘマをしないよう風上で火をつけたのでセーフ、火の点いた干し草を落とされた集団が毒煙でパニックになった所を狙いフラッシュを連続して炸裂させ周囲の者達の視界を奪う。
目的の人物を探すが人が多すぎて邪魔、目障りな奴等を20メートル程斜めに投げ捨てていると、一人の騎士に腕を捕まれた男が目に付く。
明らかに周囲の騎士や警備の人間と服装が違う。
《クロウ見付けた様だ、明らかに周囲の者と服装が違うし側を離れない奴がいる》
《じゃ其奴を屋根の上に放り上げてよ》
《騎士の一人が腕を掴んで離さないんだ》
《二人とも放り上げたら良かろう、上で何とかするさ》
屈強な騎士に腕を取られ、煙の少ない場所に移動している二人を屋根の上に放り上げる。
《行ったよ》
続いて俺も屋根に上がる。
屋根の上に放り上げられた二人は、落ちた場所が屋根なので下に向かって転がって行く。
落ちそうになる寸前クロウが再び上に上げると、又転がり始める。
三度繰り返すと流石に騎士も主人の腕を放し、転がり落ちるのを止めている。
落ちるのが止まってやれやれって顔の男を、今度は屋根の無い場所に放り上げるとそのまま地面に落下していった。
まるでギャグ漫画を見ている様だった。
伯爵と思しき男は、度重なる転移と落下の衝撃で呆然としている。
「伯爵様、エイメル伯爵様大丈夫ですか」
部下の振りをし、声を掛けると頷いている。
服装はぐしゃぐしゃに乱れているが上等な生地のもので、首のタイを止めている宝石も中々の物、伯爵に間違いなさそう。
《クロウ間違いなさそうだ、引上げよう》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
貴族街の街路を巡回警備する衛兵から、グローズ・エイメル伯爵邸の様子が何か変ですと報告を受けた当直の責任者は、取り合えず宰相閣下に報告しておくかと伝令を走らせる。
何しろ多数の貴族が不審死して以来、貴族の屋敷で不審な事が有れば必ず報告せよと厳しい達しが出ている。
その通達が再度念押しする様に出されたのがつい最近の事で、対応を誤れば出世どころか首が飛ぶ。
伝令を送り出した後、皆にエイメル伯爵邸から目を離すなと命令する。
それから暫くして、突然エイメル伯爵邸の三階からもうもうと煙が上がり始め、火事騒ぎとなった。
直ぐに火事騒ぎが起きたとカラカス宰相に連絡し、伯爵邸の門衛に何事かと質しに行くと必死の声が聞こえる。
〈伯爵様危険です、此れは奴の陽動です。我々の側を離れない様にして下さい〉
〈おい其処の奴、此方に来て伯爵様の盾になれ!〉
怒鳴り声が聞こえた、間違いなく異変が起きている。
再度伝令を出すが
〈エイメル伯爵邸にて伯爵自身が襲われている様だ。至急応援を寄越せ〉
と宰相閣下に伝える言葉も礼を失するものになった。
カラカス宰相はグローズ・エイメル伯爵邸が変ですとの一報を受け、万一に備え王都騎士団400名を待機させたが、2時間程で出動命令を出す事になった。
出動した王都騎士団からの連絡で、毒煙の様なもので重軽傷者多数の為、治癒魔法師団の派遣を要請する連絡がきた。
出動命令を受けた治癒魔法師団の一団が治療に当たったが、余り成果が上がらず困っていると聞きアイリにも出動命令を出した。
アイリを呼びに来た王家の者は、アイリを案内してエイメル伯爵邸に出向き患者に引き合わせた。
其処は重傷者が多数横たわり、さながら野戦病院の様相でびっくりしたが、自分の責務を果たすべく治療を始めるが直ぐに困惑した。
「これは病気や怪我じゃない・・・多分毒の影響ですよ」
ガーラン商会での事が直ぐに思い出された。
「治せませんか」
多数の重傷者が横たわるのを見て出来ないとは言えず、重傷者を取り敢えず死なない程度にすると言って治療を始めた。
それからは重傷者を少しだけ良くすると木桶を抱えて嘔吐し、又治療しては嘔吐するの繰り返しとなった。
時に耐えきれず自らに治癒魔法を使い、少し良くなると又重傷者と向き合った。
アイリを案内してきた者は、そんなアイリを冷静に観察していた。
途中治癒魔法部隊の者が口出ししてきたのを厳しく咎め、アイリの邪魔を一切させなかった。
40人以上を治療し胃液も何も吐く物が無く疲れ果てて治療を断念したが、その頃には重傷者は一通りアイリの治療を受けて容体が安定していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「また派手にやったものだな」
カラカス宰相から報告を聞いた国王の第一声がそれだった。
「やられたらやり返す、それも徹底してますね。敵側の人間には容赦なしってところが彼らしいです」
「彼を襲った者達の取り調べはどうなっている」
「自白しましたが証拠が一切有りません。彼等の家臣団は誰一人参加していません。取り潰した貴族の家臣や雇われ冒険者達だけです。精々見届け人として第三者の立場で見物していたのでしょう。呼びつけても惚けられて終わりですので、どうしようかと思案していたところです」
「取り潰した奴等の親族も、大人しくしていればな」
「貴族のプライドでしょう、事の善し悪しより面子で動いていますからね。他家の笑い者になった、笑い者にされた・・・誰のせいでと」
「証拠が無くて手出し出来ないなら、王国に被害が出ない限り放置するしかないな。もし貴族共で泣き言を言ってくる者がいたら、誰が見ても納得する証拠を持ってこいと言っておけ」
「取り敢えずエイメル伯爵に、騒ぎの釈明の為に出頭せよと通達しています」
「伯爵は無事だったのか?」
「いえ、姿が見えなかったそうです。騎士団の者が会わせろと言ったところ、この火事騒ぎで何処に居るのか判らない。と言われたそうです」
「と言う事は、もう生きてはいまいな」
「それと煙による重軽傷者のうち、治癒魔法部隊の手に負えない重傷者43名の治療を、アイリが一人で成したそうです。世話係の者をつけて確認しましたが治療に始めるに当たり、直ぐさま病気や怪我で無いと悟りました。世話係に無理かと問われ、やってみると言って治療を始めましたが、相当きつい様で嘔吐しながらの治療となり、途中自身を治療しながらだったそうです」
「治癒魔法部隊には、アイリに匹敵する治癒魔法使いが居ないか」
「世話係を命じた者からの報告ではレベルが違いすぎるそうです。それと治療途中に治癒魔法部隊の者がアイリに近づき、何か命じかけたそうです。勿論世話係が阻止したそうですが」
「王家直属の意味を理解していない様だな。魔法師団の師団長も治癒魔法部隊の者も、アイリに何も言う資格は無いと良く言い聞かせておけ。何方が上位者かもな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
《此処は又無防備だな。亭主は知らないのかな》
《執務室に何人護衛が居る?》
《居ないぞ、クルス子爵と思われる男が机に向かっているだけだ。ちょっと女房の方を探ってくるから待ってな》
・・・・・・
《居たぞ、何とまあ気位の高そうな侍女達だ、それと護衛が10人居るな》
《これは亭主に話を聞いておく必要が在りそうだな》
《だな、こっちは俺が見張っているから行ってきな》
教えられたクルス子爵の執務室にジャンプし、周囲を確認するが護衛はいない。
突然現れた俺に驚いているが、自分が襲われると思っていない様だ。
不思議そうに俺を見ているが、立ち上がりもせず壁に掛かった剣を取ろうともしない。
「クルス子爵だな」
小首を傾げて少し考えている様だったが恐れている風も無い。
「もしかして君はエディ君かね、妻に用事なら部屋が違うよ」
「どうしてそう思う?」
「最近護衛を増やし常に側に控えさせている、以前には無かった事だ。最近エイメル伯爵夫人と密談が多くなり、王城勤めの者達が頻繁にやって来る。漏れ聞こえる話の内容も、他人には聞かせられないものだ。加えて妻はリンブル・ソムラン伯爵の娘で、密談相手がエイメル伯爵夫人、ナルゲン・ブラバン侯爵の娘とくれば誰にでも判る事だ」
「妻を守る気は無いと」
「妻ねえ・・・貧乏子爵の元に嫁いだ伯爵家の娘、プライドだけが高いとどうなると思う」
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