第43話 毒煙

 深夜の貴族街を悠然と歩くクロウ、多数の野良猫が居るので誰も気にも留めない。

 地図で確かめた場所、グローズ・エイメル伯爵家の紋章を確かめると、鉄柵の隙間から中に入り庭を散策する。

 時に縄張りを主張するボス猫が現れるが、魔力を纏ったクロウに敵うはずも無く、横っ面を一発引っかかれて逃げ出すだけだ。

 茂みや暗がりを伝って屋敷の周囲を巡る、其処此処の暗がりや庭木の茂みに潜む警備の兵や騎士達は誰も気づかない。

 自分の周囲より灯りの点る部屋を注視している。


 試しに灯りの点る部屋の上の階にジャンプしてみるが、そこは無人であった。

 下の階の気配を探ると剣呑な雰囲気がビシビシ伝わってくる、完全な待ち伏せでグローズ・エイメル伯爵や伯爵夫人は居ないだろう。

 両隣の下にも人の気配がぎっしりと詰まっているし、向かいの部屋も同じだ。

 一度庭の暗がりに戻り、灯りの点る部屋を見ながら考えていて違和感に気づく。


 囮部屋の有るあの部屋は、玄関ホールをあがって直ぐ隣のへやだ。

 今まで襲った貴族の執務室は左右の違いはあれど、建物両翼の中間くらいに在ったはずだ。

 もう一度囮部屋の上階に跳び、執務室が有ると思われる場所の上に移動する。

 流石に貴族の屋敷だ下の階の気配は判るが、猫の耳をもってしても話し声は聞き取れない。


 本命の執務室は判ったが標的がいるとは限らない、ましてや今回は夫人だ。

 女だからと手加減するエディでは無いが、夫のエイメル伯爵がどの程度関わっているのかも知りたい。

 そう考えクロウは猫の特権を利用し、屋敷内の隅々まで偵察する。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「お帰り、どうだった」


 《手ぐすね引いて待っているな。囮部屋を作り隣接する部屋も手練れが潜んでいる。窓の外には弓兵を潜ませているし、多分魔法使いもいると思う》


 「で、その囮部屋に標的は居ないんだろう。自分を囮に使う度胸が有る御仁とも思えないんだが」


 《その通り。10人前後の護衛を引き連れて生活しているよ。夫人の寝室などは女騎士が張り付いているよ》


 「それを確認してきたって事は護衛を無視して拉致できるって事だろう」


 《良く判るな》


 「クロウが考え出した方法だぜ、で俺は標的の上の部屋で待機していれば良いのかな」


 《そうだが面白い方法を思いついたので、奴等を揶揄ってやろうじゃないの》


 翌日から王都周辺でせっせと薬草採取に没頭し、集めた薬草は乾燥して獲物袋に詰め込んでいく。

 目的の薬草も一カ所にそうそう生えて居る訳でもないので、集めるのに結構手間が掛かったが準備は整った。

 その夜クロウに連れられて長距離ジャンプ、一気に500メートル跳べるって便利。

 一度屋根の上に跳び、次いで屋敷の塀際に跳びクロウが周囲を確認し変わりない事を確かめる。


 《では予定の部屋に行くぞ》


 《任せるよ。今の時間帯なら皆起きている筈だから、ちゃっちゃとやりましょう》


 《気楽に言うよ。やるのは俺なんだぞ》


 《感謝してますよクロウさん。無事に終わればアイリの胸が待ってるよ》


 とたんに尻尾を高く上げご機嫌モードになるが、慎重に頼むぜ。


 鎧戸を閉めた窓から灯りが漏れる部屋で、ローザン・エイメル伯爵夫人が寛いでいた。

 壁際には男女6名ずつの護衛が壁際に並ぶ。


 《おいエディ、小母さんしか居ないぞ、伯爵の姿が見えない》


 《ではプランBでいきますか》


 《何だよプランBって》


 《映画で良く有るじゃない。予定変更する時に別の作戦に切り替えて》


 《あーそんな与太話はいい、小母さんだけ送るから宜しく》


 次の瞬間エイメル伯爵夫人の頭上で閃光が走ると、護衛の騎士達の視界が奪われ夫人の姿が部屋から消えた。


 《お届け物でーす》


 《はいはい、有り難うね。伯爵はどうする?》


 《小母さんを調べて関係しているなら、又来ればよかろう》


 《じゃー縛り上げたから引上げようか》


 クロウと合流し王都の外、草原のカプセルホテルに向かう。

 ジタバタする小母さんを5メートル程持ち上げて落とすと静かになった。


 「俺が誰だか判るよな。派手な歓迎パーティーを開いてくれたお礼をしようと招待したんだ」


 猿轡をしているのでモゴモビ言ってるが、きつい目で睨んでくる。


 「猿轡を外してやるけど此処は王都の外、騒げば野獣が集まってきて食い散らされて一巻の終わりになるからな。それを承知なら好きに騒げ。招待したのは俺を襲わせた理由と、賛同している貴族の名前が聞きたくてだ、それ以外の事を喋ると痛い目をみるぞ」


 猿轡を斬り落とし、俺を襲わせた理由を聞いてみたら、完璧に惚けてくれた。 囮部屋を作り手練れを多数配置し、庭にも弓兵を配している事を知っていると告げると言葉に詰まる。

 面倒なので頭にバレーボール大の火球を乗せてやる。


 〈ギャーアァァァ、熱い・・・止めて〉


 「聞かれた事を素直に喋れよ。お前が送って寄越した刺客が、何人死んでいると思っている。お前だけが安全地帯にいられると思っていたのか、理由を言わないなら火傷がもっと増えるぞ」


 顔の前に火球を浮かべると慌てて後ろにさがる。


 「お前のせいでセレゾ兄さんは死に、名門ヘラルドン家は滅亡私達に屈辱を与えたお前を許す訳にはいかない。どんな事をしてでもお前を殺す」


 「成程ね、では協力者の名前を言え、俺の事を通報した奴の名前もだ。王城や後宮に送り込んでいるお前の手先の名前だ」


 「ふん、そんな事をお前に教える気はない。殺せ!」


 「そっ、お望み通り殺してやるが、お前達が玩具にして殺してきた者の恨みを、少しでも味わって貰うから楽には死ねないよ」


 ソフトボール大の火球を身体の周囲に置き、小さな物を一つを腹の上に置く。

 縛られて居るので大した動きは出来ないが必死で逃れようとするが無駄な事だ。


 〈いやー、熱いやめてー〉


 次々と小さな火球を身体に乗せると悲鳴が絶叫に変わり、余りの煩さにクロウがカプセルホテルに逃げ込む。

 悲鳴がゴブリンがを呼び寄せ、臭い匂いと嫌な気配が近づいてくる。

 火球を消しゴブリンの前にライトを点し、伯爵夫人からよく見える様にする。


 「お前が呼び寄せたお客さんだ、ゴブリンに嬲り殺しになるとはお前にお似合いの最後だ」


 「ヒイー・・・たったすけ」


 「嫌だね、何も喋らないお前を助ける義理も無い」


 俺は伯爵夫人から距離をとりゴブリンが襲いやすい様にする。

 恐怖に震えながら縛られた身体で必死に逃げようとするが、ゴブリンは棍棒で殴り噛みつき肉を食い千切り始めた。


 〈ギャアァァァ ァァァ〉


 吐き気を催す光景だが夫人が死ぬ前に、ゴブリン達を空の彼方に跳ばしクロウに治療してもらう。


 「どうだ楽しかっただろう。喋る気になったか? それとも続きをやるかい、今度は素っ裸にしてゴブリンに提供するから、もっとおぞましい事になるな」


 そう言いながら夫人のドレスを切り裂き、手足の戒めを切り素っ裸にする。


 「そろそろ次の奴が来そうだが、聞かれた事に素直に喋るかゴブリンに嬲り殺しにされるか選べ」


 必死に頷き、震えながら俺の足にすがりついてくる伯爵夫人にクリーンを掛け、カプセルホテルの中に入れて紙とペンを差し出す。


 「お前と共謀している奴の名前を全て書け」


 震える手にペンを握らせ、同調者の名前を書かせる。


 リンブル・ソムラン伯爵の娘、コーネリア・クルス子爵夫人

 セレゾ・ヘラルドン公爵の甥、ドルト・ワーゲル伯爵

 ナルゲン・ブラバン侯爵・の弟、ソランド・エドモンド子爵

 実行犯は殺されたり取り潰された貴族達の、元家臣を集めた事を喋った。


 俺の存在は王家に行儀見習いや奉公に出している者達が、定期的に報告してくる仕組みになっていると白状したのでその名前を全て書かせた。

 貴族から送り込まれた人員は程度の差こそあれ、其の様な役目を持っていると、王家も承知しているだろうから参考程度だな。

 結局7家と言ったが4家が俺の暗殺に関与協力し、残り3家の家臣の少数が参加しているだけと判った。


 グローズ・エイメル伯爵の居場所は他家に招かれて外出中だそうだ。

 暗殺者を雇う資金は伯爵も承知しているって事で、伯爵も死んでもらう事に決定。

 ドルト・ワーゲル伯爵とソランド・エドモンド子爵にコーネリア・クルス子爵夫人も同罪だが、子爵夫人の夫が協力しているかどうか調べるのが面倒だ。

 先ずはエイメル伯爵を片付ける事にする。


 もうローザン・エイメル伯爵夫人に用はない、外に放り出して放置する。


 ・・・・・・


 ローザン夫人の姿が消え、大騒ぎしている筈のエイメル伯爵邸に引き返すと、屋敷は異様に静まりかえっている。

 囮部屋の灯りが消えているが暗がりや木の茂みに潜む者達は居る。

 夫人が拉致され囮部屋が無効と知り、伯爵の警護に集中した証拠だろう。


 《どうする、大分予定が狂ったな》


 《強硬策で行きますか。集めた薬草の干し草に火をつけて放り込み、騒ぎを起こそう。火事騒ぎになれば、護衛対象を守って屋敷の外に出て来ると思うよ》


 《よし三階の空き部屋と二階に潜む奴等の部屋に放り込んで、燻しだしてやるか》


 手分けして三階の空き部屋に薬草の束に火をつけていく、二階の気配を探り多数の気配のする部屋にも転移魔法を使って火の点いた干し草を放り込む。

 毒草の干し草の煙は強烈で、火をつけて放り込む迄の間ですら目眩と吐き気に襲われた。


 《うー気持ち悪い、クロウ治してよ》


 《まてまて俺が先だ、良くこんな酷い事を思いついたな》


 《えっ、クロウの発案だろう。奴等を揶揄ってやろうって言うから、せっせと毒草を集めたのに》

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