第36話 深読みの連鎖
漸く解放されてクロウとのんびり歩き出したが、考えが甘かったと悟ったのはメラートの街で入場待ちをしていた時だった。
入門待ちの列を監視していた衛兵が、足早に近づいて来ると敬礼して名を尋ねてきた。
嫌な予感しかしないが、入門時に冒険者カードを出せば自ずと名前を知られるので仕方なしにエディだと答える。
「領主様がお待ちです。ご案内します」
即行で門内に待機していた豪華な馬車に乗せられて、領主の屋敷に連れて行かれた。
出迎えてくれた執事も心得顔で俺を迎え入れると、主人の所に案内する。
綺麗な彫刻が施された扉をノックし〈エディ様がお越しです〉と告げている。
《エディ、完璧に何かと勘違いされているな》
《俺は水戸のご隠居と違うのに、止めて欲しいよな》
向かえてくれたのは恰幅の良い好々爺と言った雰囲気だが、抜け目がなさそうな男だった。
「これは良くおいで下された、エディ殿。リエージュ・オストと申す伯爵位を賜っておる」
「リエージュ・オスト伯爵様お初にお目に掛かります。一介のしがない冒険者をしております、エディと申します。何かお間違いの様ですので、此処で訂正させていただいて宜しゅう御座いますか」
いきなり切り出した俺の言葉に、一瞬考えてから頷く。
「私は冒険者、流民で御座います。暇を持て余して隣国に有ると聞く、海というものを見てみたいと旅をしていますが、この様な歓待を受けると有らぬ誤解を招き色々差し障りが出ます。出来ますれば、このまま静かに御領地を通過させて頂けないでしょうか」
「失礼だが通行証・・・身分証ををお見せ願えるかな」
傍らの執事に渡すと執事から受け取り、表裏をじっくりと眺めて何か一人納得して頷き返して寄越す。
「いや、要らぬ気を回して失礼した。お役目に障らぬ様に心がけましょう。が、せめて馬車を使って頂ければ幸いです」
《完璧に先読みしすぎて、とんでもない事になっているな》
《仕方がない、歩くより快適な馬車の旅を楽しもうじゃないか》
《お前は気楽で良いな。でも釘は刺しておかないととんでもない事になりそうなので、一言言っておくよ》
「オスト伯爵様お心遣い感謝いたしますが、此の事はご内聞にお願い致します。有り難いお心遣いですので、馬車だけは隣の領地までお借り致します。ですが、隣の御領主様には内密にお願いいたします」
「おおそうか、判っておる。馬車は直ぐに用意させよう。歩いていては時間が掛かり過ぎるからな」
《駄目だ、まったく理解していない》
《諦めろ。身分証の威力がでかすぎるせいだ》
痛くなる頭を抱えて、オスト伯爵差し回しの豪華な馬車で伯爵邸を後にした。
《エディ考えたんだがな、大勢の貴族が粛正されているだろう。そこへ宰相発行の身分証を持つお前が現れたらどうなると思う。此処で宰相や王家の機嫌を損ねると、あるいは自分達もと考えた筈だ。それに前にも言ったが、お前が隣国の海を見に行くと言えば、他国の内情を探りに行くか、はたまた王家や貴族に対する密書を運ぶお役目だと思う。疚しい事の有る貴族には内情を探りに来たと思われているかもな、諦めろん》
《でも本当の事だぞ、まさか海鮮料理が食べたくてとも言えないしなぁ》
《良いじゃん。こんなに乗り心地の良い馬車で旅が出来るとは、思っていなかったからな》
気楽な事を言って、柔らかなシートに座り込んでいるクロウ。
確かに、一日数百回尻を攻撃してくる乗合馬車に比べれば天国だよな。
* * * * * * *
国境の町ヘルズが、遠くに見えたところで降ろしてくれと頼むと、心得顔で頷かれてしまった。
馬車の御者にまで何を吹き込んでいるのやら、御者や護衛の騎士達に礼を言ってヘルズの町に向かったが暫くは俺が町に向かうのを見ていた。
《おー漸く安心して引き返して行ったぞ》
「こうなると貴族も大変だよな。下手な事をすれば降格だし、貴族位剥奪ともなれば生活も大変だろうしな」
《人の事は気にしない。行こうぜ、海鮮料理が待っている》
背中をポンポンと尻尾で叩いて行けと促すが、未だ道半ばって判ってるのかね。
ヘルズの町からワレヘムの町にはスムーズに入れたが、ここから先オーザン迄三日程は荒れ地の続く危険地帯なので、冒険者と謂えども一人旅は許されなかった。
馬車賃銀貨9枚ぼったくり価格で絶対領主と結託しているに違いない。
客が集まり次第出発と言われたが、この調子だと2、3日で出発出来ると聞き行商の荷車の護衛をする事にした。
俺以外に5人の冒険者が護衛に付くが、ブロンズ一級の俺はぺーぺーの扱い。
他はブロンズの二級からシルバーの二級まで二人組と三人組だ、荷車なので人は乗れないが最後尾の馬車の後ろには見張りが乗る。
俺は尻が柔らかいので歩く事を選択したが此れは正解、馬車の後部に座っているのを見ると盛大に跳ね上げられている。
三台の荷馬車の前後左右に護衛を配置しての行程は、長閑な旅だが勝手気ままに歩く事が出来ないので不便である。
乗合馬車で三日の所を荷馬車だと四日でオーザンの街に着くのだが、三日目の昼前に後方の見張りが声を上げた。
「ウルフだ、右後方6頭いるぞ」
「小僧ウルフ相手にやれるのか、下手をすると承知しねえぞ」
偉そうに言ってるが、おっさんこそ大丈夫かよ。
俺がお財布ポーチ持ちだと知った瞬間から何かと絡んで来るが、万年ブロンズの二級なのは知ってるんだよ。
俺が格下だと舐めてると痛い目をみる事になるぞ、言わないけどな。
《クロウ頼むよ》
《任せとけ、ポーズだけはとれよ》
《30mでやるから宜しく》
《了解》
駆け寄ってくるプレイリーウルフ、精々シェパードの1.5倍位かな、先頭のプレイリーウルフに掌を向けてだるまさんが転んだと呟く。
それを聞いてクロウが50cm程のフレイムを先頭のウルフの鼻に出現させる。
もろに火球に突っ込んだ奴がびっくりして突撃が止まるが火球が消えない。
〈ギャウゥゥ〉
〈ギャン〉
歩き旅で退屈な俺とクロウが編み出した変則フレイムだ。
元来フレイムは焚き付けの為のもので、移動している物体には突き抜けられて終わりだ。
騎士の鎧という物に火を点けられるのなら、動いている動物の一点に火を点ければ良いんじゃねとなり練習した成果だ。
1mを越える火球は必要無い、10cmの火球でも良いのだが俺の火魔法だと思わせる為に50cmの火球にしている。
これなら股間に押しつける様に作るのと大差ないので、練習してみたら思ったよりも簡単にできた。
今まで1mを超える火球で人を焼いていたのは何なのよと、一人で突っ込んでしまうほど簡単だった。
三頭目の鼻に火球を作った所で残り三頭が逃げ出した。
〈ギャウン〉
鼻先に出来た火球の為に息が出来ず直ぐに静かになり絶命、やれ無事に終わったと回りを見ると皆びっくりして俺を見ている。
「エディは火魔法が使えるのか」
「自慢するほどの腕でも有りません。身を守る程度ですよ」
「お前一人で倒したからと言っても此れは山分けだからな」
「判っていますよ。約束ですからね」
フンって鼻息荒く背を向けるが、役に立たない奴ほど威張るよな。
獲物は俺のお財布ポーチに収めてオーザンの街に向かい、予定通り四日目の昼過ぎに到着した。
冒険者ギルドで護衛依頼の銀貨四枚とプレイリーウルフの取り分銀貨一枚を貰って解散の筈が万年ブロンズが絡んで来る。
「おっさんいい加減にしな、小僧相手と意気っていると怪我をするぞ。稼ぎを不意にしたくなかったら静かにしていろ」
「小僧が魔法が使えるからと意気がるな、なんなら訓練場で片を付けるか」
「いいよ。稼ぎが不意になるのは可哀想だけど鬱陶しいんだよ」
〈オー喧嘩だー、訓練場を空けろ〉
〈何だ又万年ブロンズが絡んでいるのか〉
〈彼奴って、弱そうな年下だけを狙って絡むよな〉
〈俺達には絶対に絡まないけどな〉
「はあー色々言われてるなぁ。おっさんは俺に勝てると思って絡んだのかよ」
「なっなんだ、謝れば許してやるぞ」
「阿呆くせえ、怪我の治療代の心配でもしてろ」
「おい誰だ模擬戦をする奴はさっさと来い」
「呼んでますよ。行きましょうかねおっさん」
「なんだ、お前はまた新人に絡んでいるのか」
「絡まれてるのは俺だよ」
「えー、訓練場で片を付けようと言ったのはそっちだろう」
「どっちでもいい、さっさとやれ! 俺も忙しいんだ」
せっかちなギルマスの合図で始めたが、腰が据わってないド素人の力任せの棒振り剣法だ。
魔力を纏っている俺から見ると弱すぎるが、絡んできた奴に手加減する気は欠片も無い。
打ち込んできた木剣を軽く払い、膝裏を短槍に見立てた棒で軽く叩くとバランスを崩しているので、フルスイングで殴り倒す。
顔面直撃で鼻は潰れたね、魔力を纏っているので並の怪我では済まないが、絡んだ自分が悪いのだと諦めろ。
ギルマスの止めの声を聞きながら、ニヒルに決めてギルドを後にする。
オーザンを過ぎてからは平穏な旅となったが、平凡だが割と野獣が多い、今日もブラックウルフの群れと出くわしたので、ウルフをポイポイ投げ捨てる。
クロウが思いつきで転移魔法で逃げるのも面倒だから、逆に相手を転移させようぜと言い出した。
話を聞き、以前屑共を投げ捨てたのを思い出したがあれは静止目標だ。
走っている奴は初めてなので練習してみると、以外と簡単にできたので野獣に出くわしたら此の方法で撃退する事にした。
何せ相手を上空に放り上げる、転移させるだけだから気楽なもので在る。
たった一つの注意点は自分の上空には放り上げない事だけ。
落ちてきた野獣に止めを刺し、マジックポーチに入れるだけの簡単なお仕事。
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