第37話 嫌がらせ

 モルズの冒険者ギルドに寄り、ブラックウルフ9頭の買い取りを依頼して食堂に行き不味いエールで一休み。


 「兄さん中々腕が良さそうだが、頼みを聞いてくれないか」


 買い取りの爺さんと一緒にやって来た男に声を掛けられた。

 海鮮料理が待っているのに、こんな所で足止めをくらう気は無いので断ると、ギルドの強制依頼にすると言い出した。


 「言っとくが俺はブロンズの一級だ、強制依頼は無理だぞ」


 「本当かよ、ブラックウルフ9頭も一人で狩ってくるから、凄腕だと思ったんだがなぁ」


 「この街にシルバーランクは居ないのか」


 「あいにく出払っていてな、モルズからゴードへの街道沿いで、ゴブリンの群れを見たって通報がさっききたんだよ」


 「ゴードへの街道沿いか・・・数は?」


 「30以上いるって話だ、ブロンズだけで偵察に向かわせるのも心配でな」


 「悪いね参加は無理だがこれからゴードに向かうので、出会ったら数を減らしておくよ」


 「それなら途中まで偵察の奴等と一緒に行ってくれないか、街の周辺にいないか確認の為に2,3時間の距離まで行ったら引き返すので、其れ迄付き合ってやってくれ」


 サブマスの頼みを聞いて了解するが、俺より100メートル以上離れて歩く事を条件にする。

 近くでガヤガヤされると気配察知が出来ないし、クロウとのお喋りも念話では面倒だから。

 紹介されたのは万年ブロンズって雰囲気のおっさん小母さんに、冒険者生活3,4年といった感じの者まで12人だ。


 査定の紙を貰い精算をすると、ぞろぞろと集まってくる冒険者達。

 金貨13枚銀貨5枚を受け取ると後ろで騒めきが起きる。

 サブマスの説明の後出入口の門に向かうが、何かと話しかけて来る者が数人いて鬱陶しい。

 街の外に出ても離れようとしないので注意しておく。


 「サブマスの話を聞いてるよな、100メートル以上離れてくれないか。それと冒険者なら街の外に出たらお喋りは止めな、回りの気配が判らないだろう」


 「はいはいブラックウルフを一人で討伐する、凄腕のブロンズランクさんの言うとおりですね。お手並み拝見しますよ。武器も持たずに街道を歩く猛者ですものね」


 お財布ポーチから短槍を取り出して突きつけ、ゴブリンの群れを見付けたら振るからと伝えて歩き出す。


 《何処にでも居るタイプだな、自分は精進せず他人を羨んで僻む》


 「だな、ゴブリンより後ろが恐いってところかな」


 《12人が示し合わなけりゃ襲っては来ないだろう。ブラックウルフ9頭討伐するエディを相手にするには、それなりの覚悟がいるからな》


 「しかしゴブリンの群れに出会っても転移は使えないな。近接戦闘は恐いから嫌いなんだよね」


 《魔力を纏ってだから、相手の動きを見て楽に闘えるだろう。ましてやゴブリン如きに遅れをとるとは思えないが》


 「じゃあ半分はクロウに任せるわ」


 《却下、あんな臭い奴は治癒魔法の練習の時で懲りた》


 2時間ほど歩いた所でクロウが臭い、ゴブリンの臭いがすると言い出した。

 少し行くと俺にも判るほど臭いが近くにはいない、周囲を見回していると風向きが変わった。


 《ウェー、臭いぞ》


 風上を見ると遠くで草叢がざわざわ揺れている、5頭や10頭ではない様子に合図の短槍を持ち上げて振る。


 《行くのか?》


 「ああ、彼等がいたら動きにくいから、それに奴等は偵察隊だ。先にやって数を減らし後は彼等に任せるよ」


 見れば俺の合図を見たはずだが急ぐ様子がない、やる気がないならそれも良し勝手にやらせてもらう。

 街道からそれ後続から見えない場所でジャンプし、ゴブリンの群れを確認して手薄な所を探してジャンプし戦闘開始。


 〈グギャーギャギャ〉

 〈ギャーギギ〉


 突然俺が現れびっくりしている隙に、突き刺し蹴りつけ首を撫で斬りにし先ず7頭。

 すかさず群れの外に跳び、背中を見せているゴブリンを斬り付ける。

 4頭殺した所で気づかれ叫び声を上げたので、真反対に跳び又後ろから斬り付ける。


 〈ギャギャ〉

 〈ギェー〉


 ギャーギャー煩いんだよ、静かに死ね!

 魔力を纏って斬り付けジャンプし又斬り付ける、後続が来る気配がないが始めた以上最後までやらなくっちゃね。

 少数のゴブリンが逃げ出した時には周辺がゴブリンの死体だらけになっていた。

 逃げたのは10頭もいないので放置し後続を待つが来ない、街道の方を見ると俺が街道をそれた場所でキョロキョロしている。

 ゴブリンの悲鳴を聞いただろうに何故来ない、仕方がないので街道に戻る。


 草叢を掻き分けて現れた俺を見て全員腰が引けている。


 「お喋りに夢中で俺の合図も見えなかったのか」


 「いっいや、いきなり姿が見えなくなったから」


 「前を歩いていた俺の姿がいきなり見えなくなったのか。俺は合図してから道を逸れたんだ、それをいきなりと言うなら冒険者を辞めろ」


 ゴブリンの血を浴びて臭いのでクリーンを掛けてから、ゴブリンの死体の転がる場所に連れて行き後の始末を任せる。

 そこら中にゴブリンの死体が転がっていて、噎せるような血の匂いに吐き出す者までいる。

 魔石の取り出しを頼んで背を向ける。


 「あの、魔石の取り分は・・・」


 「やるよ偵察のお駄賃だ。手早くやらないと血の匂いで野獣が集まって来るぞ、一人3,4体で済むはずだ。10頭前後は逃げたとサブマスに伝えてくれ」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ゴードを過ぎキラル,ドラルド,ホーゼイと何事もなく旅は続いたがリンブルに向かっている時に野獣に怯える一行と出会った。

 街道の真ん中で立ち往生しているから馬車の故障かと思ったら、道の先にビッグボアが三頭道の直ぐ側で寝転んでいる。


 《困ったもんだ、遠回りするか》


 《だな、ジャンプする訳にもいかないだろうし。任せるよ、俺は少し寝る》


 猫は気楽でいいな。


 おれが道を逸れて遠回りしようとするのを見て、馬車の隣で忌々しそうにビッグボアを睨んでいた男に声を掛けられた。


 「兄さん冒険者なんだろう、彼奴を何とかしてくれよ」


 「冒険者だからって相手はビッグボア三頭だ、無理だね俺はしがないブロンズランクだ」


 「チッ、役に立たねえ奴だ」


 てめえが行けっと言いそうになったが、此処で揉めて寝ているビッグボアを起こすと厄介だから黙って去る。

 馬車から見えない事を確認してジャンプ、一気に行きたいがクロウはバッグの中でお昼寝ときた。


 遠回りして無事街道に戻り歩いていると、後ろから馬車が近づいて来る。

 彼等も無事に通れたのかと振り向くと、馬車は俺が歩いている側に寄せ迫ってきている。

 反対側に寄る暇はない、慌てて草原に飛び出すと御者が鞭を振り顔に激痛がはしり、通り過ぎる馬車の中から笑い声が聞こえてくる。


 《エディもっと静かに歩けよ》


 「悪いクロウ、暫く離れていてくれ」


 《何かあるのか・・・ん、どうしたエディその顔は》


 「彼奴らは唯では済まさない」


 《ちょっと待て、何があったってか、あの馬車か。傷を治すから少し待てよ》


 クロウの治療で痛みも傷も消えたが後悔させてやる。


 「有り難うクロウ。彼奴らには余計な事をした事を後悔させてやる」


 《まてよエディ、俺に良い考えがあるから任せろ。お前が行くと後々不味い事になるかもしれないしな》


 俺の話を聞き、牙を剥き出し怒りながらクロウの姿が消えたが、消える寸前淡い金色に毛色が変わり一回り大きく見えた。

 昼寝の邪魔をされて相当怒っているようだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エディを鞭打ち笑いながら去って行った馬車は、街道脇の茂みから飛び出してきたクロウに襲われる事になった。

 茂みから飛び出したクロウは〈ウギャーァウァァ〉という雄叫びとともに馬の背に跳び乗ると首筋に爪を立てた。

 驚いて駆け出した馬を必死で制御する御者に跳び乗ると、顔にざっくりと爪痕を残す。

 馬車の中ではいきなり暴走を始めた事に驚き、御者を怒鳴りつけているが其れも直ぐ悲鳴に変わった。

 御者の顔を左右の手で引っ掻いたクロウが馬車の中に跳び、乗客の顔に爪を立て切り刻んでいた。

 乗客四人の顔を傷だらけにすると、窓から飛び出してエディの元に戻った。


 しかし馬車の暴走は止まらず、街道から逸れ岩に乗り上げ横転して漸く止まったが、御者も乗客も傷だらけで呻いていた。

 特に御者は馬車から投げ出され、手足の骨があらぬ方向に曲がり呻いている。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 《よお、奴等全員の顔を切り刻んでやったぞ》


 クロウの話を聞いて笑ってしまった。

 手加減をしたとは言っているが、クロウに引っかかれたら酷い傷になるのは間違いない。

 それも猫の手だ一掻き五本の爪痕が付く事になる、生半な治療では綺麗に治るまい。


 30分程歩くと街道脇に横転した馬車が見え、傍らには男達が血塗れの顔で座り込んでいた。

 相手をする気が無いので、黙って通り過ぎようとしたのに声を掛けてくる。


 「兄さん済まねえがポーションを持ってないか。金を払うから分けてくれ」


 「さっき俺に何をしたのか忘れたのか、その前には役に立たねえと罵っていたじゃないか。ポーションが欲しけりゃ、ホーゼイに引き返すかリンブルに行くんだな糞野郎」


 俺にそう言われて初めて嫌がらせをした相手だと気づいた様だ、しかし俺は親切な男だ一言だけ忠告してやった。


 「もうすぐ陽が暮れるから野獣には気をつけろよ」


 通り過ぎる俺の後ろから何か情けない声が聞こえるが、頑張れよとしか思わない。

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