第35話 密使

 クロウには少し離れて俺のバックアップをお願いし馬の後ろにジャンプ。

 お馬さんゴメンねと心で詫びて、ピンポン球程の火球をお尻に押しつける。


 〈ブヒイィィィン〉


 熱かったのか一声鳴いていきなり棹立ちになり馬から落ちる男、隣にいた男が驚いて振り向いたところに目潰し攻撃。

 落ちた男が腰を押さえて呻いているので、後頭部を蹴りつけて痛みを忘れさせてやる心優しい俺。

 目潰しされて身動き出来ない男と、気を失っているボスらしき男を縛り上げてから応援に向かう。


 「弓と魔法使いは倒したから後は其奴らだけですよ」


 俺が賊の後ろから大声で叫ぶと、取り囲んでいた男達に動揺が起きる。

 すかさず防衛側の男達が反撃に出るのを後ろから援護すると、五分も経たずに逃げ出した。


 「済まない助かったよ。見ない顔だな」


 「旅をしています。この辺は初めてです」


 「おい、その小僧は賊の仲間ではないのか?」


 少し良い服を着た狐面の男が、俺を賊の仲間だと言い出した。


 「モズラ様、助けてもらってそれは無いでしょう。此方が劣勢なのは誰もが判ってましたから、援護されてなければ下手すりゃ全滅ですよ」


 「どうもお邪魔の様ですね。俺は先に行かせてもらいますよ」


 「待て! ますます怪しいぞ。俺が見抜かなければ隙を見て囚人共を逃がすつもりだったのだろう。この小僧を捕まえろ」


 《エディ、役人の様だから通行証を見せろ。役に立つ筈だ》


 「何処の領地のお役人様か知りませんが、私の通行証です」


 カラカス宰相発行の通行証を喚く男に見せると〈フン〉と鼻息荒くもぎ取り繁々と見つめて顔が強ばりだした。


 「おまっお前、貴方これは本物なのだな・・・ですか」


 《うわー、威力抜群だよクロウ》


 《こういう立場を利用して威張る奴には良く効くお札だな》


 《水戸の爺さんになった気分だよ》


 「紛い物を貴方に見せるほど間抜けに見えますか」


 「失礼致しました。私バルズの領主、ハウト・ゲーレル子爵様の騎士隊長を務めますモズラと申します。大変失礼いたしました」


 変わり身の早い面倒そうなおっさんだね。


 「ああいいよいいよ、向こうに縛り上げている奴が居るから引き取ってよ」


 護衛の冒険者とモズラを連れてボスと思しき男と護衛の所に連れて行く。

 気持ちよく寝ている男をモズラに紹介して引き渡すと、次の場所に連れて行く。


 「此の二人は魔法使いらしいから気をつけてね。後三人向こうに居るからそれもお願い」


 「へっ、あっ・・・これ全部貴方が」


 「あっ此奴に手伝ってもらったよ。此奴凶暴だから余計な事をしないでね」


 肩にのるクロウを撫でながら伝えると、不満そうにクロウが唸る。


 《おい、凶暴はないだろう。綺麗な女性に愛される心優しい俺を凶悪犯みたいに言うなよ》


 《唯の猫ちゃんだと思われたら、このおっさん絶対に陰で蹴りつけて来るぞ。それでも良ければ可愛い子猫ちゃんを演じていろよ》


 不満そうに唸っているが納得した様だ。

 モズラのおっさんはクロウの唸り声に腰が引け気味になっている。


 「いい腕だな、俺はバルズの街で冒険者をしているダイザだ」


 「エディだ、フルンの街で登録したが旅の途中だよ」


 「周辺を荒らしていた賊を捕まえて護送中だったんだ。奪い返されたら面目丸潰れになるところだったよ」


 「やっぱりね、普通の馬車とは違うし揃いの服を着ているから、何処かの領主の手勢だと思ったよ」


 「しかし猫が攻撃して三人も捕まえるかね」


 此奴は頭が良いのさとクロウを撫でながら惚けておく。


 俺もバルズに向かって居るので、護衛の手伝いがてら同行することになった。

 アキレス腱を切断して歩けない男達を護送馬車に放り込み、残りの男達は数珠繋ぎにして馬車の後ろを歩かせる。

 弓で射られた男達は苦しそうだが治してやる訳にはいかない、素知らぬふりで同情だけしてやる。

 まっ命が助かったのだから良いでしょう。


 その夜は野営となり俺は彼等より少し離れた場所にカプセルホテルを出してお休み。

 冒険者や護送の騎士達には呆れられたが、ランク5のマジックポーチを持っているからねと惚けておく。

 最初に話しかけてきたゾルゲンが、そんな事ではないのだがとぼやいている。


 翌日の昼過ぎにはバルズの街に到着したが、さっさとお別れとはいかなかった。

 盗賊7人捕獲の報奨金を支払いますので暫くお待ちくださいと、街の入り口の衛兵詰め所で待たされる事になってしまった。

 ドカドカと足音高くやって来てノックもなくドアが開くと、騎士とみられる男がドアを支え、ハウト・ゲーレル子爵様だと告げる。

 あっけにとられて騎士を見ていると〈跪け!〉と怒鳴りつけられた。

 此れだから貴族は嫌いだよと思いながら渋々膝をつく。


 「よい、通行証を見せて貰えるかな」


 声を掛けられ見上げると、これぞ貴族様って雰囲気の男が見下ろしている。

 嫌とは言えないよな、クロウはバッグの中でシカトしていやがる。

 黙って通行証を取り出し差し出すと、怒鳴りつけて来た男が横からひったくり通行証をジロジロ見てから子爵に渡している。


 受け取った子爵もじっくりと通行証の裏表を確かめてから、立つ様に言い名前を聞いてきた。


 「名前を確認したい」


 「エディですが、ご不審な点でも」


 「貴様言葉を慎め!」


 「黙っておれ! エディ殿、私はバルズの街を預かるハウト・ゲーレル子爵だ。賊の襲撃を撃退していただき感謝する、賊の捕獲に対する賞金は後ほどお渡しするが屋敷にお越し願いたい」


 《おいクロウ面倒事の予感しかしないんだが》


 《とんずらするか。しかし此処で転移魔法を見せるともっと厄介な事になりそうだぜ》


 「そう嫌そうな顔をしなくてもよい、少し話を聞きたいだけだから」


 「失礼ですが子爵様、面倒事は嫌いなんです。その通行証が気に入らなければ子爵様から返してくれても宜しいですよ」


 「失礼した。貴殿が旅の途中と聞いたもので、お役に立つことが有ればと思ってね」


 《おいエディ、地図・・・ムラーデスまでの地図と出来ればムラーデス国内の地図も有るなら見せてもらえ。お言葉に甘えろ! 甘えまくって美女も要求しろ》


 エロ猫の後半の言葉は無視することにした。


 「私こそ失礼しました子爵様、ムラーデス王国に向かう途中ですので道中が判る地図が有ればお見せ願えますか」


 快く承諾してくれたので招待に応じる事にしたが、先程怒鳴りつけてきた騎士が怪訝そうな顔で俺と子爵を見ている。

 子爵様の馬車に乗せられお屋敷に連行・・・招待される事になったが肩が凝りそうだ。

 子爵邸はエルドバー子爵の屋敷より立派な作りで、貴族って儲かるのねと感心してしまった。


 出迎えた執事は俺の顔を見て怪訝な表情だったが、流石は執事だ騎士とは態度が違い冒険者の俺にも丁寧で有る。

 子爵様と同乗しているからなので当然か。

 

 サロンに招き入れられお茶を頂きながら、ヘラルドン王国の地図を見せてもらう。

 伊能忠敬の地図には及ばないが、それでも充分詳細な地図が出てきてびっくり、貴族は王国の軍事力の一翼を担うものだからとうぜんか。

 クロウがバッグから顔を出し熱心に見ている。


 《なあ、南に行けば海って言ったが、結構うねうねしているな》


 《そりゃー山あり谷ありだから当然でしょ。何百キロも一直線だったらその方が恐いよ》


 「エディ殿、その猫は」


 「お聞きでしょう、私が猫を連れている事は。一時お尋ね者でしたからね」


 にっこり笑ってそう言うと顔が引き攣っている。


 ムラーデス王国の地図は流石に詳細な物は手に入らない様だが、それでも結構詳しい地図を分けてくれた。

 流石にヘラルドン国王の地図は見るだけだと断られたが、このまま南に下れば目的の海に行き当たる様なので満足だ。

 翌日一夜の礼を言ってゲーレル子爵邸を後にするが、ムラーデス王国の国境までお送りしようと言われて仰天する。

 水戸のご老人より威力がある通行証の様だ。

 必死に断りゲーレル子爵領の境界がある、次の街メラートとの中間点までにしてもらった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エディと子爵の乗った馬車の護衛をして屋敷に戻った騎士は、子爵の執務室に呼ばれ昼間の態度を責められた。


 「お前も聞いていた筈だぞ、猫を連れた小男か少年には手出しをするなとの王家からの達しを。居場所の確認をしても如何なる干渉も許さずとあったのに、何という無様な事をしてくれた。危うくゲーレルの家名に傷が付くところであったわ。伊達や酔狂でカラカス宰相が通行証を持たせたていると思ったのか。現に旅の目的地はムラーデス王国だ、海を見に行く等と悠長な事を言っているが、内情を探りに行くのは間違いない。それにあの服装を見ろ、くたびれて見えるが上等な物で多分防御用の付与魔法が掛けられている。明日の旅立ちに馬車を提供するが、お前が護衛の責任を取り今日の失態を償え」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エディを乗せた馬車は2日掛け、バルズとメラートの中間地点まで送ってくれたがそれ以上は強固に辞退し、約束どおり草原の途中で降ろしてもらった。

 その間騎士は主人に仕える如くエディに接するので辟易していた。



 「いやー、何を勘違いしたのか知らないが疲れたねー」


 《あれじゃね、ほれ映画とかアニメで良く有る隣国への密使。何せカラカスっておっさんの通行証を、一介の冒険者が持っているから勘ぐったのだろう》


 「そんな難儀な仕事をする気は毛頭無いのにな」

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