第34話 一級治癒魔法師

 エディに言われて後ろを振り向き、苦笑しながらカラカス宰相が振り返る。


 「済まんね。彼等は私に危害を及ぼしそうな者に対して、反応する様に訓練を受けているのだ。だが攻撃されない限り、勝手に攻撃はしないので気にしないでくれたまえ。彼女は現在判っているだけでも十分な地位を保証出来るので、武術大会の様な事は二度と起きないと約束出来るよ。王家に雇われても、普段はガーラン商会での仕事を続けてもらって結構だ。それに王家治癒魔法師の地位が有れば、貴族や豪商達の干渉を受けなくて済むだろう」


 その辺りは先日の話し合いで判っていた事であり、アイリにも伝えていた事なのでアイリは正式に能力を試す事になった。

 当日付き添えと駄々を捏ねたが、先々一人で行動しなければならないので一人で行かせた。


 俺やクロウがのこのこ付いて行くのが判っていれば、不意打ちで殺される恐れが無きにしも非ず、とは言えないしな。

 今回もクロウがこっそり安全を確かめていたので堂々と付き添い、アイリの後ろに立っていられたのだから。


 夕方馬車で帰ってきたアイリの報告に依ると、一級治癒魔法師の資格をもらって正式に契約したいがどうかと聞かれた。

 条件はヘラルドン王国、王家直属・一級治癒魔法師として5年毎の契約。

 契約金として金貨200枚、月に金貨40枚の俸給と住居は安全の為に、王城に勤める者達が住まう一角を提供するのでそこに住まうこと。

 仕事は必要な時に呼び出すので城の近くで安全な場所にする必要が有ると言われたらしい。


 それ以外の時は、今までどおりガーラン商会に行くも良し、他に治療するも自由だそうだ。

 ただし行き先は常に報告し、非常時に行き先不明で見付からない事のないようにとの事だそうだ。

 完全に囲い込んで自由を奪うより、紐だけ付けて優秀な人材を確保する方向とは、中々やるなとクロウと頷きあう。

 翌日アイリは正式に契約の為、迎えの馬車に乗り王城に出かけて行った。


 帰って来て見せられたのが、ヘラルドン王家直属・一級治癒魔法師を示す身分証だ。

 冒険者カードとよく似ているがヘラルドン王国の国章、ドラゴンと交差する槍が描かれていた。

 そして渡されたのが同じ紋章だが、カラカス宰相発行の通行証で俺の名が記されている。

 問えばアイリの住まうところは、王城に勤める者でも中堅クラスの者達が住まう場所なので、街の出入りに通行証を必要とするそうだ。

 アイリの資格なら上級者の住まう場所になるが、息苦しいだろうし独り身なのでそこにしたと宰相様から言われたとご機嫌だ。


 「もう独り立ち出来るだろうから、俺が来なくてもやっていけるだろう」


 「もう来てくれないの、クロウに会えなくなるの」


 そう言ってクロウを抱きしめてスリスリしている。

 クロウもアイリの胸に顔を埋めて〈ナアォ~ォォ〉なんて甘い声で鳴いている。


 《変態親爺、海に行くんじゃないのかよ。海鮮料理はいらないんだな》


 《アイリの胸を捨ててまで、海に行くのはちょっと考えるな。それに二月近く歩くって言うじゃないか、俺の可愛いあんよでそんな過酷な旅は考え物だ。エディ一人で行って魚とエビを収納に入れて持って来てくれよ。あっ蟹も頼むよ》


 バッグの中で、のうのうと寝ている奴の台詞かよ。


 「ねえ、時々来てよ。私には、エディしか頼りになる知り合いは居ないんだから」


 《エディ、OKしなよ。海鮮居酒屋は俺が付き合ってやるからさ》


 《その辺の飲み屋に行くんじゃないんだぞ、判ってるのかよ。このエロ猫!》


 まあ時たま気が向いた時でよければと了承して、通行証を受け取った。

 通行証に血を一滴滴し魔力を流せと言われて、言われたとおりにすると紋章が淡く光り出し裏には俺の顔が点描で浮かび上がっている。

 冒険者カードといいこれといい、此の世界は変なところでハイテクなんだよな。

 クロウも興味津々で覗き込んでいる。

 しかしドラゴンって、コモドオオトカゲに角と牙を付けただけの様に見えるのだが、クロウも同意見だ。


 翌日からさっそくお引っ越しの手伝いと称して、買い物のお供をさせられる。

 宿住まいなので、着替えの服しか無かったので買い物が楽しいらしいが、与えられた家には家具が揃っているので大物を買う必要がない。

 クロウも、自分の食器を買ってもらってご機嫌だ。

 アイリの住居には通いのメイドが二人居るが、これも契約の内でアイリの持ち出しは無し。

 これ以上必要ならそちらで雇えって事らしいが、王城からの細々したことは彼女達が仕切ってくれるらしい。

 体の良い監視だが、アイリの安全の為には必要なんだろうから黙っておく。


 それにしても二階建てで小さな玄関ホールと客間に居間と食堂に台所、2階に寝室が4つに屋根裏部屋は使用人様だ。

 これで小さいとは王家直属一級治癒魔法師の地位って、どんだけ高いんだよ。


 買ってきた物を片付けてお茶を飲んでいると、来客を告げられてアイリが出て行ったが、慌てて引き返してきて俺の手を引く。

 ついて行くと、玄関ホールにカラカス宰相が立っている。


 「俺に何か御用ですか」


 「此れを渡しておこうと思ってね」


 差し出された物はマジックポーチだ。


 「此れをもらう謂れは」


 「君のお陰で多くの貴族を取り潰し、財産を没収する事になったのでね。その事に対する謝礼だよ」


 「もの凄ーい、皮肉に聞こえるんですが」


 「どうとってくれても良いが、あの書状を見て余りの数の多さに手を付けかねていたのだよ。それが一気に解決した。表だって何も出来ないので、それくらいは受け取って欲しいな。王家と私からの感謝の印だよ。我々としては、敵対関係になりたく無いしね」


 「それは、そちらの出方次第ですよ」


 頷いて差し出すマジックポーチを受け取るが、横にいるアイリには話の内容が理解出来ない様だ。

 アイリに抱かれたクロウも興味深そうにカラカス宰相を見ている。

 今回は背後の護衛達も俺の言動に何の反応も示さず無表情である。

 アイリにも少し小さいサイズの物を渡し、中を確認しておいてくれと言って帰って行った。

 

 アイリに問うとランク8と言ってあっけらかん、居間に移動して確認するとメモが有りランク12と書かれている。

 それと金貨の袋10個、張り込んだねと思ったが取り潰した貴族の財産を没収しているので安いものか。

 アイリのマジックポーチにも革袋2つ入っていて、武術大会の詫び料だそうた。


 アイリは引き続きガーラン商会に行くことにして、夜はクロウに文字を教えている。

 言葉を理解していると言っても半信半疑だったが、文字を教え始めてクロウが言葉を完全に理解している事に漸く納得した。

 おれはその間に一回り大きなカプセルホテルを新調して、腕の良い土魔法使いに毎日銀貨二枚を支払い外壁を強化してもらっていた。

 ベッドを二段ベッドに出来る作りにして通常は洋服ダンス兼物置に、テーブルと椅子も作り付けでミニキッチンを付けた。

 勿論クロウの為にキャットウオークと猫ハウスも完備だ。

 外観は大岩なので何処に置いてもさして違和感が無い。


 カプセルホテルが完成したので、隣国ムラーデス王国の海を見に行くことにした。

 海が有ると聞いてから、海鮮料理が恋しくて堪らないんだよな。

 アイリに、暫く旅に出るからと告げて王都を離れた。


 * * * * * * *


 王都ラクセンを後にムラーデス王国に向かったが、簡単な地図にはムラーデス王国までの街の名前しか書かれていない。

 街の名前が判るだけでもよしとして、取り敢えず南に向かい街の名前を辿って行けば海に出るらしい。

 ラクセンから国境の町ヘルズに向かうが、一ヶ月で国境の町に辿り着けるか怪しいものである。

 マーグル、コーデイを過ぎてバルズに向かっているが、大きな街だけで後五つ有る。

 クロウが居て馬鹿話をしながらなので長旅に耐えられるが、一人だったらとっくに歩くのを放棄しているところだ。


 《あー・・・、また厄介事のようだぜ》


 「何んて言ってるんだ」


 《2本足、大きな奴を引っ張ってる、喧嘩してる。飛びながらの叫びだからこんな程度だが揉め事なのは確かだな》


 「言葉が判るのは良いな」


 《話が通じればな。一方的に聞かされてみろよ、唯の騒音と変わりないぞ。どうする? 無視するか》


 「知ってしまったからには無視するのもな。勝てそうなら助けるか」


 《じゃちょっと見てくるわ》


 ジャンプして消えたクロウが戻って来て言うには、馬車が盗賊に襲われていると。

 賊は最低20人以上はいる事と、馬車を守っているのは揃いの服の男達と冒険者の様な奴等だと。

 馬車の方が押されてるのは、弓で殺られた奴が数人倒れているからだそうだ。

 弓持ちと魔法使いがいて、遠距離攻撃をされたら不利だよな。

 二手に分れてクロウは弓持ちを、俺は魔法使いを攻撃する事にして集団の後ろにジャンプして攻撃開始。

 背中を向けている奴に目潰しは面倒なので、静かに近づき後頭部を一発殴りつける。

 隣の奴がびっくりして振り返ったところに目潰しを喰らわせ、鉄棒で殴りつけてお休み願う。

 クロウの方に行くと、アキレス腱を爪で切り裂かれてのたうっているのが三人いた。


 「あー、痛そうだね」


 《これなら俺の仕業とバレにくいだろう。燃やしても良いが、死ぬ間際に絶叫するからなぁ。あれは俺の耳には堪えるよ》


 のんきに言っているが、仕事はまだまだ残ってますぜ。

 遠距離攻撃出来そうな奴がいないのを確認していて、馬に乗ったボスらしき男を見付けたのでそいつを捕まえる事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る