第33話 直談判

 「入れても良いかな、俺の片腕で武術の心得は初心者程度だ。君に危険は無いと思うぞ」


 頷くと〈カラカスだけ入れ〉と命じる

 素早く国王を盾にする位置に移動すると、ドアが細く開けられほっそりした男が入って来る。

 国王と俺を確認すると溜め息を吐き一礼する。


 「ホランド・カラカスだ宰相の職を賜っている。初めましてだなエディ君」


 クロウが国王と宰相の後ろ壁際に移動する。


 「さっきの質問に答えてもらおう。何故アイリを試し、暴力まで振るって治療させようとした。誰が命じたのだ」


 「命じたのは私だが、暴力を振るえとは命じていない。悟られぬ様に治癒魔法の能力を確かめろとは命じたがね。彼女に対する暴力行為には責任者として謝罪したい」


 そう言って一礼し言葉を続けた。


 「それと言い訳になるが彼女の能力を調べる様に命じた、魔法師団師団長と治癒魔法部隊の長を解任し、直接暴力を振るった兵とその上司は厳罰の上解雇した」


 「アイリを調べてどうするつもりだったんだ」


 「それを聞くかね。優秀な治癒魔法使いが滅多にいないのは知っているだろう。このまま野に置けば、貴族や豪商達の目に留まり争奪戦が始まる。君が彼女の能力を隠したのと同じ理由からだよ」


 《どう思うクロウ》


 《気に入らないが、そいつの言い分も間違っちゃいないと思うな。全面的に信用できるかとなると、大いに疑問だが》


 「で、アイリの能力はそれ程優れているのか」


 「それはどうとも言えない、兵の暴力に怯え治療を拒否したから。ただ其れ迄の治療を聞いた限りでは、極めて優秀と言わざるを得ない。それでお願いがあるのだが」


 「その返事はアイリに聞いてくれ。アイリの自由と安全を保証されるのが前提だ。残りの貴族を拘束している筈だが、どう処分するつもりだ」


 「隠さないね、君がやったと認めるのか」


 「調べたのなら判っているのだろう。エルドバー子爵は表も裏も屑だった。母や妹と共に孤児院で育った者達を嬲り殺し、奴隷や売春婦にしたり、他の貴族に与えたりと好き勝手をしている。必ず破滅させてやると誓ったんだ、その恩恵に与った奴等もな。返事を聞かせてもらおうか」


 「現在取り調べている貴族達は、貴族位を剥奪の上で家族共々犯罪奴隷だ。勿論当主を殺された貴族家もな。現在取り調べで判っている少年少女や拉致されて来た者達は解放する。又協力していた奴隷商や豪商達も同じ扱いになる。君とは別の意味で見逃す気はない」


 「良いだろう。さっさとやってもらいたいな、結果を全て公表しろ、そうすればこれ以上の騒ぎは起きない。それと俺の周りを嗅ぎ回るのを止めろ、続けるなら相応の覚悟をもってやれ」


 《こんなところかな》


 《それでエディの気が済むのならな。一つ忠告の為のデモンストレーションをしていくか》


 《判った、伝えるよ》


 「それとクロウ・・・後ろにいる猫はアイリのお気に入りでね、クロウもアイリが大好きだ。今回の事でクロウが怒り狂っている、速やかに事が運ばなければ安全は保証しない。どういう事か教えておくよ」


 クロウに頷くと、のっそりと歩いてくると、ソファーの前のテーブルに跳び乗った。

 国王の顔を睨むと身体が一回り大きく為った様に見えたとき、漆黒の毛が金色に変わり〈シャー〉と威嚇の声と共に爪でテーブルを引っ掻いた。

 分厚いテーブルに深々と爪痕を残すと、クロウは元の漆黒に戻り俺の膝に飛び乗った。

 用は済んだ、後は実行するかどうかを見物させてもらおう。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 黒猫を抱えてエディの姿が消えたとき、国王も宰相も身動き一つ出来なかった。

 夢で無く彼等がいた事を示す様に、目の前のテーブルには深々と五本の爪痕が残されている。

 襲われた貴族の護衛からの話で、ただの猫ではないと思っていたが何と恐ろしい猫だ。

 フランド伯爵の護衛の一人が首を切り裂かれて死んでいたのは、やはり猫の仕業だったか。


 「これは甘い処分をすれば、我々の命も危ないですな」


 「どうしてだ予の話に納得していた筈だが」


 「アイリの事ですよ。あの黒猫を見ましたか」


 「おおっ伝説のゴールデンキャットではないか、淡いゴールドにプラチナの斑が見えたぞ」


 「そうではありません。テーブルに飛び乗るのに転移魔法を使いました。つまりあのエディだけでなく、猫だけでここに忍び込んで我々の首を掻き斬る事が出来るのです」


 「猫が転移魔法か・・・それが本当ならば不味いな。確かに頭の良さそうな猫だが、彼の言った事が出来るのか知りたくは無いな」


 「私も知りたいとは思いません。知った時は命が無くなる時でしょうから」


 「それと報告のあった農夫との繋がりが漏れる事はないな」


 「依頼者と監視役との接点は有りません、まず大丈夫かと」


 「ではさっさと貴族共の処分を済ますか」


 「未だ調べが残っていますので、今日明日という訳にはまいりません。アイリの件から片づけます」


 カラカス宰相はヘラルドン国王と打ち合わせを済ませ、ドアの外に待機していた護衛達と入れ替わり執務室に戻った。


 魔法師団師団長を呼び、アイリに対する王家からの正式な謝罪と勧誘の件を問うた。

 師団長はその件なら治癒魔法部隊の指揮官に命じていますと返答したが、結果の報告は未だ受けていないと告げる。

 カラカス宰相は少し嫌な予感を感じつつ、補佐官に治癒魔法部隊の指揮官を呼ばせた。

 やって来た治癒魔法部指揮官の返答も師団長のものとまったく同じであった、指揮官は副官に副官は一部隊の部隊長に、部隊長は部隊の補佐と纏め役の者に調査と依頼を命じて返答待ち。


 カラカス宰相は嫌な予感の的中に、冷や汗を流しながら纏め役を呼ばせた。

 呼ばれた纏め役と言われた男は、冒険者の女で王都の住人でもない実績の無い相手では、調査の方法すら判らず途方に暮れていた。

 その上アイリに対する命令内容も碌に把握しておらず、詳しい指示内容を問い合わせ中と返答したが、呼ばれた場所には上司ほか雲の上の存在が、宰相閣下の前にずらりと並んでいた。

 冷や汗を流しへどもどしながら説明する男に、与えられた命令を撤回するので下がってよし、と労って下がらせた。


 「魔法師団師団長、着任早々の仕事が気に入らない様だな。私が何と命じたか覚えているかな」


 「はい宰相閣下、アイリなる女治癒魔法使いを王家の失態で傷付けてしまったので、その謝罪と女を王国の治癒魔法使いとして勧誘せよとの仰せでした。ですので治癒魔法部隊の部隊長にそれを命じました」


 「失礼の無い様にと、強制的に治療させ怪我をさせた事と、和解金が抜けているな。そこまで理解していれば末端の者に任せる様な事態にはならない。彼女は君達治癒魔法師団の者達より、優秀かも知れない存在だ。ここまで言わねば判らないかね。此の案件を君や君の部下達に任せたのは私の責任だ。以後此の話には関与するな、後は私がやる」


 「宰相閣下余りな言われ様ですな。私は命に従って部下に命じただけです。それとも私が街の一冒険者と会って謝罪し、和解金を渡せと仰せですか」


 「私の命じた事を都合良く解釈し、部下に命じる権限は君には無い。帰って次席の者に仕事の引き継ぎをしたまえ。正式な辞令は明日、国王陛下から下されるであろう」


 そう告げて、居並ぶ魔法師団の一団を執務室から追い出した。

 治癒魔法師団の者達も、少しでも武術大会の事を知っていれば、彼女の価値が判ろうというものだが情けない話だと頭を抱える思いだ。

 補佐の者に命じ、明日早朝ガーラン商会に書状を渡す様にし、ガーラン商会を通してアイリとの面会を要請した。

 翌日午後、アイリが面会要請に乗り気で無いこともあり、エディなる冒険者立ち会いでなら明日会うと返事がきた。


 面談はエルグの宿では不味いので、ガーラン商会の応接間を借りて行われたが、相手が王国の宰相閣下と聞いてアイリは震え上がった。

 ガーラン会長に促され、エディに背中を押されて応接室に入ったが、立派な身なりの紳士と背後に控える騎士を見て跪こうとした。


 「その必要はないよ。先日は失礼した」


 声を聞き武術大会で自分を助けてくれた人だと判り、アイリはへどもどしながらも何とか礼が言った。

 その後はカラカス宰相が武術大会での不手際を詫び、関係者の処分を伝えた後、本題の治癒魔法師として王国で雇いたいと告げた。

 勿論アイリの能力を確認してからであるが、武術大会の治療をみても治癒魔法部隊の者達よりも優秀だと思われるので、是非お願いしたいと言われたが先日の事もあるので渋っていた。


 アイリの後ろに控えていたエディが口を開く。


 「アイリを治癒魔法使いとして雇ってどうするつもりです。そんなに毎日怪我人や病人が出るのですか。王国には治癒魔法部隊があるのでしょう、彼等はそんなに役立たずなんですか」


 宰相の許可も無く勝手に喋り始めたエディに、護衛騎士達の鋭い視線が突き刺さる。


 「優秀な治癒魔法使いは貴重な存在だ、別に王城に住まい治癒魔法部隊に常駐する必要は無い。我々が必要と認めた時だけ呼び出すから、その時だけ治療をして貰えれば良いのだ」


 「それで武術大会の時の様に上司が呼び出しを命じ、部下に丸投げして最終的に下っ端が出てきて、暴力を振るい思い通りに使うって事ですか」


 宰相の後ろに控える護衛達が睨み付けてくる。


 「貴方の後ろにいる護衛達の様に、上司の意向を汲み行動して傷付けるって事ですな。それが無い保証は?」


 〈ナーオォォォ〉


 アイリの膝にちゃっかり座るクロウも、不満げに鳴く。

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