第32話 クロウの怒り

  アイリが目覚めた時、クロウの心配そうな顔が目に飛び込んできた。


 「アイリその顔はどうした」


 エディの顔を見て昨日のことを思い出し、再び涙が溢れてきた。

 暫くして落ち着いたアイリがガーラン商会会長から、武術大会の治療応援を頼まれたことからの一部始終を話した。


 《おいエディ、城に乗り込みアイリを殴った奴に、けじめを付けさせようぜ》


 《クロウ、そうカリカリするなよ。アイリを呼び出したのは多分王家だよ。それにガーラン商会がどう協力しているのかも知りたいな》


 「アイリ、自分の怪我を治しなよ。それからガーラン商会に行くぞ」


 「どうしてガーラン商会に行くの」


 「武術大会治療応援の話が、何処から出ているのか知りたいからさ。話しに依っては此の国から逃げ出す準備をしてからだな」


 「エディ達はどうして此処に来たの。来るのは冬前くらいだと思ってたけど」


 「ちょっと嫌な予感がしてな」


 まさか風神の皆と出会って海の話を聞き、クロウと二人海が見たい海鮮料理が食べたいからとは言えない。

 行けば往復に日数が掛かる為、それを見込んで早めに顔を出したと言えば、何を言われるかしれたものでない。

 フルンと王都ラクセン間を徒歩で26日掛かった、隣の国ならもっと日数を要するのは間違いない。

 アイリに早めの挨拶をして行くつもりだっただけだが、それは誤魔化しアイリと共にガーラン商会に出向く。


 迎えの馬車がないので歩くが結構時間が掛かる、王都内と雖も庶民の泊まる宿と高級住宅街では結構距離がある。

 歩いてきた俺達を見て訝しげに見る裏口を守る男に、ガーラン会長に武術大会の件で会いたいと伝えてもらう。


 「珍しいね君が来るなんて。アイリ君の事かな」


 「ご存じの様ですね。詳しい経緯を聞きたくて参上しました」


 「さっきその事で来客があり、話を聞いたばかりだよ」


 「その話ならアイリから聞きました。私が聞きたいのは何処から武術大会の、治療応援にアイリを寄越せと言ってきたのかです。アイリの能力を試す為に呼び出したのを、貴方も知っていたのですか」


 溜め息を吐いて考え込み、ガーラン会長が話したのは名前は出せないが王家の要人からの要請だった事。

 本来であればアイリがあの様な目に合うはずは無かったが、指示が上手く伝わっていなかった事。

下位の兵士や指揮官の勝手な思い込みから、暴力沙汰にまでなってしまったのだと言い頭を下げた。


 「ではガーラン会長も、アイリの能力を試す為に呼ばれた事を知っていたのですね」


 「それは弁解の余地もない」


 「で、それを要請してきた要人の名前は言えないって事ですか」


 「申し訳ないが、この様な商売をしている以上おいそれと名前は出せないのだよ」


 《エディ、商売人にも仁義がある。高級住宅街に此れほどの屋敷を構えるなら尚更だ。引上げようぜ、王家の要人って言うなら王家から直接聞けば良いだけだろ》


 ガーラン会長に礼を言って引上げる事にし、帰る道すがらアイリに今後どうするか確認する。

 意味が判らない様なので、以後もガーラン商会との関係を続けるのかどうか考えておけと言っておく。

 今回は王家の要人と言ったが、王家が動けば貴族達の知るところとなるのは確実だ。

 貴族に圧力を掛けられたら同じ事が起きない保証はない、そう説明してやっと理解し考え込んでしまった。


 アイリを宿に送り、又夜中に来るからと言って王都を出る。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エディ達が帰るとガーラン会長は急いで待たせていた来客の元に向かう。


 「お待たせ致しました」


 「彼の様子はどうだった」


 「王家がアイリの能力を試す為に呼んだ事を知っていました。誰に頼まれて今回の事になったか聞かれましたが、私も王家や貴族達と取引が有るので、商売上の仁義がありますからそれは言えないと断ったところ、あっさり引き下がりました」


 「何も言わずにか?」


 「はい、アイリと二人歩いて来た様なので、馬車で送ると言いましたが断られました」


 それを聞いてカラカス宰相の顔色が変わった。

 ガーラン会長に迷惑を掛けた事を詫びると、慌てて王城に帰って行った。

 その様子を見てガーラン会長は首を捻りながらも、カラカス宰相の馬車が店の表に止まっていたのを、エディに見られなくて良かったと胸をなで下ろしていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「陛下、少々不味いことに為った様です」


 「どうしたカラカス、そんなに慌てて」


 「今日アイリを武術大会に寄越す様に頼んだガーラン商会に行き、アイリを傷付けた事を詫びに出向きました。そこへ来客がありましたが、なんとアイリとエディだと言うではありませんか」


 「アイリはともかく、エディはラクセンを離れている筈ではなかったか」


 「数日前にテルベの街で見失ったと連絡を受けています。何せ相手は転移魔法を自在に使います、探せと命じていましたが王都に居るとは。それも昨日の今日アイリの事でガーラン商会に現れるとは、彼の仲間達がどれ程居るのか判りませんが早すぎます。陛下の警護の人数を増やし、一声掛ければ即座に対応出来る者を潜ませましょう」


 カラカス宰相の言葉を聞いて考え込み、提案を受け入れたが無駄だろうと思っていた。

 報告を読む限り、転移魔法で現れた瞬間に全員目潰し攻撃を受けている。

 どの様な方法で目潰し攻撃をしているのか知らないが、目の見えなくなった者など幾ら居ても役には立つまい。


 カラカスは忘れている様だが、王都の出入りを監視する衛兵からは、エディが現れたとの報告を受けていないはずだ。

 転移魔法と火魔法も使うと思われるエディが、賊に襲われて怪我をした筈なのに治って居たのだから、周辺に治癒魔法使いが居るはずだ。

 その仲間達からアイリの事が伝わり、翌日にはガーラン商会に現れた事を考えるとエディの仲間がどれ程いるのか気になる。


 エルドバー子爵やヘラルドン公爵一派の貴族達が敵う相手ではないが、それは王家でも同じ事だ。

 エディがその気になれば、王城内はおろか奥宮まで自由に闊歩し、誰も止める事は不可能だ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヘラルドン国王の心配は翌日には現実のものとなっていたが、誰も気づかなかった。

 王城内を自由に闊歩していたのがクロウだったからだ。

 鼠の被害が甚大なので飼猫野良猫を問わず何処にでも猫は居る、その中に少々他の猫と違う尻尾を持つものがいても誰も気に留めない。

 元々聴覚の優れる猫が魔力を纏ってその能力を高めている、城内を彷徨きながらお喋りに興じる人々の話を聞き情報を集めて回る。


 程なくしてカラカス宰相の執務室や、後宮に在る国王の居間や寝室の場所まで把握しエディに知らせた。

 エディは王城の空き部屋にカプセルホテルを置き、中でクロウからの連絡待ちでのんびりしていた。


 《エディ見付けたが国王の居間と宰相の執務室とどちらが良い、あと宰相が与えられている部屋も見付けたぞ。》


 《そりゃー偉い人相手なら、天辺に話を通した方が話が方が早いでしょ。遠いの》


 《俺ならジャンプ2回で行けるなエディなら4,5回だな》


 《判った一度戻っておいでよ、夜になったら案内を頼む》


 エディの元に帰ったクロウは、歩き疲れたと言って寝てしまった。

 クロウの目覚めを待って国王の居間に案内してもらう、先ずクロウが窓から国王の在室を確認し室内に侵入する。

 窓から壁抜けの要領で室内に入り堂々と国王の座るソファーに歩み寄る。


 「おい窓が開いているのか、猫が」


 そこで国王の視界が閃光に包まれて目が見えなくなった。

 続けて国王の声を聞き、窓の方を向いた近衛騎士6人も目が眩んで何も見えなくなった。


 「誰か・・・陛下ご無事ですか」


 「静かにしろ、客人のお出ましの様だ」


 ドアが乱暴に開けられ抜き身の剣を下げた一団が雪崩れ込んで来たが、全員クロウの目潰しをくらい動けなくなった。


 「誰も此の部屋に入るな!」


 国王の怒鳴り声に部屋に駆けつけようとしていた一団の足が止まる。


 「なかなか肝が据わっている様だな」


 「すまんな、此れが例の目潰しか、確かに此れでは抵抗も不可能だな。君と二人だけで話がしたいのだが、如何せん目が見えない」


 「もう暫くすれば見える様になりますよ。護衛の方々の目が見える様になったら、部屋から出て行かせて下さい」


 頷く国王から見えない様にカーテンの陰に身を潜める。


 〈陛下お目は大丈夫ですか〉

 〈聞いたとおりだ、目が見える様になった者から外に出ろ。一人はカラカスを呼んでこい、他の者は誰も入れない様にドアの前で待機しろ〉

 〈ですが陛下一人を賊の前に置いては〉

 〈お前達は目が見えなくても闘えるのか、無駄な事は考えず言われたとおりにしろ〉


 目が見える様になった護衛達が不承不承出て行くと、クロウが国王以外誰も居ないと教えてくれた。


 カーテンの陰から姿を現すとじっくり観察されたが、それは俺も同じだ。


 「もっと傍若無人な相手だと思っていたが、存外礼儀正しいな」


 「一応一国の王相手だからだが、それも必要無さそうだ。何故アイリを試した、お前達に暴力を振るわれてまで王家に尽くさなければならないのか。それと不自然に襲われる事が多いが、お前達の仕業では無いだろうな」


 「何故そう思う」


 「お前達が俺の事を探り始めてから襲われ始めたのでな、やるなとは言わないが王族鏖(みなごろし)を覚悟してやれよ」


 ドアが叩かれカラカス宰相閣下です、と伝えてきた。

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