第31話 試し

 「瀕死のエディを助ける為とは」


 「例のエルドバー子爵の悪癖です。馬車で通行人を故意に巻き込み怪我を負わせたり死に至らしめていたそうです。エディの母親と妹は子爵の馬車に轢かれ怪我をした所を御者に殴り殺されたそうです。孤児院に入れられたエディが子爵の馬車と出会って狼藉を働き、御者から殴打され死の淵にあったのをアイリが必死で助けた訳です」


 「それで魔力高50の者が、人並み以上に魔法が使える様になるのか?」


 「魔法師団の者に確かめました。魔力高の少ない者でも無理矢理魔法を使い続けていると、希に魔力高の高い者より良く魔法を熟す者が出るそうです。瀕死のエディを助ける為に頑張ったアイリが、それに当たると思われます」


 「一度アイリとやらの能力を試し、使える様なら取り込んでおけ。だが決して無理強いはするな」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アイリは何時もの様にガーラン商会に出向き、サロンで数人にリフレッシュを施し控え室に下がっていると、ガーラン会長が姿を現した。

 ガーラン会長はアイリに、9月に王城で開催される武術大会の治療係の一人として、待機して貰えないかと頼んできた。


 勿論王家には魔法師団の治癒魔法使いと王家専属の治癒魔法使いがいるが、国王臨席の武術大会ともなれば皆出世のチャンスと張り切る為、怪我人続出で時に治癒魔法使いが足りなくなる。

 その為に王都の治癒魔法使いが集められるので参加して欲しい、新人のアイリは万が一の為に居るだけで良いと言われて了承した。

 当日エルグの宿まで王都警備隊の馬車が向かえに行くから、それに乗ってくれと言われ了承した。


 指定された日の朝ホテルで待っていると、アンナに迎えの馬車が来たと教えられ宿を出る。


 「アイリだな」


 「はい,アイリですが王都警備隊の馬車ですか」


 確認するとじろりと睨まれ馬車のドアをトントンと叩く、ドアには王家の紋章が小さく彫られている。

 乗れっと言われて戸惑っていると、さっさと乗れと怒鳴られ初めて自分でドアを開けるのだと気づいた。

 ガーラン商会の馬車は、何時も御者がドアを開けてくれていたので忘れていた。

 慌てて馬車に乗り込むと5人の先客がいるが、興味深そうにアイリの品定めをしてくる。

 動き出した馬車の先客の一人から声を掛けられたが、親切からではなかった。


 「姐さんは冒険者の格好だが、治療の手伝いで呼ばれたのかい」

 〈冒険者か、アイアンの下っ端だろう。役に立つのかねえ〉

 〈良いじゃないのさ、あたし等の引き立て役になってくれたらそれで良し〉

 〈違いない、王家の目に留まれば出世の糸口だからね〉


 アイリは早くも参加を了承した事を後悔していた。

 会場に到着すると名前を呼ばれ控え室だろうか、粗末な部屋を与えられたが中は椅子とベッドが一つ有るだけだった。

 他には何にも無い部屋でどうするのかも判らないし誰も来ない、お財布ポーチからお茶とお菓子を出しのんびりしていると、遠くから歓声が聞こえてくる。


 始まった様だが自分はあまり用がなさそうだと思っていたが、直ぐに腕がポッキリ折れた男が兵士に付き添われ、よろめきながやってきた。

 こんな怪我人は初めてだ、あたふたしていると付き添ってきた兵士が折れた腕を引っ張りお願いしますと言う。

 そこでやっと自分の仕事を思い出し、手を翳し腕が治るように念じる。


 〈おおっ凄いなぁ、有り難う姐さん〉


 手をにぎにぎしながら此れならもう一度闘えるぞ、などと言いながら帰っていった。

 それからもぽつりぽつりと怪我人がやって来るが、アイリ以外の所に行く様子がなかった。

 自分の居る場所の前後にも一緒に来た治癒魔法使いが居るはずなのに変だと思い始めた時近くで騒ぎが起きた。


 〈何故小娘の所にだけ怪我人を送るんだい。私らは何の為に呼ばれたのさ〉

 〈おうさ、日頃の腕を見せれば出世の糸口にもなるのに〉

 〈説明しろ! 小娘の色気に引っ掛かったのか〉


 〈静かにしろ! 上からの命・・・・・・あの・・・治療出・・・・なったらお前・・・忙しくなるか・・・迄の辛抱だ〉


 切れ切れに聞こえてくる声の中に不穏な言葉を聞き、エディの言葉を思い出した。

 盗賊と違って大会参加者だからと、ちょっとやり過ぎた事に気がついた。

 上からの命令と聞こえたのは間違いないだろう、力を見せすぎたかも知れない。

 貴族の雇われ者になるのは嫌だがどうしようと考え、魔力切れを装うことにする。

 次から運ばれてきた負傷者の治療に時間を掛け、途中でこれ以上は無理と呟き治療を放棄した。

 また見付からないように魔力を放出し怠くなり始めたところで止める。

 完全に魔力切れになったら倒れてしまい、相手の思うままになるからそれは嫌だった。


 「女、何故治療を放棄する!」


 「兵隊さん、もう無理ですよ。疲れちゃってこれ以上やると倒れちゃいます」


 「倒れるって未だピンピンしているじゃないか、怪我人を放置する気か」


 「回りにも治癒魔法使いが沢山いますから手伝ってもらって下さい」


 「お前は言われたとおり怪我人を治せば良いんだ。やれ!」


 胸ぐらを掴んで怒鳴りだしたので恐くなり、思わず護身の為に練習していたフレイムを兵士の胸に押しつけてしまった。


 〈ウオォォォ、熱い・・・この小娘がー〉


 そう言っていきなり殴られ蹴り飛ばされた。


 「何を騒いでいる! これは何事だ、説明しろ!」


 「この小娘が攻撃してきたのです」


 「娘、なにをした?」


 アイリはいきなりの暴力に声が出ず、恐怖で震え涙が止まらなかった。


 「なにを騒いでいる。 ん・・・どうしたんだ此の娘は」


 「はっ治療をしなくなったので怪我人を治せと言ったところ、不思議な魔法で攻撃してきたのです」


 「もう無理・・・帰して下さい。これ以上は魔力切れで倒れます。少しだけ手伝いを頼まれたのに、無理矢理治療しろと言われても出来ないのに」


 アイリが泣きながら、後から来た上司と思われる男に訴えた。

 兵士に胸ぐらをつかまれ上着が乱れ、殴られて顔も傷ついている。

 アイリの状態を見た男は兵士に、娘に何をした治癒魔法師を傷付けてどうする気だと詰問し始めた。

 兵士は上司から怪我人を全て女のところに連れて行き、怪我の状況や何人治したか調べろと言われています。

 その・・・倒れるまで治療させろと命令を受けています、と問い詰める男に答えている。


 アイリはやはり自分は試されていたと理解し、エディの言葉を忘れていたことを後悔したが、これ以上は嫌だ治療はしないと決めた。

 泣きながらもう無理、帰らせてくれと男に懇願し続けた。


 「判った、お嬢さん済まなかったね。もういいよ宿に送らせるよ」


 「歩いて帰る。怒鳴られたり殴られるのはもう嫌」


 子供のように嫌がるアイリを見て男の顔が険しくなったが、涙の流れるアイリはよく見えず相手が誰だか判らなかった。

 アイリを殴った兵やその上司の顔色が青くなる。


 男に手を引かれ泣きながら連れて行かれたのは、ガーラン商会で何時もいるサロンより上等な部屋だった。

 上質なお仕着せを着たメイドに世話をやかれ、来た時とは違う綺麗な馬車にメイドと共に乗り宿に送られた。


 アイリを送り出した男の怒気が炸裂する。


 「魔法師団団長と治癒魔法部隊の長を呼べ! それと迎えの馬車の者とアイリを殴った男と上司も此処へ連れて来い!」


 カラカス宰相が激怒していると聞き、緊張してやって来た魔法師団長と治癒魔法部隊の長はいきなり詰問される事になった。


 「私はアイリの治癒魔法の能力を確かめよと命じたが、無理矢理連続して治療させた挙げ句、魔力切れでこれ以上無理だと申す娘を殴れと命じた覚えはない。部下になんと命じたのだ」


 「宰相閣下なぜそれ程お怒りですか。たかが町娘の治癒魔法能力を調べるだけでしょう。多少手荒になっても調べることを優先すべきですよ」


 「では私がくれぐれも能力を試していると悟られるな、そう言った言葉は無視されたのだな。あの娘アイリは自分が試されていると悟っているぞ。これがどれ程王国を危険に晒すか君達には」


 「どうしたカラカス、通路にまで声が漏れているぞ」


 「これは陛下、大失態で御座います」


 カラカス宰相の執務室に現れた国王を見て跪く、魔法師団団長と治癒魔法部隊長。

 カラカス宰相は武術大会の見学途中、アイリの治癒魔法がどの程度なのか見に行き、騒ぎを知ってからの事を国王に伝えた。


 「お前達はカラカスから聞かされた事を少しも理解していない様だな。たかが町娘、たかが子供と侮り勝手気ままをした奴等が、その結果どうなったか知らないらしい」


 そこへ迎えの馬車の御者とアイリを殴った兵士と上司が現れたが、国王の姿を見て慌てて跪く。


 「お前達か、王家が招いた治癒魔法使いを怒鳴りつけたり、これ以上は無理だと申す娘に殴る蹴るの乱暴をする忠臣共は」


 ヘラルドン国王の冷たい声を聞き、震え上がったのは兵士や御者だけではなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アイリは宿に帰り部屋に籠もって泣いていたが、殴られた顔を治療する魔力も残っていなかったので残りの魔力を放出して眠りに就いた。

 アイリが魔力切れで寝ている深夜、エディとクロウが部屋に現れた。


 《おいエディ、アイリの顔が腫れているぞ。それに泣いた跡もある》


 アイリの胸に潜り込んで寝ようとしたクロウが、冷たい声でエディに教える。

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