第28話 手配

 窓から見える一番奥、壁際にジャンプすると即座に振り返る。

 炎に包まれた男をただ見ている者、必死に火を消そうとしている者それぞれだが、執務机に座る男の左右と背後に4人の男達が控えていた。

 俺に気づいた男が声を上げようとしたところを、水球で口を塞ぎフラッシュを浴びせる。

 後は連続フラッシュの嵐だ、クロウも俺の肩に乗りフラッシュを浴びせている。

 ワーヴル・ゲイト伯爵と思しき男も目をこすり、何が起きたのか判らない様子だ。


 ゲイト伯爵の護衛と思しき男達は、剣の柄に手を添えているが流石に抜く事が出来ないようである。

 今度はヘマをしないように慎重に行動する、完全に殺意を消し、手槍で男達の頸動脈をさっくり斬り付けて無力化する。

 手練れと思われる男達も、何の殺意も無く手槍で首を斬られては反応出来ず首から血飛沫を上げて倒れた。


 今度は念のため机の下に火球を放り込み安全確認、伯爵らしき男の襟を掴んで上階にジャンプする。

 思ったとおり無人の部屋だ、掴んだ襟を離し後頭部を蹴りあげる。

 朦朧としている男の身なりは上等な物で、胸の紋章はワーヴル・ゲイト伯爵家の物だ。


 「ワーヴル・ゲイトだな」


 「誰だお前は、何の為に」


 「エルドバー子爵に恨みを持つ者だよ。そう言えばお前も殺される理由が分かるだろう」


 「俺は、知らずに受け取っただけだ」


 はい、ワーヴル・ゲイト本人と確認。

 そのまま貴族街の街路に連れ出し喉を一突きして放置する。

 後は屋根の上に放置している、フランド伯爵の遺体を街路に捨てればお仕事終了、残業は無しだ。


 * * * * * * *


 貴族街の異変を知らされた、カラカス宰相は愕然とした。

 昨日の今日で又襲われた、しかもソムラン伯爵邸は業火に包まれて伯爵本人とは連絡がつかないらしい。

 そしてワーヴル・ゲイト伯爵とエヴェレ・フランド伯爵の遺体が貴族街の街路に放置されているのが発見された。


 問題はまだ有る、ソムラン伯爵邸の家臣達は完全武装で戦支度をしているのだ。

 その姿で燃えさかる邸宅の消火に必死な為、王都の警備隊や騎士団の者に見られている事を忘れている。

 即刻ヘラルドン国王に此の事を伝え、反逆の意志有りとして王国騎士団を鎮圧に向かわせると同時に王都の全軍に出動準備を命じる事を、国王に進言する。


 「陛下、今なら死亡が確認されている各貴族家は、跡目も決まっていませんので結束が緩く制圧が可能です。残る伯爵家2家と子爵4家も此の騒ぎに乗じて動かぬよう、王都の騎士団で押さえれば後はどうにでも為ります」


 此の夜、王国騎士団と王都警備隊の部隊が貴族街の街路を埋め尽くし、問題の貴族の屋敷は全て王国騎士団の厳重な監視下に置かれた。

 朝になり、問題の貴族の屋敷と接する家の者は仰天する事になる、王国騎士団が屋敷を制圧し、王都警備隊の部隊が各屋敷の庭に陣取っていたのだ。


 * * * * * * *


 騒ぎに乗じて王都の外に出た俺とクロウが、王都に戻った時にと俺のやる事は無くなっていた。

 俺の持つリストに名を連ねる貴族達で、無傷の家は無かった。

 最低でも当主が拘束監禁され取り調べを受けていたし、家族や親族も監視下に置かれて息を潜めて生活していた。

 死亡した当主を抱える貴族家も同様で、王国に牙を剥く力を無くしていた。


 王都冒険者ギルドで薬草を売り、食堂でエールを呑みながら噂に耳を傾けていたが、もう王都に居る必要が無かった。

 アイリはガーラン商会に出向いた日は平均7、8人のリフレッシュを行い、ガーラン商会の商売にも貢献して持ちつ持たれつの関係の様だ。


 エルグの宿でアイリと話し合い、暫くは王都に居るが飽きたら周辺の街に移ると告げる。

 アイリとは、一年に一度必ず尋ねると約束させられ。

 クロウを抱きしめスリスリしながら、必ず帰っておいでと言っている。

 アイリの胸に顔を埋めてスンスンスリスリしてるそいつは、雌猫だが心は雄の変態親爺だとは黙っていてやった。


 王都周辺での薬草採取をしながら、買い物をしたり食べ歩いたりの生活も直ぐに飽きたので、近くの大きな街に移動する事にした。


 《アイリに、お別れ言わなくて良いのか》


 「アイリももう一人でやって行けるだろうし、別に良いだろう」


 《それにしては、結構面倒みてるじゃん》


 「以前も言っただろ。死にかけの俺を助けてくれた命の恩人だって」


 《でもよ、アイリくらい治癒魔法が使えれば簡単だろう》


 「当時のアイリは治療能力が低く、俺が死なないように毎日必死で治療してくれたよ。魔力切れ寸前まで毎日やってくれたが、ほんの少しずつしか治せなかったんだ。だから俺は魔力量を増やす方法が判った時に、誰にも秘密と約束して教えたので、今の様な治療が出来る様になったのさ。俺とエディの命の恩人だから、不幸になるのは見たくないのだよ。それにクロウも直ぐアイリの胸に飛び込んで、スンスンスリスリしているが気に入っているんだろう」


 《当然だ! 美人で胸が大きくて良い匂いがする。それに性格も良いからな》


 此の国の地理を何も知らないので、取り敢えずフルンに向かいながら途中の街々を見て回る事にした。

 最初の町はモンスだが小さな町なので通過、イクセンの街はそこそこ大きいので暫く滞在する事にした。


 * * * * * * *


 「陛下、襲撃者は小柄な男で転移魔法と火魔法を自在に使う様です。貴族街出入口の衛兵が聞いた声は若い男か少年ではないかと。それともう一つ、フランド伯爵が襲われた時に、賊は執務机の下に隠れていた手勢の者から傷を負わされています。しかしその後、ソムラン伯爵邸ゲイト伯爵邸と連続して襲っています」


 「怪我は、たいしたことなかったのか?」


 「それが、執務机の傍らには手の平大の血溜まりが有ったそうです。仲間がいて治療した可能性が高い様です。それともう一つ、気になる事が」


 「何だ、気になる事とは」


 「フランド伯爵救助に向かった騎士の数名が、机の傍らに立つ男の側に、猫を見たと証言しています。そして賊が居た場所の執務机の上には、血で汚れた猫の足跡が残っていたそうです。」


 「猫を連れた賊か、話としては面白いが無理があるな」


 「そうとは言えないかも知れません。フランド伯爵の執務机の下で死んでいた男は、首を斬られていましたが爪の様な切り傷だそうです。足跡から子猫の様ですが、首を切り裂いた傷は深く首の血管を綺麗に切断していたそうです。それとソムラン伯爵ゲイト伯爵が襲われる前に、問題の部屋の窓枠に猫が居たとの証言も有ります。ゲイト伯爵の護衛にいたっては賊の肩に猫が乗っていたとまで証言しています」


 「では探しだし、捕らえるのは簡単だな」


 「無理です」


 「何故だ、猫連れの小柄な男か少年を探すのが、そんなに難しいのか」


 「そうでは在りません。賊は覆面しており誰も顔を見ていません。猫を連れた小柄な男を、猫連れだとの理由で拘束すれば王家が笑い者になります。それに、拘束しようとすれば相手は転移魔法を自在に使うと思われる者ですので、簡単に逃げられるでしょう。問答無用で殺せば何かと障りがありますし、手の打ちようが無いのです」


 「ではどうする。そんな危険な者を野放しには出来ないぞ」


 「転移魔法と火魔法を授かった者を探す様に命じています。猫連れの小柄な男か少年もです。見かけても決して悟られるな手を出すなと厳命しています。相手の正体が判ってからでないと、手の打ちようが在りません。それと仲間がどれ程居るのかも不明です」


 「我々には、為す術が無いという事か」


 「拘束して尋問している伯爵や子爵達には、手練れの護衛をつけています。もし侵入者がいれば即座に斬り殺せと命じています。今のところこれ以上手の打ちようが在りません」


 * * * * * * *


 「よう兄さん猫連れの旅とは優雅だな」


 まったく、此奴等て気の利いた台詞の一つも言えないのかね。


 「優雅だと思うのなら、無粋な言葉を掛けてくるなよ」


 「ほう、見かけない奴だから親切に声を掛けて遣ったのに」


 「食い物に出来そうだから声を掛けたの間違いだろう。小さな親切大きなお世話、って言葉を知らないのか。見たところ万年ブロンズの様だが、犯罪奴隷落ちが希望なら相手をするぞ」


 顔を引き攣らせて退くのなら、最初から余計な声を掛けるなよ。


 《クロウ、茂みに潜んで奴等の会話を聞いてみてくれるか。盗賊にしてはおかしな態度だ》


 《任せとけ・・・エディ、ちょっと様子が変だぞ。俺達の手配が回っているようだが、手出し無用とかいってるな。小男か少年の猫連れを探しているってよ。然も、見かけたら手出しをせずに通報すれば金貨が貰えるってよ》


 《ありゃ、もうばれているのか。派手に遣ったからなぁ。目撃者は消せって言うけど、あんなに大量の目撃者は殺しきれないよな。何れはばれると思っていたが、此の世界の情報網も侮れないな》


 《向こうが様子見なら、俺達も知らん顔をして冒険者を続けようぜ。いざとなったらジャンプして逃げよう、はぐれたら、約束の場所で落ち合おうか。それはそうと、つけられているな》


 《当然だな。何の危険も無く金貨が貰えるんだぞ、見逃せば馬鹿と言われるな。出来れば俺が通報して金貨を貰いたいよ。手出し無用と通達が出ているのなら、襲って来る奴はいないさ》


 《エディって案外度胸が据わっているな。今夜はどうするイクセンの街に泊まるのか》

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