第27話 油断

 一晩で三人の公、侯爵を暗殺するとはと、ヘラルドン国王もカラカス宰相も震え上がった。

 公爵邸だけでどれ程の護衛がいる事か、広大な屋敷の中から目的の人物の居場所を特定して殺害し、遺体を運び出す。

 これがどれ程困難な事か、二人はよく理解している。

 それが公、侯爵家三家同時とは、どれ程の組織が闇に潜んでいるのか知れなかった。


 然し、震え上がっているだけではもっと酷いことになるので、カラカス宰相は国王に進言して先手を打つことにした。


 「陛下このままでは、ヘラルドン公爵一派の造反、果ては内乱の恐れがあります。先手を打ってヘラルドン公爵、オスト侯爵、ブラバン侯爵の各屋敷に人を送り、騒がぬように命じましょう」


 「どういう事だ。彼等は王家が暗殺者を送り込んだと思い、て反乱を起こすぞ」


 「それを逆手に取りましょ。先ず各屋敷の騒ぎを質しに行き、次いで別の者を差し向けて、三家の当主と思われる変死体を貴族街警備隊の者が発見して、王城に運び入れている事を伝えれば彼等も考えます。遺体の確認と引き取りに相応の者を寄越すように使者を出しましょう。彼等の知らぬところで何が起きているのか、それを王家がいち早く知り伝えてきた。又は王家は公、侯爵三家の知らぬ手段をもって、暗殺したのではないかと疑うでしょう。彼等の知らぬ力で公、侯爵三人を排除したとなれば次は自分達にも累が及ぶと・・・」


 「そう上手くいくかな」


 「その間に忍ばせている者達から詳しい状況の報告を受け、次の手を考えるましょう。このまま放置すれば、残った者達が恐怖にかられて兵を挙げる恐れがあります」


 「主要三家の当主が一度に死んだとなれば、伯爵や子爵連中も迂闊に動けまい。その間に、書簡に記されている三人を処分しておくか」


 「はい、それは早ければ早いほど宜しゅう御座います。出来れば此の騒ぎに乗じて呼び寄せては如何でしょうか。幸い面白い書簡が三通も有ります」


 その後王都騎士団の各部隊の長を集め、公、侯爵三家に行き騒ぎは何事かと質してこいと命じた。

 彼等が退室すると新たに王都騎士団の別部隊の長が呼ばれ、 ヘラルドン公爵、カルス・オスト侯爵、ナルゲン・ブラバン侯爵の屋敷に出向くよう命じられた。

 口上は各家当主と思われる遺体が貴族街街路で発見された事、間違いであれはお詫びするが心当たりが有れば王城までおこし願いたい、と伝えよと命じる。 命じられた部隊長三人の顔こそ見物だったが、カラカス宰相に厳しい視線を向けられて嘘や冗談で無いと顔を引き締めて退室した。


 次いで、王都警備隊総監、王国騎士団副団長、魔法師団副団長の三人が一人ずつ国王に呼ばれて件の書簡を見せられ、今起きている事件の事を知らされた。

 国王の左右には近衛騎士がずらりと並び、跪く者を冷たく見下ろしている。

 エルドバー子爵の死から始まり、今夜公、侯爵三人が死んだと言われて彼等は自分が破滅の淵を覗いている事を悟った。

 王家が此れほど苛烈な行動に出るとは夢にも思っていなかったのだ。


 「陛下、私は決して王家に背く・・・」


 「よい、話は後ほど聞こう。部屋を用意してある、今日は休め」


 国王の一言で左右に控える近衛騎士が両脇を支え、無言で持ち物を全て剥ぎ取ると連行され粗末な部屋に放り込まれた。


 「さて、三家はどう出るかな。当主不在とは言えないだろうから、確認には来ると思うが誰が来るかだ。使用人を寄越すようなら王都騎士団と警備軍で一気に制圧しろ。その際問題の伯爵と子爵達には使者を送り、動くのなら覚悟を持って動けと警告してやれ」


 * * * * * * *


 「おい・・・凄い警戒態勢だがどうする、計画通りやるのか?」


 《任せとけ。どうせ昨日の事で転移魔法使いが関与している事や、犯人は一人と知られている筈だ。下準備はしてやるから呼んだら俺の側に跳んで来いよ、その頃には室内の奴等にはフラッシュを浴びせておくから。目潰しから漏れている奴に気をつけな》


 それだけ言ってクロウは屋根から飛び降りた。

 下を見ると野良猫がお散歩している様にとことこ歩いている。

 此の世界の街中には結構野良猫飼い猫がいて、ネズミの駆除には欠かせない存在なので違和感なし。

 元々クロウは他の猫と比べても身体が小さいので、不審がられる要素が皆無だ。

 それに本人は認めないが猫の習性からか、時々ネズミに反応して耳を立てじっと見ている事がある。


 《見付けたぞ、2階の執務室だな。どうして皆執務室を2階に作るんだ》


 《そりゃー侵入者対策だろう、3階では上り下りが面倒だし》


 《建物周辺も警備が厳しいから、執務室の隣に跳べよ。先に入って案内するから》


 《了解》


 クロウの気配を目指してジャンプして待機する。

 クロウは再び執務室の窓枠に座り室内を観察して、壁際に立つ護衛騎士達にフラッシュを浴びせる。

 俺はクロウの合図で壁抜けの要領でエヴェレ・フランド伯爵の執務室に飛び込んだ。

 入り口ドア左右と左右の壁際に立つ護衛達は、フラッシュで目が見えない様だが、執務机の左右に立つ護衛が声も立てず腰の剣を引き抜いている。

 二人にフラッシュを浴びせてフランド伯爵にご挨拶。


 「エヴェレ・フランド伯爵に間違い無さそうだな」


 「お前か、ヘラルドン公爵様達を暗殺した奴は」


 余裕だね、大勢の足音が近づいて来るので、何らかの合図を送ったのだろう。 フランド伯爵にフラッシュを浴びせ鉄棒で殴りつけて襟首を掴むと、太股に激痛が走る。

 

 《エディ!》


 執務机の下に、レイピアの様な細身の剣を持った男の姿が見える。

 成程落ち着いている筈だ、罠に掛かったのは俺の方か。


 《大丈夫か、エディ》


 這い出してきた男に目潰しをくらわせると、クロウが魔力を纏った身体で男に襲い掛かり、爪で首筋を掻き斬っている。


 クロウが治癒魔法で治してくれている最中にドアが開き、抜き身の剣を持った男達が雪崩れ込んで来た。

 即座に俺と男達の間に火球を連続して作り防御障壁にする。

 横一列に並んだ直径1mを超える火球の壁に戸惑っている間に、フランド伯爵を掴んで隣室に跳ぶ。

 続いてクロウが跳び込んで来たが、淡く金色に輝いている。


 《大丈夫かエディ、足は動くか》


 《助かったよクロウ、罠に嵌まった様だな》


 《だな、どうする今日は止めとくか》


 《いや、続行するよ。多分俺の血も落ちているので、傷を負わせたと仲間達に連絡する筈だ。油断しているところを襲うさ》


 《此奴はどうする》


 《何時もの様に街路に放置だな。一度屋根に跳ぼう》


 屋敷の周りも警備の者で溢れかえっている。

 当主の姿が消えたのだ、当然全力で捜索が始まっているが、見つからなければ街路も探すだろう。

 止めを刺して暫く屋根に放置し、その間に他の伯爵家にご挨拶に向かう事にする。


 クロウを促して次の目的地リンブル・ソムラン伯爵邸にジャンプする。

 俺の長距離ジャンプは200m、クロウの長距離ジャンプなら500mも跳べるのでこんな時は便利だ。

 俺は屋根で待機、クロウが屋敷を探りに行くが直ぐに連絡がきた。


 《おいエディ、ちょっと様子がおかしいぞ。完全武装ってのか、鎧を着た集団が居るな。数にして100人位かな》


 《ソムラン伯爵らしき奴は居るか?》


 《全員同じ様な甲冑姿なので良く判らないな。身なりの良いのが何人かいるけど》


 《クロウの作れるは火球ってどれ位の大きさだ》


 《何の話だ、今はそれどころじゃないだろう。此は下手をすると暴動か反乱になるな》


 《いいから教えろよ。反乱だろうが暴動だろうが、一泡吹かせてやるよ》


 《今ならエディと同じくらいの大きさかな。何をする気だ》


 クロウの居場所にジャンプ、危うく窓枠から落ちそうになったが急ぐので泣き言は言わない。


 《クロウ出入口近くや窓際の奴から最大の火球で包んでやれ、魔力が半分に為ったら屋根に逃げるぞ》


 俺の肩に乗ると尻尾でポンポン叩いて了解の合図、同時に甲冑姿の者達が火球に包まれて悲鳴を上げ始める。

 火球一つの燃焼時間を2分程度に為るよう魔力を落として発現させる。


 〈ギャアァァァ〉

 〈何だ何で火が、熱い〉

 〈ウギャーァァァ〉

 〈攻撃だ、迎え撃て! ウワー熱いぃぃ〉

 〈逃げろ焼け死ぬぞ〉


 阿鼻叫喚ってこれね、攻撃される方は堪らんだろうな。

 執務室の方は無人だし、ソムラン伯爵を探してウロウロするのは時間の無駄なのでこれで放置だ。


 今晩の最後の目的地ワーヴル・ゲイト伯爵の屋敷に跳ぶと、此処も警備の者が慌ただしくしているが甲冑姿の者は居ない。

 ただ酷く殺気立っているのが屋根の上からでも良く判る。

 執務室から少し離れて立つ木の枝にジャンプし、枝先に向かって悠々と歩くクロウ。


 《どうしたんだ》


 《執務室の窓から周囲を見張っている奴が二人もいるな。警戒厳重だぞ、執務室の左右の部屋にも人の気配がする》


 俺はクロウの座る枝の根元にジャンプして部屋を伺う、確かに左右の部屋には複数人の気配がする。

 夜だから俺の姿は見えていない筈だが、見られている気取られている気がする。

 此の距離では俺の生活魔法は届かないので、クロウに頼んで左右の部屋に最大の火球を放り込んでもらう。

 左右の部屋の中に一つ、又一つと火球が出現したので慌てる気配が伝わってくる。

 火球に照らされた部屋の中で人が右往左往している。

 執務室の窓から外を監視していた男が振り返る、その男が火球に包まれて悲鳴を上げて転がっているのを見て、執務室に跳び込んだ。

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